第3話 とある腐女子の絶望

 ——その頃、自室に戻った秋空かえでの『中の人』こと、伊藤千秋は頭を抱えていた。


「え?まさか、まさか、わたし、やらかした?」


 彼女にはVtuberとしてデビューして依頼、ずっと気になってるリスナーが居た。

 それはもはや「秋空かえで」というパーソナリティの一部と言っても過言ではない特別な存在だ。


 それが超ヘビーリスナーこと『ブルースカイ』


 初回配信からずっと支えてくれてる円卓の騎士と呼ばれる12人の中でも『ブルースカイ』は別格だった。

 あらゆるピンチにベストなタイミングでコメントをくれて、何度も何度も自分を助けてくれた恩人でもある。

 要所で完璧なコメントくれるだけではなく、「秋空あかね」を持ち上げ過ぎず、時には愉快なディスを入れたり、あえてスルーしたり、配信の空気を作ってくれるディレクター的な存在。

 しかも距離感が絶妙で、決して深い部分には触れてこないし、悪ノリし過ぎたリスナーを上手に抑えこみ、リップサービスに過剰反応もしない。そのパーフェクトな対応っぷりから現実世界でもかなり仕事が出来て異性にも、同・性・に・も・モテる人だろうと勝手にキャラ設定していた。


 じつは腐女子を拗らせてる千秋の密かな趣味が、個性豊かな超ヘビーリスナーである円卓の騎士メンバー同士のカップリング妄想。結ばれた彼らの将来の生活を予想したり、同棲する部屋の間取りを描いたりした事もある。


 そんな中でも『ブルースカイ』は完璧王子様の設定の絶対的ポジション。いつか設定を投げ捨て白馬の王子様となって自分の下へ現れる……。という展開を色んなバリエーションで妄想したこともある。


 ——いま、千秋の頭の中はぐるぐる回っていた。


 ◇◆◇


 ——昨夜、自分を助けて?くれた隣人の青空さんという男性。

 見た目はとても誠実そうで優しそうだったけど、超人見知りでコミュ障の自分にとって、初対面の男性はいつもなら恐怖の対象でしかない。

 なのに……彼に対して、いつもの警戒心が働かず、どこか不思議とホッとする自分がいた。


 でも彼は、わたしの『声』を聞いたとたん、突然逃げるように帰っていった。


 もしかしてリスナーだったとか?そんな不安が過ぎる中、気になって廊下に出てみると、助けてくれた彼こと「隣人の青空さん」は、自室のドアの前で座って寝ていた。


 そうか、ベランダからこっちに来たから、自宅の鍵がないんだ、どうしよう大変なことになってしまった。


 それにしても、なぜだろう、この人を見てると心が落ち着く……。


 もしかして、本当にリスナーさんなのかな、だとすると青空さん、青空、青空=ブルースカイ……!? 


 え?まさかブルースカイの『中の人』……え?!そんな安直な設定ある?


 とりあえず体が冷えないように彼に毛布をかけ、付箋を残して「お詫び」と「自分の存在」を伝えた。


 部屋に戻った後も、ぐるぐると思考が止まらなかった。


「『隣人が、白馬の王子様だった』なんて…そんな都合の良い展開なんてあるわけないじゃない!腐女子拗らせ過ぎ!妄想と現実の区別しなきゃダメよ!?」


 朝になって廊下に出ると彼はすでに部屋にもどったようだった。付箋と毛布ももっていってくれたようで安心した。


 でも、どうして昨夜の彼が、突然に部屋から逃げ出したのかという疑問と、そんな人を夜中に廊下で放置してしまった罪悪感とが入り乱れて、居ても立っても居られずに、さっき部屋を訪ね、勇気を振り絞ってインターフォンを押したのだ。


 ——だが結果は散々だった。


 (やっぱり完全に避けられてた。ていうか顔も見せてくれなかった。風邪だって言ってたけど、あんな露骨に分かりやすい嘘をつくなんて……。そりゃそうだよ、夜中に酔ってベランダから落ちかけてるメンヘラ女なんて、普通は関わりたくないよ)


 呆れながら自分の部屋を見渡す。


 ——やっぱり!?私が『中の人』って気付かれてる?……この中身わたしを見て彼は絶望した?!夢を壊してしまった!あーそれで慌てて帰ったんだ!うわぁぁーーーーー何もかも最悪だ!死にたい


 ……でも生声であのセリフを聞けた。



【やらない後悔より、やった後悔のほうがいい。】


 それは、彼の白馬の王子様設定を決定づけた言葉。

『ブルースカイ』の口癖でもあるこの言葉に励まされ、背中を押され、今の私が存在してる。


 やっぱり妄想じゃなく、隣人の青空さんがブルースカイ……なんだ。


 でも、でも、この出会いは最悪だ……。

 もう話す機会すら無さそうだよね。


 あーもう、バカすぎるーーーーー!なんでこうなるのよ。


 コミュ障、伊藤千秋はベッドの布団に頭から半分だけ体を突っ込んだ格好で、「わぁー!」と時折へんな声を出しながら絶望し続けた。

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