最終話 新たな旅立ち
——伊藤千秋に告白した約二ヶ月後、12月23日。
俺と千秋は、国際空港の出国ゲート前に居た。
FBIの長期研修員としてアメリカへと旅立つ春木優花を見送りに来たのだ。
「アメリカかぁ……またあっちで忙しくなるんだろうね」
俺がそう言うと、春木はにっこり笑った。
「そうね。でも、これが私の道だから。しっかり頑張ってくるわ」
と力強く返しながら、俺と千秋を交互に見つめた。
「青空くん、よかったね……本当に。」
そう言うと春木は、微笑みながら俺に近づき、いきなりハグしてきた。彼女はアメリカ育ちだから、こういうスキンシップに慣れてるんだろうけど、俺はまだ少し戸惑ってしまう。
そして彼女は、俺の耳元で囁いた。
「私じゃなくて、ちょっと残念だったけどね」
からかうような声だったけど、俺は思わず照れ笑いをしてしまう。
次に春木優花は、少し緊張した面持ちの千秋に向き合った。千秋は相変わらずコミュ障で、こういう場面ではすぐに顔が赤くなる。
春木が彼女を優しく抱きしめると、千秋は戸惑いながらも受け入れていた。
「でも、あなたでよかった……」
そう耳元でささやかれた千秋の顔が一層赤くなり、緊張したまま無言で頷いた。
俺はその様子を見ながら、千秋の純粋さに改めて胸が温かくなった。
「じゃあ、二人とも幸せにね!」
そう言って春木は颯爽とゲートへと向かっていった。背筋を伸ばし、まるで未来へとまっすぐに進んでいくような姿だった。春木優花はいつだってかっこいいよな、と俺は心の中で思いながら、彼女の背中を見送った。
「さて、これからどうする?」
春木が去った後、俺は千秋に問いかけた。
千秋は少し考えた後、ふっと笑いながら言った。
「明日ってクリスマスイブでしょ?だから……ケーキでも?買って帰ろうか?」
俺は一瞬、彼女が何を言おうとしているのか分からなかったが、次の瞬間、彼女が意味ありげに続けた。
「誕生日ケーキにもなるからね?」
「あぁ、そっか……」
そうだ、明日は俺の誕生日でもあった。
今までの俺にとって、誕生日は苦痛の日だった。『聖夜』という名前を持って生まれた俺にとって、クリスマスイブとは、焦りと孤独をダブルで痛感するイベントでしかなかったから。
「聖夜って名前……正直、ずっと嫌いだったんだ」
千秋に向けてそう告白したのは初めてだった。だけど、今の俺はそれを話せる気がしていた。
「でも……」
俺は千秋の手をそっと握り、彼女を見つめた。
「君に出会ってからは、この日に産んでくれた親に感謝してる。この名前も誇らしく思える。」
千秋は俺の言葉に少し驚いたようだったが、すぐに微笑んでくれた。
彼女のその笑顔が、俺にとってどれだけ救いだったか……それを思うと、胸がいっぱいになる。
「人ってさ、変われるんだな……」
まるで自分自身に言い聞かせるように、俺は言葉を続けた。
「やらずに後悔するなら、やって後悔した方がいいって……本気でそう思えるようになった。君のおかげで」
千秋は俺の言葉を静かに聞きながら、そっと手を握り返してくれた。その温かさが、俺にとっては何よりも大切なものだ。
空港の外へ出ると、冬の冷たい風が二人の間を吹き抜けた。だが、それを決して冷たくは感じなかった。
これから先、どんな道が待ち受けているのかは分からない。でも、俺たちは一緒に並んで、歩くことが出来る。
「よし、じゃあ……ケーキ2個買って帰ろう!」
「おお、いいね!」
千秋は腕を組みながら微笑んだ。
そして俺たちは、イルミネーションが灯り始めた街へ、ゆっくりと歩き出した。
隣人が、推しの『中の人』だった。——完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます