第6話 本当の再会

 19:58 俺はベランダに通じる窓を開けた。


 さっきから心拍数が上がり続けている。

 隣人がゲームフレンドのちぃポリ(chiaki110)で伊藤千秋さんであることはもう間違いない。


 一体彼女は、何を話したいんだろう。

 どうしてわざわざベランダで会おうとしているのか?まさか俺がガチリスナーだとバレた?過去のちぃポリとの会話を思い起こしてもそんな会話をした記憶はないけど無意識に口を滑らせた可能性はある。


 そもそも2日前ベランダで起きたあの事件以降、分からないことだらけなんだ。予想外が多すぎて、これから起こる事を予見するなんて無理だろう。


 俺は深呼吸して、覚悟を決めてベランダへ出た。


「青さん、もうそこに居ますか?聞いてますか?」


 ベランダの仕切り版の向こうから彼女の声が聞こえてきた。壁越しだともう完全に「秋空かえで」だ。

 そんな場合じゃないのに、少し嬉しくなってる自分が情けない。


「はい……聞いてます」


「よかった」


 やっぱり声だけなら『恋愛恐怖症』は発症しない。ただ、緊張で自分の心音が聞こえてくる。しかもなんだか肌寒い、もっと着込んでくればよかった。


「青さん、もしかしてわたしが誰だか分かってます?」


 これは試されてる?まさか誘導尋問か?この場合なんて答えるべき?考えろ俺。


「あの……あなたは隣人の伊藤千秋さんで、ちぃポリだと思ってます」


 しばらく沈黙が続く。判決の言い渡しを待つ容疑者って、こんな気持ちなのかな。


「すぅ………——」


 彼女が大きく息を吸い込む音が聞こえた。いよいよ判決か。


「こんばんハロー!……『秋空かえで』です、今日は久しぶりの配信に来てくれてありがとう」


 ああ……——四年間、21時から、毎日のように聞き続けたこの挨拶。もう疑いようがない。


 やっぱり隣人は秋空かえでの『中の人』だった。


 ——そして何故だろう、目から汗が止まらない。


「おやー今日のリスナーは、たったひとりかぁ……」


「……はい」


「じゃあらためて、こんばんハロー……ブルースカイさん」


 俺はパニックになった。なぜ俺の正体ブルースカイが分かったんだ!?そんな素振りもまったく見せてないはずなのに!


「え?……なんでそれを」


「否定しないんだね……良かった、やっぱりそうだった」


 ……まさか警察とか、噂の開示請求とかで?ヘビーリスナーがガチ推し部屋に不法侵入ってことに?俺の人生終わった?


「それで……俺はこれからどうなるんです?この後に本物のポリスが来るんですか?」


「え?」


「え?」


「ちょっと、何を言ってるのかわかんないよ」


 なにが可笑しいのか、彼女は笑い出しそうそうな声になってる。


「俺、逮捕されるのかと」


「だからポリスじゃない(笑)リアルでもボケるのが上手いんだね!対人関係がダメダメなんて、やっぱり嘘でしょ」


 あれ?なんか予想と違う。なんでいつもの「秋空かえで」なの?まるで生配信を聞いてるみたいで心が癒されていくじゃないか……いやいやダメだ、しっかりしろ俺!


「あの……なんで俺がブルースカイってわかったの?」


「自分のゲームID覚えてる?」


「俺のゲームID?…BlueSky1224」


 ん?え?あれーーーーー!?これで?


「2年くらい前にリスナー参加で「ラストワールド」の配信をやったでしょ。その時の青さんのIDもそれだったよ」


 詳しく聞くと、どうやら彼女は、ゲーム配信以外でも、昼間にプライベートIDで「ラストワールド」を練習してたらしく、2年前、同じ時間帯にプレイしていた俺のIDを偶然見つけたので、思わずバディ申請して、流れでそのままフレンド申請するに至ったらしい。


「てことは俺だって知っててフレンド登録して、ずっと一緒に遊んでたの?」


「うん、でも正体を明かすと所属事務所を契約解除されちゃう可能性があったから黙ってた、ごめんね」


 なるほど、謎がすべて解けて時間軸もつながった。


「話したい事って……この事だったんだ。」


「それだけじゃないよ……あなたに謝りたかったの」


「え?何を」


「一番応援してくれてた、青空さんブルースカイを失望させたこと、Vtuberに『中の人』なんて居ないはずなのに、しかもそれが、わたしなんかで…ガッカリさせたよね……本当にごめんなさい」


 ちょっと待って、なんで謝るの?むしろ予想以上、超理想的な『中の人』なのに。まさか俺、パニクって余計な事言った?思い出せ…あの日の出来事を……あ、あ、あの時の『恋愛恐怖症』?!……うわぁぁぁ俺って超失礼な奴じゃん。


「いや、いやいや、俺の方が謝るべきで」


「気を使わなくていいよ……私と会いたくない気持ちは分かるので。このベランダでの出会いも最低だったし、色々と幻滅させたのは分かってます、理解してます」


(ちょっと待ってくれ、君は全然理解してない。俺はむしろ、もっともっと、あなたを好きになったんだよ!)


 心ではそう叫んでいるが、言葉にできない。怖いんだ俺は、あのトラウマに縛られて、そういう気持ちを吐き出すことが……自分が情けない、謝られる価値すらない。


「……やっぱりプロ失格だね、やめて正解だった」


 その言葉に、俺の心の中のスイッチが入った。


「そんな事言うなよ……「秋空かえで」は今、ここにいるじゃないか。何も変わってない。ちょっと休んでるだけだろ。」


「……でも、でもね、以前のわたしはもう死んだの、わたしが殺した……終わらせたの」


「だったら!今、ここから生み出せばいいじゃないか」


「青さん……」


「俺が……新生「秋空かえで」最初のリスナーだよ、たったひとりだけど。」


 彼女は沈黙した。あれ?なんか泣いてる……余計な事言っちゃったかな。でも今のは俺の本音だ。今出来る最大限の心の叫びだ。


「ありがとう……じゃ、円卓の騎士じゃなくて、白馬の騎士だね…」


 白馬の騎士か、俺みたいなヘタレのクソ野郎にそんな名誉は過ぎるけど、彼女のために何か出来るなら、俺は死神でも騎士にでもなれる。なってやる。


「うん…よし……!よし!わたしも覚悟が決まった。戦うよ、あいつと、あの悪魔と」


 彼女の声には、覚悟と信念のような力強さがあった。あいつ?たしか誰かのせいで仕事が出来なくなったってちぃポリの時に言ってたよな。それと関係するのだろうか。


(ピピピ!ピピピ!ピピピ!)


 その時、無情にも仕事開始を告げる21時のアラームが鳴った。


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