第三紹介:失うことになれたくないもの

 自分たちはいつまでここにいるのだろう。


 本当はもっと可能性があって、出来ないことも多いしいればもっと出来なくなるのかもしれないけど、ずっと誰かに「お前は何も出来ない」と言われる人生って幸せじゃないし最大の不幸なのはくつがえられないんじゃないかな?




◇ ◇ ◇



 街に出れば幸せのモデルケースはとっくに消滅しょうめつしたのに金のために広告業者がつかえない商品といらない美容を押し付けてくる。



「金に困ってるし自分たちが食っていく方が幸せだからあなたに不幸になってくださいっていえ! 」



 あまりのいかりに抗擲こうたは後輩の灰瓦はうがのまえだからって本音をまきちらす。



「二十歳になるんだからそんなリアリスト思考いらないよ」



 そのとおりだだよ灰瓦はうがくん。

 ぐうの音も出ねえ。



 昔バカにしていたアラサーやアラフォーと同じ道をたどりつつあるなんて。

 もちろん手に職はある。



 抗擲こうた灰瓦はうがは終わりのない仕事をずっと幼い頃からし続けてきた。



 簡単に言えば「やさしいまちづくり」。

 裏では警察もとりしまれない悪意の種を安月給やすげっきゅうでこき使われりょうにいれられ監獄かんごくにいるような気分にさせられる仕事。



 物欲はないが二人とも旅行は好きでそのあいまに自分たちが新しい人間関係にふれていくことで新しい価値観かちかんが生まれることに感動したからさっさと軍資金ぐんしきんをためて出ていく予定だ。



「てめえ脳みそ腐ってんのか?だれかの幸せをうばうことで自分自身を不幸にしてどうする?そもそも不幸だの幸せだの極端なんだよ。どうにもできないことがあるからこそできる事を振り返るしかないだろ? 」



 青臭あおくさいことは言いたくないが今回つかまえた盗みの常習犯は家庭環境の事情で住みたくもないこの地方で誰も助けてくれない現実と趣味でブログを書いている連中のコアな人間を巻き込む老害ろうがいの文章を鵜呑うのみにしてプラス思考で生きていこうと行動してしまったらしい。



抗擲こうた。そいつは常習犯だぞ?俺たちが何度も説得して捕まえては見逃して地域のじじいばばあからどれだけ文句を言われたよ?また減給げんきゅうされるぞ」



 灰瓦はうがの言うことはもっともだ。

 でも抗擲こうたもかつては罪を何度もおかしてどこにもなじめないでいた。



 この常習犯はおそらく日本人じゃない。

 もし場所が違えば哀愁のあるイケメン店員として飲食店にいたんじゃないかと思えるほどに『こんなことしたくない! 』といいたげな目とせざるを得ない行動に苦しんでいた。

 でなきゃインターネットの他人のブログなんざ大手のSNSのつぶやきならともかく鵜呑うのみになんてしない。



 そんなこともあって彼を自分たちの仕事にひきいれたかった。



 灰瓦はうがもそれは何度も抗擲こうたから聞いては上層部にかけあってくれている。



 どうやらこの生きづらい世界でまだ捨てたもんじゃないと実感したいのかもしれない。



 他人の幸せに自分たちも引きずられては『これは違う』と失望してきたから。



 いつもならつかまえられて上層部に厳しい言葉を浴びせられペナルティを加えられる。



 もう彼はここに住めないかもしれない。



「もう貯金切り崩して出ちまうか。」



抗擲こうたはいつも勝手に決める。俺の苦労を知らないで」



 だがここで決めないともうあとがなさそうだ。

 介護かいごされるために存在する生きる意味を失った老人たち。しかもどれほど贔屓ひいきにしている政党に票をいれても介護してもらえるかさえ保証ほしょうがないのに老人たちは安心している。



 中年層は可能性を閉じ込められていまだに新しい世界へ飛び立とうと願うもさせてもらえない。



 若手はいつ復讐ふくしゅうしてやろうか、いつ先人より幸せになろうか地方で試行錯誤しこうさくごしている。

 この地方は人気な場所でもない中途半端な場所で誰も移住いじゅうもしたくなければ海外からの旅行者もこない地獄だ。



「この治安維持ちあんいじをやめて三人で新しい世界を知る。それに灰瓦はうがにはいってなくてごめん。俺たちもうこの仕事をしなくていいんだとっくに」



 灰瓦はうがはそんなわけがないと言うが交代の時がやってきた。



 そしてこんな厳しい仕事だが次の居住区を選ぶ権利は救済措置きゅうさいそちとして手に入れている。



「常習犯はこの地域にいるときだけ常習犯だ。なら、場所を変える。都会にするかほかに栄えている地方にするかそれか彼の生まれた国にするかはわからない。でもさ灰瓦はうが。あたたかい心の持ち主に救われたことがあるのに俺たちは冷たいままでいいのか? 」



 灰瓦はうがは少し考えてくれた。

 少しどころじゃない。

 家族同然で距離を取りながら仕事を一緒に行ってくれた彼はもはや理解者だ。

 これほど血のつながりがなくて良いと思えたことはない。



 そして常習犯に手を差し伸べる抗擲こうた



「もう盗みに手をそめなくていい場所を三人で探そう」



 おろかな行為だ。そんなこと分かってる!

 それでも偽善や金、搾取さくしゅと戦える力を三人で持てば違う関係が出来るかもしれない。



 灰瓦はあきれながら勝手にしろと常習犯の返事を待つ。



 こんな綺麗事きれいごとが多い話にありがちなことを信じてみようと思えたのは周りの人間が嫌いだからかもしれない。



 せめてつぐないを見届ける。

 もう言葉や自慢じまんで誰にも嘘はつかないと抗擲こうたは決めたから。






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