エピローグ
—— 1年後
『あいつ』事件は結局、公にならなかった。
しかし草壁香奈は、自分の所業にケジメをつけるために、勤めていた会社を辞めることになった。
その後は、彼女の才能を最も知り、評価する兄こと小久保浩司が、自分達の経営する会社に香奈を誘い、渋川も快く受け入れたらしい。
彼女の天才や仕事の鬼っぷりは小久保の想像を超えていたらしく「俺の居場所がどんどん無くなっていくよ……」とノロケ気味に愚痴っていた。
「お前もあいつが上司で大変だったろう?」と笑う浩司の顔には、少し誇らしげな表情が見えた。俺はその言葉に微笑みながら、香奈が自分の道を歩んでいることを心から喜んでいた。
なにより、小久保浩司が幸せそうに話しているのが何より嬉しかった。
そういえば、天才エンジニア草壁香奈の活躍は凄まじいそうだ。
聞いたところによると業界最先端のファッション向けECアプリを、わずか数ヶ月で開発してリリースさせたらしい。
しかも、それが大ヒットしてユーザー数は鰻登り、おかげで会社も急成長を遂げてとかなんとか。最近じゃIT系の雑誌で紹介されるなど、今や業界でも注目を集める企業となっている。
草壁香奈のエンジニアらしからぬルックスがバズってて、今やECファッション界のカリスマみたいな扱いだと聞いてる。
やっぱあのあの人、天才だったんだな。
そうそう、香奈と千秋は、今はすっかり打ち解けて仲良くなった。
たまに二人で買い物とかに出かけるようだが、なんでも香奈のファンションセンスが抜群らしく、帰って来るたびに千秋がオシャレになってる気がする。
でも、最近おしゃれになったね褒めたら、「前はダサかったみたいな言い方やめて!」とえらい怒られた。女の人って怖い、意味がわからない。
そういえば『あいつ』事件はフォローズ近藤会長の力もあって完全に捜査が終了したと春木優花が言ってた。何があったのか詳しく聞こうとしたが「あなたが知らない世界もあるのよ」と適当にはぐらかされたけど。
春木優花と言えば、彼女すごいんだ。
あの事件以降もプロファイラーとして、どんどん活躍していった彼女は、その技量をさらに研鑽し続けて、なんとついに、本場のFBIからスカウトをされるまでになったそうだ。
——みんなすごいな。さて俺はどうなんだろう。
振り返ると、なんだか人生って、思い通りにならないことばかりだ。
けれど、思いもしなかった出会いや出来事が、自分の世界をひっくり返してくれることもある。
俺にとって、それが「推し」という存在だった。
正直、最初はただの趣味だった。仕事に疲れた日常を癒してくれる、小さな楽しみ——それが「秋空かえで」だった。
でも気づけば、彼女の言葉や存在が、俺を支えてくれる柱になっていた。特にしんどい時、彼女の配信を見るだけで、「もうちょっと頑張ろう」って思えたんだ。
推しって、そういうもんだよな。自分が勝手に応援して、勝手に励まされて、そして救われる。
でも、不思議なもんで、俺はただ「秋空かえで」を推していたつもりが、その「中の人」、伊藤千秋と出会ってから、自分の気持ちがどんどん変わっていった。
ただ画面越しに応援していた俺が、彼女を直接守りたいって思うようになったんだ。そして気づいたら、彼女に恋をしていた。
恋愛なんて、俺には縁遠いものだと思ってた。高校の頃の苦い記憶が尾を引いて、もう自分には無理だって、どこかで諦めてた。でも、彼女を好きになって、自分の中で変わったんだよ。
推しっていう一方的な関係だったとしても、その人を本気で応援しているうちに、俺は俺自身を応援できるようになった。俺だって、変われるんじゃないかって。
もちろん、現実は簡単じゃない。彼女もいろんな苦しみや不安を抱えていて、俺がどれだけ「守りたい」って思っても、すれ違うこともたくさんあった。でもな、彼女に教わったんだ。傷ついても、諦めなければ、ちゃんと前に進めるって。
彼女が俺を救ってくれたように、今度は俺が彼女を支える番なんだって。
俺が思うに、「推し」って、ただの趣味なんかじゃない。
俺たちにとって、時には生きる希望であり、自分自身を見つめ直す鏡みたいな存在なんだ。彼女を推すことで、俺は自分の殻を破って、新しい自分になれた。だから、推しを持っている人に言いたい。
遠慮なんていらないから、とことん推してみてほしい。きっと、自分でも知らなかった新しい景色が見えてくるから。
俺にとって、この旅は終わりじゃない。彼女との新しい一歩が、今始まったところだ。これからもきっと、いろんな困難や葛藤が待ってるだろう。でも、それでもいいんだ。
だって、俺はもう逃げないって決めたから。
『やらずに後悔するより、やって後悔する方がいい』
それが俺が学んだ一番大事なことだ。
だから、もし君が、今何かに迷っているなら——まずは一歩、踏み出してみてほしい。
きっとその一歩が、君を次の景色へ連れて行ってくれるはずだ。
最後に、一つだけ。俺にとって「推し」は、人生の宝物だった。
そして、この俺の話を、最後まで読んでくれた君たちもまた、俺の宝物だ。本当にありがとう。
これからも、お互いの道を歩んでいこうぜ。
——青空聖夜
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