第17話 勘違い
絶体絶命の危機に陥っていた俺だったが両親の登場によって危機は回避された。いや、厳密に言えばその後も幾たびもの試練に俺は立たされた。
例えば。
「中谷くん、中谷くんは仰向けで眠るんですね。意外とうつ伏せに眠るのも悪くないですよ」
「いや、俺は腰が悪いから仰向けに眠るよう医師から言明されているから」
眠っている間に例のツボを押されそうになったり。
「私、一人で眠るのがなんだか寂しいんです。できれば手を繋いで眠っていただけませんか? いや、私の体で良ければどこでも触って頂いて構いません」
「実は掌を骨折しているんだ。極力何にも触れないほうがいいと医者に言明されているから」
異様に俺に体を触れさせようとしてきたり。
「中谷くんって良い匂いがしますね……中谷くんの匂いを嗅いでいると安心します」
と、首元に顔を接近させられたりなどなど、度重なる危機に瀕した俺だったが、なんとか自分を律することによって回避することに成功した。
どうやら彼女はどこまでも俺に後ろめたさを感じているようである。彼女が後ろめたく感じてしまう気持ちには同情できるが、こんな性的なサービスによって恩を返すようなやり方では誰も幸せになれない。
だから。
「袴田。何度だって言うけれど後ろめたくなる必要はないんだぞ? 俺はお前に恩を返してもらうようなことは何もしていないし、もしも恩を感じてしまうならば大切にしたいと思える人間に返してやれば良い」
そう何度も何度も彼女を諭したのだが。
「はい。わかりました」
と100点の返事がかえってくるものの「じゃあ肩が凝っているようですのでマッサージをしますね」とまるで聞いちゃいねえ。
それどころかさっき俺が着させてやったTシャツをくんかくんかしていた。
どうやら恩返しができないのであれば、自ら不快にな気持ちになることによってバランスを取り始めた。
なんだ? こいつは恩を返さなければ死ぬ病気なのか?
がまあ、そんなこんなでなんとか何事もなく朝を迎えることができた俺だったのだが。
「中谷くんの分のお弁当です」
朝、目を覚ますと制服の上にエプロンを身につけた袴田によって弁当箱を手渡されて愕然とする。
「え? こ、これってもしかして袴田が作ったのか?」
そんな俺の質問に袴田……ではなく同じくエプロン姿の母親が「そうよ。美優ちゃんが大河のためにって一生懸命がんばったのよ。ね? 美優ちゃん」と返してきた。
「さ、さいですか……」
「大河、お礼は?」
「あ、あざーす……」
ということで袴田お手製のお弁当を持って、彼女とともに学校へと向かうことになった。
いや、嬉しいよ? そりゃ袴田の作った弁当なんだから。けどさ……恩を返すことに対する執念が凄すぎるんだよね……。
そんなこんなで学校へとやってきた俺と袴田。
あ、もちろん二人で登校している姿はクラスメイトたちにめちゃくちゃ見られました。
なんなら「え? あいつら付き合ってるの?」「え? 中谷と袴田が? いや、なんで?」みたいな言葉とともに後ろ指まで差されました。
それでも教室に入れば京介だっていることだし、ハーレムの一員として彼らのグループに参加するよね? なんて淡い期待を抱いていた俺だったのだが。
「おい……袴田?」
「はい、どうかしましたか?」
「別に無理に俺の話し相手をしなくてもいいんだぞ?」
「いえ、無理なんてしませんよ?」
「そっか……」
まったく俺のそばから離れやしねぇ……。
これはマズい事態である。このままでは本気で京介のヒロイン候補から外れてしまう……なんて本気で心配になってきた三時間目終わりの休み時間。
「お、俺……ちょっとトイレに行ってくるから」
「なにか私にお手伝いできることはありますか?」
「ありませんよ」
ということで半ば逃げるような形で教室から出た俺は意外な人物から声をかけられることになった。それはトイレから出てハンカチで手を拭いていたときのことである。
「おい、中谷」
なんて声をかけながら教室からこちらに歩み寄ってくる人物に俺は驚愕する。
なぜかって? 俺に声をかけてきたのは何を隠そう『星屑のナイトレイド』の主人公、生田京介だったからである。
少なくとも俺はこいつとまともに会話をしたことなんてない。
何か用事でもあるのだろうか? なんて首を傾げていると彼は何やら真顔で俺を見つめてきた。
「お、おう生田……どうかしたのか?」
「最近袴田と仲が良いみたいだな」
「…………」
何を言い出すかと思えば京介は俺にそんなことを真顔で尋ねてくる。
マズい……これは非常にマズい流れである。薄々気づいてはいたが袴田が最近俺のそばにいることを京介も認識しているようだった。
これはシナリオに致命的な影響を与えかねない。
京介の質問に冷や汗をかきつつも、俺はそんな質問をぶつけてくる彼に違和感も覚える。
「ま、まあ、確かにここのところは会話が多いかも知れないけれど――」
「付き合っているのか?」
そんな俺の言葉を遮るように京介はそう尋ねてきた。
「はあ?」
「聞こえなかったか? お前は袴田と付き合っているのか?」
まあ確かに一緒にいればそう思われるのは仕方がないのかもしれない。現に登校中は他の生徒たちからそんな目で見られたし。
が、やっぱり俺は違和感を覚える。
なぜ京介はわざわざそんなことを俺に直接尋ねてきたのだろうか?
それもまるで俺を問い詰めるように。
この状況から考えられることがあるとすれば既に京介と袴田が交際している可能性だ。
もしも二人が付き合っているのだとすれば、彼が俺を問い詰めてくることにも説明がつかないこともない。
が、少なくとも現時点で二人が付き合っているとは考えづらい。少なくともゲームではまだ共通ルートの段階のはずだし、そもそも付き合っているのであれば袴田がいくら俺に恩を感じていてもあんなことをしてこないだろう。
少なくともゲームでの袴田は浮気をするような性格ではない。
が、もしも付き合っていないのだとすればどうして京介は俺を問い詰めてくるんだ?
すでに袴田に好意を寄せているのか? いや、にしてもこのテンションで問い詰めてくるのは変だろ……。
「俺の質問に答えるつもりはないのか?」
困惑する俺に京介は相変わらず無表情で尋ねてくる。
そんな彼を見て思う。少なくと俺がやるべきことは決まっている。
それは彼に勘違いをさせるべきではないということだ。もしもここで京介に付き合っていると思われてしまえば、俺のせいで袴田ルートが断絶することになりかねん。
ということで。
「いや、付き合っていない」
「本当か?」
「本当だよ。彼女はただのクラスメイトだ」
だからきっぱり否定しておくことにする。が、それでも京介は俺を疑っているのか真顔のままじっと俺を見つめていた。
が、不意に不気味なほどに笑みを浮かべると。
「そうか。変なことを聞いて悪かったな」
と答えて踵を返すと教室の方へと歩いて行った。
そんな京介の背中を呆然と眺めながら俺は思う。
今のは何だったのだろうか……。
まあ誤解が解けたのであればそれでいい。
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