第7話
慰霊塔からの一件から一晩明けて、月をまたいだ八月の初日。
星とユキの二人の間には、表面上特に変化らしい変化はなかった。
「ん、おいし」
「ありがとうございます」
朝食が美味しいと褒め、それに感謝を返す。
二人で過ごすようになってからの、いつもの食卓の光景。
食事が終われば二人並んで食器の洗い物をして、その後はやることもないのか再びテーブルで向き合う。
……先に、話を切り出したのは星の方からであった。
「今日もさ、師匠いねえって。一体どこほっつき歩いてるんだか」
「……はい」
「昨日、さ。あんなことあったから……今日は、その埋め合わせがしたくてさ」
今日は、星がユキをデートに誘う。
今までなら、自分以外の誰かのために二日も時間を費やすなど考えられなかった。
……だが今は、自分のことよりも、ユキのために時間を使いたかった。
「……俺は、ユキと、一緒にいたい」
星ができる、精一杯の、素直で真っすぐな願い。
子供らしく、大人に甘える。
あるいは、男らしく女を誘う。
「……うん」
ユキは、頷いた。
断る理由がない、断る必要がない、断る権利もない。
自分は
……けれども、自分の心が動いていることも自覚している。
「いいのか?家で」
「……ゆっくり、話をしたかったから」
ユキが希望したのは、家デート。
昨日の埋め合わせをするなら、誰にも邪魔をされないここがいい。
かつて空き部屋だった──今はユキが使っている部屋に、二人はいた。
ベッドの上で隣り合わせに座る二人の間に、妙な緊張感が漂う。
同居人、居候、寝食を一つ屋根の下で共にする関係であっても、星は彼女を家族ではない大人の異性として意識せざるを得なかった。
今まで、星はユキの部屋に入ったことはなかった。女性の部屋に入る勇気も度胸もなく、入ってしまえば色んな意味で戻ってこれないと思ったからだ。
部屋の家具や物は、全て彼女が選んで揃えたもの。化粧台や化粧品の数々、可愛らしい家具や小物といったものは、ユキの趣味も多分に含まれている。
「……あ、そうだ。傷、大丈夫?」
「ん?……ああ、もう塞がったよ。刺さっただけだし」
「普通は、重傷なんだけどね」
昨日襲撃されて刺された刀傷は、既に完治。痕すら残っていない。
かつて生物としての格が違う、と宣ったことがあるが力や技といった破壊に直結する意味だけでなく、生命体としての性能が隔絶しているという意味合いがある。
「ユキ。今まで、深くお前のことを知ろうとしなかった。知る気がなかったし、踏み込む勇気もなかったからだ」
初めて会ったときは、銃やロケットランチャーをぶっ放したおっかない暗殺者だった。
……そして昨日、騙されてもいいと伝えた。この力を利用してもいい、師を殺すための武器にしたっていいと告白した。
──その代わりに、お前の心が欲しい。お前のことを、もっと知りたい。
「命令じゃない。お願いだ。教えてくれ、お前のこと」
「……
つらつらと語られたのは、ユキの本名とこれまでの大雑把な経歴。
才色兼備の才媛とばかりの輝かしいこれまでを、母の仇を討つためだけに注いでいた。
「こんな感じかな、私のことは」
つまらないでしょ、と自嘲と皮肉が籠もった苦笑い。
飛鳥雪という女の半生に、嘘偽りはない。下手な嘘は見破られる可能性があったし、嘘をつく意味がなかった。
「……俺は」
「ん」
何も言わなくていい、と人差し指を星の唇に当てる。
「私が言ったからって、あなたが言う必要はないわ」
「だが」
「別に何も知らないって訳じゃないし、ね」
思わず星をドキッとときめかせたウインク。自分の容姿の良さを理解した上で計算しつくされた仕草だ。
「私の胸やお尻に視線がよくいくことも」
「う」
「その後気まずそうに目をそらすことも」
「あの」
「私の下着で一番好みなのは、ピンクのちょっとエッチなものなのも」
「……ごめんなさい」
「いいよ」
ニコニコと笑みと余裕を崩さないユキに、星は勝てないと実感する。
全部、バレてたことに恥ずかしくなり顔を手で隠して謝り、それを許される。
格好悪くて仕方ない。こんな様で、この人が欲しいなんてほざいた口を縫い合わせたい。
「あ、その下着今着てるけど、見る?」
着ているブラウスのボタンの一つを外し、胸元を覗かせる。
大きい胸の谷間と、ブラジャーの一部分か露になる。手で顔を隠しながらも指の隙間からの視線を感じとる。……そういうところが、本当に可愛い。
……この子は、普通の中学生男子だ。
どんなに力が強かろうが、より力を求めていようが。殺すと決めた相手に如何に容赦がなかろうが。
特定の人物以外の人付き合いを苦手とし、自分の作る料理が好きで、それでいて年頃らしくちょっとえっちな……普通の男の子だ。
「……えっち」
耳元で、囁く。
羞恥が限界、脳が沸騰寸前。
ユキが最初にここへと来た日と同じように、自分の寝室に逃げ込もうと立ち上がろうとした瞬間に──。
「すき」
続けてそう囁かれ、彫像のように固まる。
その隙にユキが星を抱きしめて、そのまま一緒にベッドへと倒れこんだ。
「好き」
再びの、好意の発露。
思考が定まらないながらも、自分が誰に何を言われたのかを理解できた。
「ちょっと素直になれないところが好き。ストイックなところが好き。私の作ったご飯を美味しく食べてくれるところが好き。一緒に洗い物をしてくれるところが好き。ペットの私に乱暴なことをしないところが好き。ちょっとエッチなところが好き。私のことを守ってくれるところが好き──」
好き、好き、好き。星の美点、良い所、ユキの好きな所を次々と挙げていく。
情報の暴力と言っても差し支えないそれは、星の思考を奪うには十分なものだった。
「私と一緒にいてくれる、あなたが好き」
嘘ではない、本気の好意。
ユキの頬も朱が差していて、密着して伝わる心臓の鼓動の速度が緊張状態であるとわかるくらいに早い。
……自分が年下趣味だったなんてとユキは星と暮らす内に気づいて驚いた。それも中学生に、子供同然の子に本気になるなんてあり得ないと思っていた。
理屈じゃなかった。この子がいい。この人がいい。この人じゃないと嫌だ。
子供らしいところに母性が刺激され、時折見せる男らしいところに女の部分をくすぐられる。
復讐を、仇討ちを諦めるつもりはない。
けれども、その先の人生を、復讐の先の何もなかったはずのこれからを、彼に捧げたいと誓いたい。
「好きを自覚してから、私も期待してたんだよ」
私は
しかしハードルが下がっているはずなのにも関わらず予想に反して星は一切直接手を出してこなかった。子供らしく恥ずかしがっていていじらしい、子供なりに理性で律していて格好いいと、そこもまた好きだと思ってしまったが。
年頃の子らしく、興味があるのは間違いなかった。自分の胸に視線がいくこと、洗濯物の自分の下着に目がいっていることが、証拠だった。
……着替えている最中に部屋に入ってきて自分の下着姿を、生まれたままの姿を見て欲しい。風呂に入っている中で乱入して欲しい。自分の下着を手に取って、好きにして欲しい。胸を、尻を、触ったり揉んで欲しい。……自分を、好きに使って欲しい。
そんな願望ばかりが頭の中で渦巻いていた。日に日に情欲ばかりが、増していっていた。
星が悶々としている裏で、ユキもまた焦らされていた。
「ごめんね。私の方が我慢できなかった」
ブラウスの残りのボタンを、全て外す。夏物のロングスカートのホックを外し、チャックを降ろす。
露になる大きな胸と、それを支えるブラ。美麗な曲線美とそれを覆うショーツ。
星にマウントポジションを取って、絶対に逃がさないという意思を見せる。
「ゆ、き……んんっ!?」
唇を塞ぐように、口づけを、落とす。
舌を絡める、大人のキス。奪い合い、与え合う、そんな矛盾な成り立つ行為。
何秒、何分か、呼吸も忘れてしつづけて唇が離れた途端に酸素を求めてお互い息絶え絶えになる。
星は、ユキを大事にしたかった。
こういったことは、彼女を傷つけることだからやりたくなかった。プライドや意地もあったが、自分がユキを傷つけるということに嫌悪を抱いたからだ。
だけれども、ユキがそれを望んでいる。となれば、星も覚悟しなくてはならない。
……大切な人を、傷つける覚悟。それは、守る覚悟よりも難しい。
「──お願い。乱暴にして」
そのわがままを、彼女の腰に腕を回して抱き寄せて応える。
────戻れぬ一線を、今日、踏み越えた。
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