第6話

 星とユキが慰霊塔の展望台にいる、同時刻。

 師、唐原龍司は立入が禁止された東京跡地の内部に訪れていた。

 ……かつて電車が通っていた地下鉄の線路内。灯りもなにもない暗闇の中をただ一人、目的の場所まで歩いていく。


「で、俺を呼びつけてどういう了見だボケ共」


 目的地の駅のホームに着くと、いつもの軽薄な態度は失せてピリついた雰囲気を纏う龍司。

 弟子、星の前では見せない、不快さを隠さない表情。ここには来たくはない、そんなことするくらいならいつものように弟子の鍛錬に付き合う方が余程有意義だと、不貞腐れるくらいに苛立っていた。


『相変わらず、無礼極まりないガキが』


 ホームの階段の上の階から、しわがれた声。

 ヒタヒタ、ペタペタと、コンクリの上を素足で歩く音。

 それがいくつも、ぞろぞろと。非常灯もない暗闇の中、その小さな擦過音だけが鳴るのは恐怖心を駆り立てられるものがあった。


 しかし龍司は暗闇の中でもはっきりと見えていた。

 自分を中心に、襤褸を纏った老人共が囲んでいる。数は二十人以上。

 この老人たちが一体何者で、どういう人物たちなのかを、龍司は知っている。


が勢揃いか」


 別に逃げやしねえよ、と言わんばかりにホームにあるベンチに足を組んで座る。

 逃げるくらいなら、この場にいる老人共全員殺してから。

 まずは、自分をここへと呼んだ用件を聞きだすことを優先した。


『弟子をとったな。我々の許可なく』

「要るか?許可」

『当然だ!』

『貴様の行動の全て、本来は我々の管理下に置かれなければならないというのに!』

『今こうして自由を得ていることがそもそもの間違いなのだ!』


 これだよ、と辟易しながら上から物を言ってくる老人たちの物言いを、耳を塞いで聞こえないフリをした。

 四方八方からかけられる非難轟轟。それを全て聞き流し、すっとぼけ、無視を続けていると……。


『貴様の技の、力の全ては、我々が授けたことを忘れたか!』


 ……それだけは、耳に届く。事実、そうであるが故に溜息が出てしまう。

 今の龍司が使える技、力の基幹部分。それは確かに彼らから教えられたものではある。

 しかし龍司流に改善、改良をし続けた結果、まったくの別物に変貌していることもまた事実。

 それが超人技と呼ばれる所以であり、人知を超えた力を発揮することを可能にしている。


「そうですね。たった一日だけですけどそうですね」


 所詮は一日程度で手に入れられる程度の浅い技術。まあ、自分が天才なのだから仕方ないと思っている。

 源流は彼らから教わった物だとしても、既に別物同然になってしまっている技を弟子である星に教えることに、何の不都合があるのか。


 ──そもそもの話、というのに、どうして上から目線でいられるのだろうか。


「結局、何が言いてえんだボケ共」


 これ以上、このままでいたらイラつきすぎて皆殺しで終了だ。

 それではここに来た意味がなくなってしまう。切れかけている堪忍袋の緒をどうにか抑えて、要求を聞く。


『……その弟子、才能がない』

「知ってますが?」

『ならわかるだろう』




『殺せ』

『時間の無駄だ』

『貴様の力は別の場所で使われなければならぬ』




 ──今、切れた。


「……その弟子以下の力しかねえボケ老人共が」


 切れ過ぎて、頭が痛い。殺す気にもなれない。やる気が起きない。

 ……今この場に星がいたら、問題なく老人共を全員皆殺しにすることができる。自分の弟子は、それくらいのことができるくらいには力をつけている。

 麒麟も老いては駑馬にも劣るとは言うが、そもそも麒麟じゃない。駄馬というのも烏滸がましい。




『もっとも、そんな酷なことをさせるほど、我々は鬼ではない』

『我々が育て上げた弟子を向かわせた。今頃、屍を晒しているだろう』

『才は貴様程ある。今後、そやつに技を教えるがいい』




「……へぇ」


 自分並の才能がある老人たちの弟子が、刺客として星を殺しにいった。

 才能を見る眼だけは、本物なのは知っている。才覚だけならば、本当に自分と同等の物を持っているのは事実なのだろう。

 そんな人間は決して多くはない。何億人に一人、いるかいないか。少なくとも、龍司は見たことがない。


『女に現を抜かすなど、凡人よ』

『先に女を殺し、その後を追わせる。それで身の程を知るだろうさ』


「…………あー」


 マジか、と唖然とした。

 バカ老人だの、ボケ老人だの、散々虚仮にしてきたがもうダメだ。

 関わり合いになることの方が、もう時間の無駄でしかない。


「もったいねー……」

『何?』






「死んだぞ、そいつ」






 突き刺さって貫通した刀は、問題ない。主要臓器は逸れている。

 身体操作で出血を抑えて、失血死はない。

 むしろのぼせ切った体が、幾分血が抜けてスッキリしている。


「……お前、ユキを狙ったな?」

「ああ」

「何故だ」

「そういう言いつけだ。女にうつつを抜かす凡人は、女を殺してその後を追わせろと」

「ああ、そう」


 フードで顔は見えない。興味がない。見る必要がない。

 これから死ぬ人間の、顔を覚える理由がない。


「この刀、もらうぞ」


 自分を刺している刀を持つ相手の手を、力で引き離した。

 万力の如き握力。刀を手放さなければ腕が折れると判断した刺客は、手放して距離を置いた。


「……刀だろうが、大抵の刃物は通らねえはずなんだが……」


 どんな刃物であろうとも、皮膚も裂けない。そういう鍛え方をしてきた。

 ならばただの日本刀が自分の体を貫通している事実はどういうわけか。


「……師匠筋の刺客か何か?」

「その通り。貴様の席、明け渡してもらおうか、凡人」

「ああ、使のね」


 少なくとも、銃よりは刀剣の方が自分や師匠のような超人を殺しやすい。その理由は、人の技術が介しているから。

 武器の硬さで勝る対象を切ったり刺したりするこの手の技術は、星も知っているし使おうと思えば使える。


「……まあ、いいや。底が知れたよ」


 今、距離をとって両手にナイフを構えている刺客を見た時点で、どれくらいの力を持っているのかを把握できてしまった。

 才能はある。自分よりも、遥かに。己が凡人であることも認めている。

 席を譲れ、というのは師匠の弟子の座を殺して成り代わるのが目的か。自分を殺す必要がある程のことかと、下らなく思う。


「さて、と」


 突き刺さった刀を抜く。出血を防ぐために、貫通したものを抜くのは良くないのだが、身体操作で傷は塞がる星には問題はない。

 刀を手にして、付着した血を振って落とす。


「殺すか」


 星は、殺人に忌避感がある。

 殺しにかかったユキを殺さない選択を取る程度には、しなくていいのならしたくない。

 求めたのはワガママを通す力だ。殺してしまってはワガママを聞かせられない。


 ……だが、自分のもの、自分の欲しいものを奪う。この時点で、星の虎の尾を踏んでしまっている。

 ましては、ユキへ一世一代の告白をした直後のタイミングで、返事を聞く前に邪魔をされた。

 許す余地も酌量の余地も、無い。


「フンッ」


 対する刺客は、星の戦力分析を終えた。

 所詮は、才能のない凡人の上限。選ばれた才能の領域に達していない。

 即ち、いつでも容易に殺せる相手でしかない。

 ならば狙いは変わらず──星の背後で動けないで座り込んでいる、ユキ。


 消えたと錯覚するほどの、高速移動。

 星も使う移動技──神速通カソクを、音も空気抵抗も消した上で使っている。そうすれば音速を超えた速度も思いのまま。

 星の最大速度域は亜音速止まり。高速戦闘となれば、絶対に追いつけない差が生じている。


 呆然と立つ星を通り抜け、その後ろのユキの命を絶つべく両手のナイフを振り下ろそうとした瞬間に──。



 ────両腕がないことを、はじめて認識した。


「え」

「足」


 続いて、足の感覚が消失。振るわれた剣筋を認識することかなわず。

 斬られた、と感じられる前に星の回し蹴りによって胴体と大腿部が分離、展望室の強化ガラスへと衝突。

 そして床へと落ちる前に星に盗られた刀によってガラスごと串刺しされる。


 ──結果、四肢をもがれた人体標本の完成となる。


「な゛……あ゛……!?」


 訳もわからず、敗北同然の状況に陥っていたことに驚愕する。

 負ける要素は皆無なはずだった。女を殺し、後継者を殺し、自分が弟子に成り代わる。それで終わりのはずだった。


「な、ぜ……!?」


 敗因はなんだと自問すれば、目の前には星が立つ。





「うるせえ、死ね」





 突き刺さった刀の柄尻を思いっきり蹴り飛ばし、割れるガラスごと崩壊した東京へと刺客は落ちていった。

 手足もない人間の、500メートル以上の高さからの自由落下。自分だったら十中八九死ぬと星は判断した。

 ……それでも生きてたら、また今度殺す。


「帰ろ、ユキ」


 動けないユキを抱きかかえて、星は割れたガラスから外へ出て、空を走る。

 交通機関で帰るより、こっちの方が速い。

 それ以上に、今はユキと一緒にいたい。


「…………俺も、立派な人殺しか」


 動揺は、ほぼないと言っていい。

 害虫を殺した程度の罪悪感しか感じないのは、自分が人でなしだからなのか、相手が殺すべき相手だったからなのか、判断がつかない。

 後々になって、後悔するかもしれない。命を奪った罪悪感がのしかかるかもしれない。


 それでも、今はこれでよかったんだと思うことにする。






「おおー、生きてる」

「あ……う……」

「虫の息だが、あのボケ老人共なら生かすだろ」


 別に自分が助ける義理もなし。そのまま立ち去ろうとするが、言い忘れたことがあったのか立ち止まる。


「弟子にしてほしかったら、老人共全員ぶっ殺してから俺んとこ来い。稽古つけてやるよ」


 じゃあな、と東京跡地を去る。

 門戸は開いたまま、誰でも歓迎。

 …………力が欲しければ、くれてやる。

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