第16話 言いがかりはやめるんだ

「おとなしく帰りましょう」


 フィンが俺の袖を持って言う。


 この爺め……!


「買えらあっ!」


「いまなんていいました?」


「よしましょう、ヨイチさん!」


「いいんだよ、フィン」


「この程度、余裕で買えるって言ってんだよ!」


「いやいや、どこにそんな金があるんですか!?」


 フィンが大声を上げる。


 俺はフィンの口を塞ぐと、九十万ゴールドをその場で見せつける。


「……確かに。ならお客様ですね。お買い上げありがとうございます、お客様」


 爺は態度を変え、一瞬で笑顔を張り付けた。


 俺は立派な彫刻を施された箱に入れられた女神の彫刻を受け取ると、最後一言付け加える。


「覚えとけよ、爺」


 俺は驚いた顔を浮かべた爺を尻目に店を出た。


「ヨイチさん、あんな金どこにあったんですか!?」


「あんな金があったら、わしの飯も豪華にして欲しいもんじゃ」


 フィンとルナから苦情が入る。


「うるせええ! あれはオーク討伐の報奨金を取っておいたんだよ!」


「お金ないのに買って……。あれで少しでも借金を減らせば」


「馬鹿野郎。もう退けねえんだよ。今からしばらく俺は引きこもってこれを複製する。手伝え」


「どうするんじゃ?」


「もう買ってしまいましたから、信じるしかありませんね……」


 二人とも呆れながらも最後は納得してくれた。


 フィンに彫刻用の木材を買ってきてもらい、俺はひたすら贋作作りに集中する。


 引きこもって二週間、大量の失敗作の上ようやく一作完成した。


 完璧な贋作とは言えないが、素人は騙せるくらいの出来である。


 昔から美術は得意だったのだ。


「……ううむ。無駄に上手い」


 フィンが驚きながら唸る。


「そうだろう? これはまだ習作だ。もっと時間をかけて、本物と間違う作品を作るぞ」


「無駄に生き生きしてますね」


「わしには同じに見えるじゃなあ」


 ルナが二つを見比べながら言う。


 段々楽しくなってきた。


 俺は寝食も忘れ、贋作作りに没頭した。


「俺ならできる……俺なら……」


 更に数十を超える失敗作を重ね、遂に贋作が完成する。


 自分でも注意深く見ないと違いが分からないくらいには似ている。


「どうだ?」


「このレベルなら玄人でも騙せるんじゃないですか?」


 フィンも俺の贋作のレベルの高さに驚いている。


「ですが、これはどうなんです?」


 フィンが指さしたのは、彫刻の裏に刻まれているアトリエ名と作者のサインである。


 本物には『アトリエレーゴス ラシル』、俺の贋作には『アトリエレーコス ラツル』と刻まれている。


 なぜか偶然『コ』の右上に汚れがついている。不思議だね。


「これはどう見てもパクリじゃ……」


「言いがかりはやめろ! 俺の雅号はラツル。アトリエ名は偶然被っただけだ」


「酷すぎる……」


「次は売る場所を決めよう」


「リエン街で売るんじゃないんですか?」


「足がつくだろうが。適度に金持ちが居る都市がいいな」


「う~ん……適度に金持ちが居るとなると、隣の都市のエイルですかねえ」


 フィンとかいうなんでも知っているゴーレムオタク。頼りになるぜ!


 少し引いているフィンをよそに俺は、早速売るために王都バーリアから馬車で二日かけ、都市『エイル』へ向かった。

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