第18話 予想外の裏切り

 春木優花の話によると——。


 俺があの日、ラブレターを挟んだ漫画を紙袋に入れて渡した後、彼女はその紙袋をうっかり教室の机の中に置き忘れたらしい。


 放課後、帰宅途中にそのことを思い出し、夕方に教室に戻った。


 ——その時、薄暗い教室の中から一人出てくる生徒を見たという。


「彼は、たぶん私に気が付かなかったようだけど……


 ……その時、はっきり顔を見たの」


 俺の心臓が高鳴っていた。


 ——おそらくそいつが、あの事件の鍵を握っていると感じたからだ。


「それで……誰だったの?」


「それは……」


 彼女は少し言い淀んだが、一呼吸したあとでゆっくりと俺の目を見て答えた。


「……あなたの親友の……小久保くん」


 その名前を聞いて、驚いた。


 まさかあいつが?


 なぜ。


「え?……小久保浩司……だったの?」


 春木優花はこくりと頷いた。


 俺は記憶をさかのぼった。


 たしかラブレターを渡す直前、俺は部室にいて——。


 ◇◆◇◆◇◆◇


「聖夜、おまえ何してんの?……漫画に挟んでるのって……手紙か?」


 俺が、紙袋に手紙を挟んだ漫画を入れているのを見て小久保浩司が尋ねてきた。


「ああ、これ、春木さんに頼まれてさ……貸すんだよ」


「え?おまえらって、もうそういう仲なのか?やめとけよ、全男子に恨まれるぞ」


「ほっとけよ!あと……この漫画は特別なんだ。俺の想いが入ってるからな」


「おいおい……俺はどうなるんだよ……」


「知るかよ!おまえのことまで考えてられるかよ、こっちは青春がかかってんだ」


「……ひどい、そんなの聖夜らしくねえ」


「なんだよそれ?じゃあちょっと行ってくるわ」


 ◇◆◇◆◇◆◇


 ——俺が部室を出る前、小久保がじっと俺の紙袋を見ていたのを覚えている。


 しかし、その時は特に気にも留めなかった。


 あいつが俺の行動にどんな反応をしていたのか、何を考えていたのか、今となっては分からない。


「でも、どうして……あいつが」


 俺は自分の中で答えを探すように、春木を見つめた。


 すると、彼女が少し困惑した表情を浮かべながらも、静かに続けた。


「やっぱり彼、あなたがラブレターを渡そうとしているのを知ってたのね……」


「あいつが、君の机の中から抜き取った……?」


「私は彼が出て行ったあとに、紙袋を持ってすぐに教室を出たの。


 その時にラブレターが壁に貼られていたかどうかまでは暗くて確認できなかったけど、家に帰ってすぐに袋を確認した時には、もう手紙はなかったの」


「じゃあ、春木さんが落としたとか、誰かに渡したわけじゃなかったんだな……」


「当たり前でしょ……前にも言ったけど、私も青空くんのこと好きだったのよ……


 もし彼が抜き取る前に手紙を読んでたら私たちどうなってたんだろうって……


 同窓会のあと、すごく考えちゃったもの」


 彼女は窓の外を見ながら、遠くを見つめるような目でつぶやいた。


 春木優花が教室で見たのが小久保浩司だったと聞かされ、胸の中に複雑な感情が渦巻いていた。


 でも"あいつ"の動機はなんなんだ?


 俺が春木と付き合うのが妬ましかった?


 いや——あいつはそもそも、普段から女子にまったく興味がない感じだったし、春木優花が隣席になった時にも「ちょっかいを出すな」とは言ってたが、他の男子に恨まれるようなことはするなという意味合いで言ってたと思う。


 俺がしばらく考えを巡らせていると、彼女が急に真剣な表情で俺を見つめた。


「ねえ青空くん……さらに驚くことを告白していい?」


 おいおい、これ以上の告白がまだあるのかよ!


 俺のHPはもう真っ赤なんだが。


「実は……ね」


「うん……」


 俺は、緊張しながら彼女の次の言葉を待った。


 まさか「今もあなたが好き」って告白だったらどうしよう。


 俺は今、伊藤千秋さんといい感じなんだけど!


 そういえば草壁香奈ともなんか始まってるような……


 ……え?


 モテ期なのか、ついにやってきたのか?


 この俺にも!?


 なんてラブコメ主人公みたいなことを考えてドキドキしてたのだが、その答えは俺の想像の遥か斜め上だった。


「私ね……警視庁のIT犯罪心理分析官、つまりプロファイラーなの」


「え……?警視庁で……プロファイラー?」


 俺はその言葉に驚き、目を見開いた。


 彼女が今、そんなすごい仕事をしているとは思ってもいなかった。


「うん。


 大学を卒業してから、夢だったプロファイラーとしての専門知識をアメリカで学んだの。


 それで、今は日本に帰ってきて、警視庁で働いているんだ」


「ってことは春木さんて……警察官?まさか刑事なの?!」


 俺は驚きながら尋ねた。


 そう、最近の俺は「ポリス」ってワードに敏感なんだよ。


「うーん、科学捜査研究所職員として警視庁にいるけど、警察官ではないのよ。


 一応採用された後に警察学校で一ヶ月くらいの研修は受けたけどね」


 夢を叶えるためにアメリカで専門知識を学んで警視庁に入るだなんて、まるで映画のような人生だ。


 彼女が今のキャリアになるまでどれだけ頑張ってきたのかが、ひしひしと伝わってきた。


「すごいな……頑張ってきたんだね。なんか同級生として誇らしいよ」


「ありがとう。


 でも、今、職業のことを話しているのには理由があるんだ……」


 彼女は、すこし言葉を詰まらせながら少し考えたあと、意を決したように俺の目を見つめて言った。


「実はね、今私が調査している案件のリストの中に、あなたの名前があったの」


「え?俺の……名前が?」


「そう。


 最初は驚いたけど、あなたに直接会って話をして、確信したの。


 青空くんはこの件には関係ないって……


 私、これでもプロファイラーだからね」


 この件……ってことはIT絡みの事件って……ことか。


 俺は、彼女がどんな案件を調査しているのか、なんとなく察しがついてきた。


「でもね、そのリストにもう一人、気になる名前があって……


 小久保浩司くんの名前も挙がっていたの」


 小久保浩司の名前が出た瞬間、俺の心臓が一気に高鳴った。


 まさか"あいつ"があの件に関わっているのか?


「小久保……が?………あいつが、IT犯罪に関わってるって可能性があるってこと?」


 俺は不安と疑念が入り混じる気持ちで彼女に尋ねた。


 すると、彼女は少し躊躇しながらも、静かに言葉を続けた。


「本当は捜査情報を外部に漏らすことはできないの。


 ——でも、アメリカでは巧妙なIT犯罪者やハッカーに対抗するために、ホワイトハッカーが協力して事件を解決することがよくある。


 だから、私はこの件に関して、あなたに賭けたいと思っているの」


 彼女の言葉に、俺は驚きつつも、自分の胸に直感的な感覚が蘇ってくる。


 やはり、その案件は「秋空かえで」の『あいつ』の件に関係している?


「春木さん……その事件ってVtuber『秋空かえで』への脅迫に関係するんだろ?」


 俺の問いに、彼女は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに静かに頷いた。


「そう。


 実は彼が、彼女を脅迫した人物の件に、少なからず繋がっているようなの。


 でも、リストに名前があったからって、すぐに彼が犯人だとは言い切れない。


 でも……」


 彼女は言葉を詰まらせ、少しだけ視線を逸らした。


「でもね、ラブレター事件のことを知っている私だからこそ、小久保浩司がどういう人なのかが気になっているの。


 彼があなたを苦しめた犯人だったとしたら、同窓会の日、親友として平然と振る舞っていた彼を、私はもう見過ごせなくなったのよ……」


「……それで、俺に話すことに決めたんだな」


 彼女はゆっくりと頷き、真剣な表情で俺を見つめた。


「ええ。


 あなたにとって、彼は親友だったと思うし、その関係の深さは私にはわからないわ。


 彼が本当に無関係ならそれでいい。


 でも、もし、この件の犯人だったとしたら……あなたにとって辛い結果になるかもしれない」


 俺は彼女の言葉に考えを巡らせた。


 小久保浩司が「秋空かえで」の『あいつ』である可能性は無くはないのだ。


 なぜなら『あいつ』のスキルの痕跡が、それを物語っていたから……。


 しかし、俺にとってそれを認めることは正直辛いし信じたくはない。


 あいつは、小久保浩司は、恋愛恐怖症になった俺を何十年も気遣って、裏で支えてくれた親友なんだ。


 だからといって、春木優花が、リスクを背負ってここまで話してくれた以上、俺としても、その可能性を否定することもできない。


「春木さん、ありがとう。


 小久保浩司に関しては、俺からも関連を探ってみる。


 たぶんあいつは自分が疑われているとは気づいていないだろう……


 もし"あいつ"が本当に『あいつ』だったなら、俺も向き合う覚悟を決める」


 俺の決意を聞いて、春木優花は少しだけ安心したように微笑んだ。


「そうしてくれると嬉しい。


 あなたにとっても、これは大きな試練かもしれないけれど、私はあなたを信じているから」


 その言葉に、俺も微笑みを返した。


 彼女の信頼に応えたいという思いが、胸の中で強く湧き上がってきた。


 そして、俺はこれから小久保浩司に会い、真実を確かめる覚悟を決めた。


「とりあえず小久保には、ラブレターの件を聞くことにするよ。


 そこから何か掴めるかもしれないし……」


「どちらにしても辛いわよね……。


 たとえどんな結果でも、私はあなたの味方だから」


 彼女がそう言ってくれたことが、俺にとって何よりの支えとなった。


 これから何が待っているのかは分からないが——彼女の信頼に応えるためにも、なにより伊藤千秋を守るためにも。


 俺は、勇気を持って真実に立ち向かうことを決意した。


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