第18話 誤解

 京介の良からぬ誤解が解けたのはよかったのだが、京介があらぬ疑いをかけていることを袴田は知らない。


「中谷くん、お味はどうですか? 少しでも違和感があったり気になることがあれば遠慮なく言ってください」

「お、おう……あ、ありがとな……」

「お母様から中谷くんの好みは一通りうかがってはいますので、もしもお口に合わなければそれは私が悪いですので」

「いや、そんなことはないと思うぞ。それに美味しいし……」


 あー近い近い。


 どうやら俺の隣の席の奴が食堂に行っているようで隣の席を袴田に貸してくれたそうだ。そんなことがあったので、二人仲良く横並びで飯を食っていたのだが袴田の距離感が凄い。


 普段は少し離されている机はぴったりとくっつけられており、彼女は肩がぶつかりそうな距離に据わっている。ただでさえ距離が近いのに、彼女は俺の顔を覗き込むように見てくるのでますます顔が近い。


 俺の視界の半分は袴田の顔で覆われており、見えてはいないが周りの生徒たちが奇異の目をこちらに向けていることは容易に想像ができた。


 これでも俺と袴田は付き合っていないのだ。当然ながら俺は彼女が恩返しでこんなことをしていることは理解しているが、周りの生徒たちはそのことを知らない。


 既に京介に付き合いを否定しているだけに、特にこんな姿を京介に見られるのは非常にマズい気がある。


 それどころか。


「中谷くん、今日も中谷くんの家に泊まりに行こうかと思っているのですが……」


 なんて言い出すものだから思わず弁当を吹き出しそうになる。


「げほっげほっ……」

「中谷くん、大丈夫ですかっ!? やはりお口に合わなかったのでしょうか? すぐにお口を拭きますね」


 なんて言いながらハンカチで俺の口を拭いてくれる。


 そんな姿も当然生徒たちには見られているわけで。かすかに「熱々ってレベルじゃねえぞあれ……」「そのうち教室でおっぱじめるんじゃねえだろうな……」「それを撮影して配信して金稼ごうかな……」なんて物騒な声が微かに聞こえてくる。


 マズいマズい……。


「は、袴田……続き裏庭で食べようか……」


 とりあえずこれ以上他の生徒の視線に晒されるのはマズい気がする。


 そう思ってそんな提案をしてみるも背後から「いよいよ始めるつもりらしいぞ。撮影しようぜ」なんて声が聞こえてくる。


「別に構いませんが……どうしてですか?」

「え? あ、やっぱりここでいいや……」


 今、このタイミングで裏庭に移動すればあらぬ噂が立ちかねないことを悟ったので諦めることにした。


 とにかく非常にマズい。これ以上、袴田と一緒にいては完全にカップル認定されて京介と袴田の縁が切れてしまう。


 それは俺の本望ではないのだ。


※ ※ ※


 それからも袴田が俺から一切離れることはなかったのだが、さすがにこのままではマズいことを悟った俺は彼女を軽く諭すことにした。


「袴田……なんというかクラスの視線が凄いぞ……」

「視線……ですか? 私はあまり気にならなかったですが……」

「なんというかその……クラスメイトたちは俺と袴田が完全に付き合っていると勘違いしているみたいだし」

「別に想いたい人はそう思えばいいではないですか? それで誰かが困ることもありませんし」

「いや、まあそうなんだけどさ……」

「それに私の恩返しをしたいという気持ちはクラスからの目程度で揺るぐものではありません」

「もう100回目ぐらいだけど、別に俺に恩を返す必要はないんだぞ? その気持ちは大切な人に向ければいい」

「はいっ!!」


 いや、はいじゃないのよ……。


 どうやら俺のそばから離れるつもりは毛頭ないらしい。


 そんなこんなで放課後を迎えた俺だったのだが、このままではマズいことを理解している俺は「一緒に帰りましょ?」と提案する袴田に「悪い、今日は歯医者に行かなきゃ」と用意しておいた言い訳を口にする……のだが。


「わかりました。では待合室にいますね?」

「いや、でも結構時間がかかるかもしれないぞ?」

「私のことはお構い頂かなくても結構です」

「…………」


 ダメだ……袴田がネオジム磁石も真っ青の吸着力で離れようとしない。


 さて、どうしたものかと頭を悩ませていた俺だった……のだが。


「おい、袴田」


 と、そこでそんな俺たちのやりとりを見ていたのか京介が俺たちの元へと歩み寄ってきた。


 京介は相変わらず真顔のまま俺たちの元へと歩み寄ってくる。が、すぐそばまでやってくるとまるで作ったかのようなわざとらしい笑みを浮かべて俺たちを交互に見やった。


「中谷と袴田って思っていたよりも仲が良かったんだな。今までそんなそぶりがなかったから驚いたよ」


 そんな京介の言葉に俺は内心ヒヤヒヤですよ……。


 こいつだけには付き合っていると勘違いされるわけにはいかないからな……。


 そんな俺のことを京介はしばらく笑顔で眺めていたが、今度は袴田の方へと笑顔を向ける。


「なあ袴田」

「な、なんですか……?」

「実はこれからみんなでゲーセンに行こうって話をしていたんだよ。袴田も暇だったら一緒に来ないかって思って」

「行きません」


 そんな京介の言葉に袴田はきっぱりとそう答えた。そんな袴田の言葉に京介の笑顔が一瞬だけ歪んだ……気がした。


「ほかに何か用事でもあるのか?」

「いえ、ありませんが行きたくないので行かないだけです」

「…………」


 なぜだかわからないが袴田の表情はまるで京介を毛嫌いしているようだった。


 ん? 袴田よ……どうしてそんな顔をする?


 今更説明するまでもないが袴田は『星屑のナイトレイド』のヒロインである。まだ共通ルート段階だったとしても、彼女が京介に対してこんなに露骨に拒絶するような表情を浮かべるのはいささか不思議である。


 ツンデレキャラならまだしも袴田はもともと天然キャラである。少なくとも俺がプレイをしていたときは袴田が京介に嫌悪を抱くような描写はなかった。


 なにやら気まずい空気が辺りを覆う。


「そうか。それは残念だけれど仕方がないな。まあ気が向いたら連絡してくれ」


 が、京介は相変わらず笑顔のままそう答えると入り口の前で待つヒロインたちの方へと歩き始めた。


「行けば良いじゃねえか」


 そんな言葉を発したのは俺だった。俺の言葉に袴田と京介が同時にこちらを見やる。


「袴田は今日は暇なんだろ? しばらく学校を休んでいたしたまには友人たちと遊ぶのも悪くないんじゃないのか?」


 俺の言葉に袴田は動揺したように目を見開いた。


 どうしてそんな提案をするのか理解ができないようだった。


 が、それでも俺は袴田に京介と遊ぶことを勧める。


 それはなぜか? それは俺が『星屑のナイトレイド』のプレイヤーだからである。


 少なくともこのゲームを幾度となくプレイをしてきた俺は知っている。京介という人間は主人公としてふさわしい人間であることと。


 どのシナリオをクリアしたとしても京介がヒロインたちを傷つけるようなことはしないし、どのルートを進めてもヒロインたちは幸せになる。


 この世界で唯一俺はそのことを知っているのだ。


 確かに二人の間に険悪な空気はあったけれども、それはなんというか一時的なものだろう。


 ならばこの状況で彼女を京介のもとに送り出しても全く問題はない。いや、むしろ俺なんかといるよりも何倍もマシだ。


 だから俺は彼女にそんな提案をした。


 袴田はそんな俺のことをしばらくじっと見つめていた。が、不意に目から虹彩を消し去ると「わかりました……」と元気のない返事をした。


「いや、無理に行けってわけじゃないぞ?」

「はい、わかっています……」


 と、答えはするものの明らかに無理をしているようだった。


 もちろん俺が勧めたのだけど、そんな彼女の表情を見て少し後悔しないでもない。


 そんな袴田の答えに京介は「わかった。じゃあ校門前で待っているから」と答えるとヒロインたちと教室を出て行ってしまった。


 彼らを追うように彼女もとぼとぼと教室の外へと歩いて行く。


 本当に勧めて良かったのだろうか? 一瞬そう思ったがすぐに俺は思い直す。


 もしかしたら袴田は京介を勘違いしているのかも知れない。が、俺は京介の友達ではないけれど彼のことはよく知っているのだ。


 京介は良い奴だ。ヒロインのためなら体を張ってでも行動する素晴らしい人間だ。


 主人公になるのにふさわしい器の持ち主である。


 だからきっと上手くいく。彼女の背中を眺めながらそう思い直すのであった。

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