第7話 化けの皮

 袴田の両親、さらには正体不明な怪しいババアから逃走していた俺と袴田だったが、その逃走劇は想像以上にあっけなく終わった。


 理由? そりゃ、ババアが車に撥ねられやがったからだよ。


 はあ? なにこの急展開っ!! これも何かのシナリオなのか? いや神ゲー『星屑のナイトレイド』にババアが車に撥ねられるシナリオなんてあってたまるか。


 そのあまりの衝撃に思わずパニックを起こしそうになるが、すぐにそれどころじゃないことに気がつき袴田の手を引きながら車の方へと引き返すことにした。


 おいおい……大丈夫か? 目の前で車に撥ねられて死んだとかだったら後味が悪いなんてレベルじゃねえぞ……。


 撥ねた車と、撥ねられて倒れるババアの姿に血の気が引きながらも恐る恐る歩み寄っていく俺たちだったが……。


 直後、アスファルトに仰向けに倒れていたババアが上体を起こした。

 

 そして。


「どこ見て運転してんだよおおおおおおおおおっ!!」


 そんな絶叫が夜の住宅街にこだますると同時にその場にいた全員が思わず耳を塞いだ。


 こいつ……車に撥ねられてどんだけ元気なんだよ……。


 その絶叫にドン引きしていると、あろうことかババアは自分の足でその場に立ち上がると車の方に駆けていき、車を蹴り始めた。


 こっわ……。


「おいこらっ!! この私を撥ねやがってっ!! どんなつらしてやがるっ!! とっとと出てきやがれっ!!」


 なんてヤクザ顔負けのセリフを吐きながらガンガンと足の裏で車のバンパーを何度も蹴り続けるババア。そのあまりの迫力に運転席に座る中年男性はハンドルを握ったまま硬直している。


「な、中谷くん……怖い……」


 そう言って袴田が俺の腕に縋り付いてきた。


 でしょうね……俺も怖いし……。


 ってかよく袴田を悪魔扱いしたなこいつ……。どう見てもお前の方が悪魔じゃねえか……。


 その場にいた全ての人間が怒り狂うババアに何のリアクションも取れなかった。


 硬直しながら何度も何度も執拗に車を蹴飛ばすババアを眺めることしかできなかった……のだが。


 今度はボキッ!! と、何かが折れるような鈍い音が閑静な住宅街に響き渡る。


 直後、ババアはその場に倒れ込むと自分の足を抱えながら「ぎゃああああああっ!!」と耳を劈くような悲鳴を上げる。


 どうやら折れたらしい。その場にいた全ての人間がそのこと察した。


「ゆ、優子さま……大丈夫ですかっ!?」


 と、そこでようやく我に返った袴田の父がババアの元へと駆け寄る。が、ババアは袴田の父に顔を向けると。


「なにぼーっとしてんのよっ!! さっさと救急車をよべええええっ!!」


 と父親を鬼の形相で睨みつけた。


 いや、ホント化け物だな……。


 ってかこれホントに『星屑のナイトレイド』の世界だよな?


 俺の知っている『星屑のナイトレイド』は可愛い女の子たちとただただイチャラブするだけのゲームのはずだ。少なくともモンスターと化したババアの絶叫を聞くゲームじゃなかったはずだ……。


 いや、今そんなことを真剣に考えていたら情報量が多すぎて脳の回路が焼け切れる気がする。


 まずは目の前の心配をしなきゃ……。


 ということで、依然として絶叫を続けるババアをよそに、怯えている袴田を安心させることに務める。


「中谷くん……怖いです……」

「ぎゃああああああっ!! 痛えええええええええっ!!」

「大丈夫だから……袴田は何も考えなくてもいいから」


 そう言って背中をさすってやるが、彼女の体の震えは治まる様子はなくまるで廃人のように光彩のない瞳を俺に向けてくる。


 あ、この目は昼に撮影会に参加させられそうになっていたときと同じ目だ。


 何かに絶望するような瞳。


「ねえ本当にあんな人はパパやママの神様なんですか?」

「ぐええええええええっ!!」

「そう思い込んでいるだけだ。神様のはずがない」

「ぎょえええええええええっ!!」

「だったら神様はどこにいるんですか?」

「え? そ、それはその……」

「ねえ、神様はいないんですか? だったらパパやママがこれまであの人を神様だと崇めていたのがバカみたいじゃないですかっ!?」


 そりゃそうだ。両親があんなババアを信仰していたなんて信じたくもない。


「あの女は袴田や袴田の両親を誑かす詐欺師だよ。信じたくない気持ちはわかるけれど受け入れるしかない」

「そ、そんなこと受け入れたくありません。だったら私たちはこれから誰を信じて生きてけばいいんですか?」


 正直なところを言えば誰も信用しなくてもいい。


 おそらく袴田だってそのことを本心では理解しているはずだ。袴田は両親があの女に騙されていることはわかっているし、だからこそ俺の家に避難してきたはずなのだ。


 けれどもその事実を受け入れることは袴田には難しい。


 なぜならばそのことを受け入れてしまっては、これまでの自分たちの行動を全て否定しなければならないのだから。


 だから頭では理解しているけれども信じたいのだ。が、こんな姿を見せられて信じられるはずがない。


 これまで縋ってきたものが目の前で崩れていく恐怖に袴田は耐えきれないのだ。


「ぎゃあああああっ!! 足が折れてるううううううううっ!! ざけんじゃねええええっ!!」


 まあ、こんなもん見せられちゃ信じられんわな……。


 いや、地獄絵図ってレベルじゃねえぞ……。


 が、ここでその現実を突きつけても袴田をさらに混乱させるだけだ。


「中谷くん、私はこれから誰を信用すればいいのですか? 私にとっての神様は誰ですか?」

「それはこれからゆっくり考えていけばいいさ」

「な、中谷くん……」

「なんだ?」

「だったらこれからは中谷くんが私のかみさ――――」

「ぎゃああああああああああっ!!」


 いやうるせえなっ!!


 なにかを言おうとした袴田だが、その言葉はババアの声に完全にかき消された。


「ねえ、中谷くん……いいですよね?」

「え? あ、うん……いいんじゃねえか?」


 とりあえず適当に返事をすると、そこで袴田の表情がパッと明るくなった。


 ん? なんでだ?


「良かった……」


 なんて言いながらホッと胸をなで下ろす袴田。よくわからないが彼女の心は少し落ち着いたようだ。


 理由はなんであれ袴田の気分が落ち着いたのであればそれでいい。


 彼女の気分が落ち着いたことを良いことに、俺は救急車が到着するまでのあいだ彼女の背中をさすり続けた。

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