第4話 懐かしのフレンド


「分かりました、なんとか明日の朝までに仕上げます。」


 あーダルいな、また突貫修正だ。この会社のリモートワーク体制には満足しているが、業界的な慣習というか、客からの無茶な仕様変更に、ぶっ壊れスケジュールで対応するってブラック加減はどこでも同じだ。


『青空さん、たまには出社してみない?色々話したいこともあるし、夕食でもどう?』


 リモートビデオ会議の相手は開発部課長の草壁香奈。


 彼女は俺の上司なんだが年齢は6歳下だ。リモートワークになる少し前に他社からヘッドハンティングされて来てあっという間に出世した超有能エンジニアだ。


 いかにも仕事が出来きそうなクール系の美人だが、人格者でもあり周囲への気遣いもそつがなく、社内の評判も良い。若い女子社員の中に草壁推しグループがあるらしく、彼女は仕事に関しては厳しくて若干サイコパスな傾向があるのだが、そのギャップが萌えるんだそうだ(よくわからん)。


「お気持ちはありがたいのですが、会社に行くとすぐ体調を壊すもので、必要とあればもちろん行きますけど……」


『もちろん無理にとは言わないけど。青空さん、私のことが苦手なの?もっとコミュニケーションすれば、そういう問題も解決出来ると思うの』


「苦手だなんてとんでもないですよ!これは俺の……なんていうか心理的な問題なんですよ……草壁さんはとても良い上司ですし、むしろ尊敬してますよ。これはお世辞とかではなく、俺の本音です」


『ありがとう、分かった。でも最近ちょっと様子が変だよ?もし悩みとか気になる事があるなら、いつでも相談してね」


「はい……こちらこそ、ありがとうございます」


「あと私は……いや、なんでもない。じゃ明日までによろしくね。』


 この草壁香奈、当初は『恋愛恐怖症』が発症しない希少な女性だった。


 しかしリモートワーク以降、月に数回出社する事があったのだが、その度に俺の体調を気遣い、優しく接してくれるようになったことで、少し彼女の事を意識するようになったのかもしれない。


 その結果、彼女に直接会って話す度に、例の腹痛に襲われるようになり、今は会うことが苦手な女性になってしまったのだ。彼女は何も悪くないというのに、避けてしまって本当に申し訳なく思う。


 それにしても、この恋愛恐怖症はビデオ会議ならまったく平気だから不思議だ。


「女性と話すと腹痛になるとか失礼極まりないよな……こんな自分が情けない」


 俺はスマホを開き21:00にアラームセットする。


「よし、どうせ今日は徹夜だ、どうせなら憂鬱になる21時から全力でやろう。それまでは遊ぶ!気分転換も大事だ」


 これぞまさに現実逃避の極み。問題の先送り。


 俺はさっそくゲーム用PCを起動し、オンラインゲーム『ラストワールド』にログインした。


 『ラストワールド』は世紀末後の世界を舞台にしたサバイバルゲームでリリースから3年近く経ってるけど、Vtuberのゲーム配信で人気が再燃して、今でも過疎ることなく順調にユーザーを増やしている。

 

 実際、ロビーには昼間にも関わらず大勢が集まって、各自がバディと呼ばれる一緒にプレイする野良仲間を募っていてる。


 こんな時間からゲームとか、この人たちはいったいどんな仕事してるんだろう。まあ俺もその一人なんだが。


 そういえば——隣人の『秋空かえで』かもしれない伊藤千秋さんは、今も部屋にいるんだろうか。インターフォンで話してから、もう二日たったけど、あれ以来、彼女が訪ねて来ることは無かった。


(そりゃそうだよな、警察呼ばれなかっただけマシって考えよう。)


 そにしても……可愛かったな。驚くと少し裏返るあの声も、少しオドオドした挙動も、どこか影があるあの表情も、子犬みたいに潤んだ黒い瞳も、綺麗な顔立ちも、なんかすべてが愛おしいって思える人だった。


 なにより、

 伊藤千秋……俺はやっぱり、彼女が”秋空かえで”の『中の人』だと思えて仕方がない。


 俺が人生をかけて推し続けたVtuber『秋空かえで』、俺の中で彼女はバーチャルな存在だった。

 

 たけど、そのフィルター通した先にいる『中の人』。


 伊藤千秋というパーソナリティが、俺の理想そのものだったんだと、本人を見て、話してみて確信できた。


 ベランダで彼女を助けて、顔を見て、声を聞いたとたんに、『恋愛恐怖症』が強烈に発症したのがその証明だ。


 それにしてもあれは、本当に奇跡の出会いだった。


 死のうとしていた俺が、まさか、最愛の人の命を助けることになるなんて。どんなラブコメだよって感じだ。


 まあ同時に終焉でもあったわけが……彼女が『中の人』であれ、どうであれ。ろくでもない俺の人生のなかで、かけがえのない素晴らしい記憶になったことは間違いない。感謝しかない。


【ピロリン♫のフレンドがインしました】

【フレンド:Chiaki110がバディに参加を希望 y/n】


 お、懐かしい奴が入ってきたな。


[ちわーポリス!ひさしぶりだね]


〈青さん!おひさしぶりです!今日から復帰します〉


 ゲームフレンドのchiaki110は、2年ほど前にこのゲームの野良で知り合ってバディを組んで遊んでからフレ登録した人だ。当時は結構一緒に遊ぶことが多くて、チャットでもめちゃくちゃ趣味が合うのでゲーム半分だべり半分て関係だった。


 ただ、ここ数ヶ月まったく姿を見なかったから、本当に久しぶりって感じなんだよな。


 chiaki110は、悪質なPKや不正なツールの使用を許さない正義感の強い奴で、110ってネームからゲーム仲間からはポリスって愛称で呼ばれている。


〈新マップは未体験なので、拠点作るの手伝ってもらえます?〉


 chiaki110がジョインするなりチャットしてきた。


[いいよ!だったら同居しよう、その方が資材集めも効率いいからさ]


〈え!!え!!良いんですか!あざます!〉


 chiaki110ことポリスも昼間にインする事が多い、いったいどういう仕事してるんだろうな。そういや年齢や性別も知らないんだよな。


 ユーザーネームがchiaki110か……読み方は「ちあき110」だよな。

 もしかしたら女性なのかな?


 110は110番てわけじゃないよな。

 よくあるのは俺みたいに誕生日の数字が多いから1月10日生まれかな?

 

 それか、日本語の当て字なんだろうけど……ん?


 んん?


 ……まてよ。


 まてよ、まて、まて!まて!え!?


 110……いとー。


 いとう?伊藤?!


 ちあき・いとう……?


 まさか……伊藤千秋?!


 ええ?!


 そんな偶然……あるのかぁーーー?!


 ゲームフレンドのchiaki110が、まさかのお隣さんかも?という恐怖に俺は震えていた。


 

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