第5話 妄想か現実か


 でも待てよ?伊藤千秋さんと遭遇したのは2日前だ。

 chiaki110とゲームで知り合ってフレンドになったのは……ログを見るとちょうど2年前。


 ということは、まったく接点が無いはずなんだ。


 そもそも隣人の伊藤千秋さんが推しの『中の人』っていう証拠があるわけじゃない。ファンが憧れて声を寄せてる可能性だってあるだろ。


 俺は推しの配信中止で、『中の人』に会ったと思い込みたいだけなんじゃないか……狂って思考がおかしくなってるだけかもしれない。


 そんな事を考えてるとchiaki110が素材を集めて戻ってきた。


〈青さん、石掘ってきたよ!〉


[サンキューちぃポリ、こっちもベースが出来たところ、壁からやっちゃおう]


〈おっけー!〉


 Chiaki110のニックネームはポリスだが、俺と二人っきりの時は「ちぃポリ」と呼んでいる。


 今のところ、いつも通りの「ちぃポリ」だ。常識的に考えて確率論からも、やっぱ人違いだろう。


[そういえばさ、ちぃポリってリアルに警官だったりする?]


〈ぜんぜんちがうし!家でやるニートみたいな仕事だよ〉


[だよなw平日昼間っから警官がゲームやってるわけないよなー]


〈たしか青さんはIT関係でリモートワークだよね〉


[よく覚えてるなー、まあ今はサボり中w夜は徹夜だけどね]


〈うわー今日は何時までイン出来るの?〉


[21:00から仕事するつもり、それまで付き合うよ]


 二人でゲーム内のベースを建築しながらそんな他愛もない会話をしていたが、ちぃポリからのレスポンスに妙な間が開く。


〈21:00か…〉


 なんだこの間は……。俺が気にしすぎなのか?


「どした?」


〈なんでもない〉


 やっぱ気になる…ここはさりげなく気になってる事を確認してみるか。同一人物か、疑心暗鬼のまま一緒にプレイするのも疲れるしな。


「そういや、ちーポリ、なんで半年もインしてなかったん?」


〈あー最近まで、ずっと働いてたから、時間がなくて〉


[そっか、仕事はダルいよねー]


〈ダルくなんかないよ、最高の時間だったよ〉


「ごめん、そういうつもりじゃなかった」


〈でも出来なくなっちゃったんだ、あいつのせいで〉


 なんか様子がおかしい。もしや俺、余計な地雷を踏んでしまったのか。


[人間関係のトラブルは、一番きついよね、わかるよ]


〈青さんもそんなことあるんだ、何でも完璧に見えるけど〉


 俺が完璧?何を言ってるんだ、恋愛ひとつままならない欠陥人間だぞ。


[俺なんてクソだよ、対人関係もリアルじゃまったくダメ人間]


〈そんなことない!それはちがうよ!〉


[違わないって、もし、ちぃポリがそう思ってるなら、俺はネットでは上手に人を騙せるだけだな]


 赤の他人に何を言ってるんだ俺は、でもこれは本音だ。あんなトラウマを抱えていても誰かに相談すら出来ず、自分の殻に閉じこもり不幸な人生を甘んじてる。改善するために動き出す勇気すら無い、情けない堕落者だ。


〈だったら、わたしの方が大勢を騙してるよ〉


[そんなことないでしょ]


〈わたしは罪深いよ、命をねらわれるくらいの大嘘つきだから〉


 一体どうしたんだ……ちぃポリの様子がおかしい。

 まさか命を狙われる危険な仕事でもやってるのか?これ以上掘り下げない方が良さそうだな。


〈でもわたしは、救われたんだよ、青さんに、ずっと救われてた、本当にありがとう〕


 俺が救った?ゲームに付き合う程度のことで大袈裟だな。


[ちぃポリ、どうした?あんまり思い悩むなよ、ゲームだったらいつでも付き合うからさ]


〔ゲームだったらか、そうだよね〉


 いやだってゲーム以外の接点がないだろう。

 本当に急にどうしちゃったんだ。まさか本当に伊藤千秋さんだったりするの?いやいや、さすがに妄想が過ぎるだろ、そんな事はあり得ないはず。


〈ねえ青さん〉


[はい]


〈どうしても直接伝えたいことがあります〉


[はい?それってどういう意味]


〈今夜20:00にベランダに出てください〉


 何だそれは、このゲームにベランダなんか無いぞ。まさか、このマンションのリアルなベランダの事を言ってるのか?


[ベランダって、まさか自分ちのってこと?]


〈はい、待ってます〉


 そう書き込んだ直後、ちぃポリことchiaki110はログアウトした。


 え……確定した、ちぃポリは伊藤千秋さんだったんだ。いったい俺に何を伝えたいんだろう。


 そもそも「秋空かえで」の『中の人』が、なぜ2年も前からゲームフレンドになってんだよ。

 いやまて『中の人』かどうか本人から聞いたわけじゃないし、さっきのだって俺の妄想かもしれない。


 改めてログを見直すと、たしかに〈今夜20:00にベランダに出てください〉そう書いてある。


 そしてキャビネットの上には例の毛布も置いてある。


 ——やはり夢でも妄想でもないらしい。


 この状況に俺の理解がまったく追いつかない。



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