第29話 クレア

 俺はむしゃくしゃしながらギルドで手続きをしていた。

 なんとあの駄馬はあの後、俺を放り投げて逃げてしまったのだ。

 お陰で金は貰えないわ、あのデブから早く探せと急かされるはでろくなことがない。


「相変らずつまらなそうな顔しているな、ヨイチ」


 俺にそう声をかけてきたのは、ノーラン。

 冒険者歴二十年のベテランCランク冒険者のおっさんである。


「ゴリラの餌代で大変なんだよ」


「なるほど。ルナとそんなに長くパーティ組めてる奴は初めてだぜ。惚れたか?」


「冗談は止めてくれ。あいつと付き合ったら、それこそ破産しちまう。恋愛なんかにうつつぬかしてリエン街で生きていけるかよ」


「良い心がけだ。だが、誰かのために頑張るのもいいもんだぜ? 俺はリエちゃんのために頑張るんだ」


 リエちゃんとはノーランがはまっている夜の女だ。

 冒険者は高ランク以外もてないこともあり、夜の女にはまる女も多い。


「尻の毛までむしられるなよ」


 俺はノーランに挨拶だけした後、ギルドを出る。

 恋愛どころかまさか生きるのに精いっぱいになるとは。

 駄馬探しのため、あてもなくさ迷っていると背後から声がかかる。


「いきなり声をかけてすみません……この間、白馬に乗っていらっしゃった方ですよね?」


 そこにはゴスロリ姿のダークエルフが上目遣いで立っていた。

 属性が多すぎて渋滞している。

 あの駄馬、もしかしていく先々で迷惑かけているんじゃねえだろうな?


「いや、あの白馬に乗っていたのはベリー子爵で僕ではありませんよ」


「いえ、貴方でした。私はクレアと言います。この間、ナンパから救って頂きありがとうございました」


 クレアさんは深々と頭を下げた。

 確かに昨日、おっさんを撥ねた気がする。


「いえいえ、忘れて下さい」


 まじで。


「そんな。お礼にランチでも奢らせてください! 良い店を知っているんです!」


 クレアさんはそう言って俺の手を取る。


「わ、分かりました……」


 勢いに呑まれた俺は、ついオッケーしてしまった。


「こっちです。行きましょう?」


 クレアさんは俺の手を引っ張り、店に連れて行ってくれた。

 ゴスロリ少女が合いそうな、隠れ家のような喫茶店だった。

 木漏れ日が僅かに入る店内はとても落ち着いており、俺は少し浮いている気がした。

 出てきたランチは、この世界に来て一番美味いんじゃないかと思うくらいのごちそうである。


「うまっ! 殆どギルドの昼食しか食べてないから」


「それなら良かった。ギルドってことは冒険者なの?」


 クレアさんはこちらも見ながらにっこりと笑って尋ねてきた。


「あっ、俺は貴族じゃなくて冒険者です。ヨイチっていいます」


「知ってるよー。ヨイチ君て言うんだね。敬語は止めてよー」


 クレアはにこにこしながらこちらの話を聞いてくれた。


「分かった。それにしても、肉とパン以外の昼食を久しぶりに食べたわ」


「ギルドの御飯ばかりだと栄養偏るよ。私が作ってあげる。今度、家に来て!」


 クレアの家に来週行く約束をした。

 あれ? もしかして人生の春来ている?

 いや、勘違いか。

 俺は少しだけそわそわした日々を過ごした。

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