第5話

「……え?今日は来ない。先約がある?ああ、そう」


 師、唐原龍司からの連絡に弟子、周星は了解と受け取り電話を切る。

 本日、師は来ない。よって鍛錬はお休み。

 七月末日、朝、天気晴れ。今日も鍛錬と意気込んでいたところを、スカされた気分だった。

 予定があるなら昨日の内に言っておけと思うが、あのちゃらんぽらんの師匠じゃ無理なのは言うまでもなかった。


「さて、どうするか」


 真っ先に思い浮かんだのは自主鍛錬。だが、師匠から自主鍛錬は許可が降りていない。

 ──曰く、お前は俺のように天才じゃねえから絶対に加減を誤る。100%ヒャクパー壊さんでいいものをぶっ壊す。とのことだ。

 故に、鍛錬の時は師の付き添いが原則であった。規模の小さい、軽い準備運動や筋肉トレーニングは別として、人の域を超えた技を習得、練習の際は必ず師の監視下で行われた。

 できることは、単純なランニングや筋トレくらいしかない。それでも暇を潰すには十分ではある。


 次に浮かんだのは、知らない土地に日帰り一人旅。

 唯一自由に扱うことを許された超人技──神足通カソク。所謂、空を高速で走る技を使って、自由自在に知らない場所へと訪れる暇つぶしだ。

 ……ただし、それは国内だけに限られており、海を渡ることを師は禁じている。曰く、世界舐めんな。迂闊に海越えたら半年帰ってこれねえなんざザラだぞ。とのこと。

 しかし日本も広いため、知らない場所は多い。現状はそれで満足している。


 前者か、後者か。制限された純粋な鍛錬か、鍛錬を兼ねた休暇か。

 天秤をどちらに傾けようかと思案していた星に、ユキが声をかけた。


「あの、ご主人様」

「ん?」

「今日、お暇になったんですか?」

「ああ」






「──デート、しませんか?」






 軽い支度の後、星とユキは共に外へ出て、駅から新幹線へと乗車した。

 ……行先は元首都、東京。

 現在地名、東京跡地。別名、トウキョウ・グラウンド・ゼロ。

 十五年前の大虐殺により、首都機能は崩壊。以後、京都に遷都し、現在に至る。

 かつて東京があった場所の大部分は立入禁止区域となり、神奈川県との県境にある高さ700メートルの慰霊塔の展望室のみが、崩壊した東京を望める場所になっていた。


「……いいのかよ、俺がついていって」

「あなたにも、知って欲しかったから」

「……そうか」


 自分が生まれる前に起きた大事件、東京大虐殺。その事件の犯人は一般に知られていない。事件そのものについても謎が多く、最後は米軍の爆撃で幕を下ろしたという、現代日本人にとってある種タブー同然のことであり、つい先日まで自分も他人事のように思っていた。

 だが、犯人を知ってしまった。そして納得してしまった。武器を使おうが何しようが、そんなことが出来る奴はこの世でたった一人しか知らない。


 唐原龍司、当時十五歳。奇しくも、今の星と同じくらいの年の頃だった。

 動機は知らない、聞いていない、興味がない。ただ、やったという証言と、やれる力を持っているという事実。それが全てだった。

 師が持つ方々へと影響力、その正体は国一つを容易に滅ぼせる力を畏れた故となれば、納得がいった。金も、何も、全部は奉納品だった。畏れられる神を鎮めるための、贄でしかなかった。


 思えば、星は自分の師のことをよく知らない。興味がなかったからだ。

 星が欲したのは力のみ。それに焦がれて、龍司を師とし、力を得てきた。

 それで十分であったし、これからもそうなるはずだった。






「……ここが、慰霊塔」


 神奈川県の最東端、東京との県境にある全長700メートルある巨大なタワー、慰霊塔。

 立入ができなくなった東京を近くで展望することができる、唯一の場所。

 高さ500メートル地点の展望室から見える景色は、かつて栄華を誇った世界有数の大都市の残骸と、多くの人間の死の跡だ。


 十五年が経過した今も、ここは遺族や関係者たちが集まっていて、展望室内部の雰囲気は厳かで重く、静かなものになっている。

 星自身、生まれる以前の昔。だが、それだけ時間が経とうとも、癒えない痛みがある。


 滅びた東京を見続ける、星とユキ。 

 目を逸らさず、瞬きもせず、じっと破壊の跡を凝視する。


 ……いつの間にか、二人の手は繋がっていた。


「……なあ、俺にどうしてほしい?」


 ユキに、問う。

 周星に、どうしてほしいのか。


「望むんだったら、俺が師匠を殺す。お前の殺意で、俺が動いてやる」

「……」

「俺は嘘を言えない。本音しか言えない。だから、俺は俺の欲しいものを言う」


 心臓がうるさい。らしくなく、緊張をしている。

 繋いだ手から、震えと脈の速さを悟られたくないがために、強く握りなおす。






「…………俺は、お前の心が欲しい」






 星から、ユキへの告白。

 子供なりの勇気を振り絞った、周星の本気の好意の発露だ。

 ──俺はお前が好きで、お前も俺を好きになって欲しい。






「あ、えっ……」


 言え。


「わた、しは……」


 言え。


「私、も……」


 奴を殺せと、言え。

 そのために、身も心も全て捧げると言え。

 お前の存在意義は、そのためだけにあるのだ。






「────チッ!」

「えっ」


 舌打ちと共に、繋いだ手を振りほどかれて突き飛ばされる。

 ……何が起こったか、ユキはすぐに把握できない。

 尻もちをついた直後に、突き飛ばしただろう星の方を見る。





「しくじった……浮かれ過ぎた」


 そこには、庇うように立った星の背中があり……その背には、日本刀であろう刃が真っ赤な血を滴らせて突き出ていた。

 彼の前には、おそらくその刀で刺したであろう人物がいた。


「……で、お前誰?」

「何故庇う、後継者よ」

「あ゛?」


「その女は蛇だ。弱さという毒を回らせる、卑しき毒蛇だ」






「わかった、お前死刑」

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