最終話 エピローグ
—— 1年後
『あいつ』事件は結局、公にならなかった。
しかし草壁香奈は、自分の所業にケジメをつけるために、勤めていた会社を辞めた。
その直後、彼女の才能を知る兄、小久保浩司が自分達の経営する会社に香奈を誘い、渋川も快く受け入れたらしい。
そこでの香奈の活躍は凄まじく、業界が震撼する性能のファッション向けECアプリを数ヶ月で開発し、それが大ヒットして会社は急成長を遂げてるらしい。今や業界でも注目を集める企業となっている。
彼女の天才や仕事の鬼っぷりは小久保の想像を超えていたらしく「俺の居場所がどんどん無くなっていくよ……」とノロケ気味に愚痴っていた。
「お前もあいつが上司で大変だったろう?」と笑う浩司の顔には、少し誇らしげな表情が見えた。俺はその言葉に微笑みながら、香奈が自分の道を歩んでいることを心から喜んでいた。
香奈と千秋は、今はすっかり仲良くなり、たまに二人で買い物とかに出かける仲だ。なんでも香奈のファンションセンスが抜群らしく、帰って来るたびに千秋がオシャレになってる気がする。
一方で、春木優花もまた、自分の道を進んでいた。『あいつ』事件はフォローズ近藤会長の力もあって完全に捜査が終了したらしい。詳しく聞こうとしたが「あなたが知らない世界もあるのよ」と適当にはぐらかされた。
ただ彼女はその後もプロファイラーとしての技量をさらに研鑽し続け、ついにFBIからスカウトを受けるまでになったそうだ。
◇◇◇
——時は少し戻って、12月23日。
今、俺と千秋は空港のゲートの近くで春木優花と一緒にいた。彼女がFBIの長期研修員としてアメリカへと旅立つのを見送りに来ていた。
「アメリカかぁ……またあっちで忙しくなるんだろうね」
俺がそう言うと、春木はにっこり笑った。
「そうね。でも、これが私の道だから。しっかり頑張ってくるわ」
と力強く返しながら、俺と千秋を交互に見つめた。
「青空くん、よかったね……本当に。」
そう言うと春木は、微笑みながら俺に近づき、いきなりハグしてきた。彼女はアメリカ育ちだから、こういうスキンシップに慣れてるんだろうけど、俺はまだ少し戸惑ってしまう。
そして彼女は、俺の耳元で囁いた。
「私じゃなくて、ちょっと残念だったけどね」
からかうような声だったけど、俺は思わず照れ笑いをしてしまう。
次に春木優花は、少し緊張した面持ちの千秋に向き合った。千秋は相変わらずコミュ障で、こういう場面ではすぐに顔が赤くなる。
春木が彼女を優しく抱きしめると、千秋は戸惑いながらも受け入れていた。
「でも、あなたでよかった……」
そう耳元でささやかれた千秋の顔が一層赤くなり、緊張したまま無言で頷いた。
俺はその様子を見ながら、千秋の純粋さに改めて胸が温かくなった。
「じゃあ、二人とも幸せにね!」
そう言って春木は颯爽とゲートへと向かっていった。背筋を伸ばし、まるで未来へとまっすぐに進んでいくような姿だった。春木優花はいつだってかっこいいよな、と俺は心の中で思いながら、彼女の背中を見送った。
「さて、これからどうする?」
春木が去った後、俺は千秋に問いかけた。
千秋は少し考えた後、ふっと笑いながら言った。
「明日ってクリスマスイブでしょ?だから……ケーキでも?買って帰ろうか?」
俺は一瞬、彼女が何を言おうとしているのか分からなかったが、次の瞬間、彼女が意味ありげに続けた。
「誕生日ケーキにもなるからね?」
「あぁ、そっか……」
そうだ、明日は俺の誕生日でもあった。
今までの俺にとって、誕生日は苦痛の日だった。『聖夜』という名前を持って生まれた俺にとって、クリスマスイブとは、焦りと孤独をダブルで痛感するイベントでしかなかったから。
「聖夜って名前……正直、ずっと嫌いだったんだ」
千秋に向けてそう告白したのは初めてだった。だけど、今の俺はそれを話せる気がしていた。
「でも……」
俺は千秋の手をそっと握り、彼女を見つめた。
「君に出会ってからは、この日に産んでくれた親に感謝してる。この名前も誇らしく思える。」
千秋は俺の言葉に少し驚いたようだったが、すぐに微笑んでくれた。
彼女のその笑顔が、俺にとってどれだけ救いだったか……それを思うと、胸がいっぱいになる。
「人ってさ、変われるんだな……」
まるで自分自身に言い聞かせるように、俺は言葉を続けた。
「やらずに後悔するなら、やって後悔した方がいいって……本気でそう思えるようになった。君のおかげで」
千秋は俺の言葉を静かに聞きながら、そっと手を握り返してくれた。その温かさが、俺にとっては何よりも大切なものだ。
空港の外へ出ると、冬の冷たい風が二人の間を吹き抜けた。だが、それを決して冷たくは感じなかった。
これから先、どんな道が待ち受けているのかは分からない。でも、俺たちは一緒に並んで、歩くことが出来る。
「よし、じゃあ……ケーキ2個買って帰ろう!」
「おお、いいね!」
千秋は腕を組みながら微笑んだ。
そして俺たちは、イルミネーションが灯り始めた街へ、ゆっくりと歩き出した。
隣人が、推しの『中の人』だった。——完
あとがき
————————————————
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
ボクにとっては初の長編ラブストーリーであり、ネット小説で初の完結作品となりました。
この物語は、Vtuberという存在を通じて感じた自分自身の思いと、登場人物たちの成長、そして「推し」という特別な関係性に感化され支えられてできあがりました。
主人公・青空聖夜の成長や、彼が「推し」を通して自分を見つけ、愛する人とともに新たな一歩を踏み出す姿を描きながら、ボク自身もたくさんのことを学び、感じることがありました。彼らの物語が、読んでくださった皆さんにとっても、何か心に残るものになっていれば本当に嬉しく思います。
また、伊藤千秋や草壁香奈といったキャラクターたちも、過去の苦しみや葛藤を抱えながら、少しずつ自分の道を見つけていきます。彼女たちの物語が、あなたの「推し」や大切な人との関係を考えるきっかけになったのなら、この作品を書いて本当に良かったと思えます。
やらずに後悔するより、やって後悔する方がいい——
このメッセージが、物語の随所で込められた通り、私たちも日々新しい一歩を踏み出していくことができます。登場人物たちの物語が、挑戦しようと思っている人、今まさに挑戦中の人の心に少しでも響き、一歩前に進む勇気をお届けできたなら幸いです。
そして、この物語を読んでくださった皆さんこそ、私にとっての「推し」です。応援してくださったこと、感想を寄せてくださったこと、そのすべてが、私にとっての宝物です。本当にありがとうございました。
これからも新たな物語を紡いでいけるよう、精進してまいります。ぜひ、また次の物語でお会いできたらと思います。
心からの感謝を込めて——月亭脱兎
隣人が、推しの『中の人』だった。 月亭脱兎 @moonsdatto
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