第2話
生徒、そしては教師を含めた学校側は、彼を不良生徒と評している。
周星に触れるな、が全生徒と全教師の共通認識になっている。
校則の範囲を逸した服装、髪型をしているわけではない。黒髪短髪、制服のブレザーを着崩してはいない。
授業態度は悪いが、それも授業中に眠るばかり。授業妨害をするわけでもない。テスト結果だけを述べるならば勉強をしない割に上位に食い込んでいる。
それほどまでに彼が腫れ物扱いをされるまでに至った理由、それはいじめの標的にされた際にいじめ加害者全員を残らず半殺しに追い込んだからである。
五人の生徒、および教員が、一生ベッドの上での生活を強要される結果となった。
無論、いじめられていたとはいえ過剰防衛には違いなく、学校の内で処理するには許容量を超えて、少年院送致……否、少年刑務所へと叩き込まれるのが確実とされていた。
が、そこに待ったをかけた男がいた。
「俺の弟子だ。俺が技を教えた。つまり、コイツの拳は俺の拳だ。文句があるなら俺に言えや」
彼を糾弾する場に現れたのは、
俺が仕切る、そう宣言した瞬間から星は全て不問になった。
どういった手段を使ったのかわからない。だが、司法や警察すら手が出せなくなる力を龍司は持っていた。
当然、そんなことになれば被害者家族から理不尽であると不満が噴出する。
……それを、ただの暴力で鎮めた。
以降、周星はアンタッチャブルであるいう認識が中学関係者に周知された。
元より友人のいない星には、腫れ物扱いされようとも何とも思わなかった。
それよりも、力への憧れが増しただけであった。
元々強くなりたいと願ったからこそ、師事していた。
そして、突き詰めた暴力は全てを思い通りにすることができると知り、その結果を見せつけられてより追求するようになった。
星には触れない、近寄らない、関わらない。いないものとして扱い、波風立てない。
日が経つほどに人の域を超えた力をつけていく星の機嫌を損ねてしまったら、今度こそ死人が出る事態になる。
幸い、星自身が中学という環境そのものに興味を失っていたために、義理と義務だけで登校していた。故に、触らなければ安全というのは、彼らにとっては最善の選択であったのは間違いない。
校内の雰囲気は息苦しいものにはなったが、一旦の平和があった。
絶対の不文律。しかし、所詮は狭いコミュニティの中の不文律でしかない。
──大抵の場合、外から投じられた一石によって、こういった不文律は壊されていくのだった。
七月上旬。迫る夏季休暇を、学校全体が待ちわびていた。
夏休みになれば、少なくともあの希代の不良の顔を見なくて済む。
一言の悪口も許されない息詰まる雰囲気、不自由から一日でも早く逃れたい。そういったピリついた空気が蔓延していっている。
「……すぅ」
そんな中で、周星は我関せずと言わんばかりに寝息を立てる。
この世の中心は自分であると。少なくとも、この学校内では自分が中心にいるのだから、周りは黙って振り回されていろという意思が伝わってきてしまう。
変化は、唐突に起きた。
授業中、目が覚めて起き上がった。
今までにない変化に、教室中の星以外の全員が一瞬驚いた。
「チッ」
不機嫌なことを隠さない表情と、舌打ち。
それを見て、聞いて、誰もが思った。誰だ、コイツの機嫌を損ねたバカは。血を見るのが明らかじゃないか。巻き込まれたらたまったものじゃない。
各々が内に呪詛を吐き出していていると──甲高い破裂音が響いた。
何事、と悲鳴と混乱が支配する教室に唯一人、事態を掴めていた星。
鍛錬の末に、危機的状況であれば寝ていようが事前に察知して反射的に動くような体へと造り替えられている。
──故にこれは、下手をしていたら命に届いていた。
「狙撃か」
フレームだけを残して粉砕された窓ガラスと、床や机、そして窓際の生徒に被って散らばる破片。
そして、手のひらの上に残った、未だに熱を帯びている銃弾。
「12.7mm×99……」
対物ライフルに使われる弾丸。ミリタリーに詳しくない星でも知っている物だ。
師、龍司との修行において実物を見せられたこともあるし、回避訓練と称して対物ライフルを向けられたこともある。
……そして、未だ未熟の域を越えない自分を、狙撃で殺せる弾丸である。
「うるせえ」
一言。発しただけで生徒、教師の混乱は強制的に抑えつけられる。
静かになったのを確認し、再び眠りについた。
「狙撃か。ようやく一人前か」
「一人前って」
いつもの、川沿いの中央公園にて修行に暮れる星と龍司。
今日、授業中に狙撃されたと話をすると、やっとかといった顔を龍司はした。
「武術家ってやつは、命狙われてからが一人前だ。ブルース・リーもジャッキーもそうだろ」
「映画じゃん」
往年のカンフー映画を信奉する師匠に辟易する弟子。
映画や漫画、アニメでできることは現実でもできて当たり前、が師匠の思考回路。
実際それで師匠は超常と言える力を使えているし、弟子である自分もこうして教えられて体得して恩恵を受けている。
実現する力を持った夢見る子供が、そのまま体だけ大きくした。それが師匠、唐原龍司だ。
「弾丸見せてみろ」
「ん」
撃たれた弾丸を師へと投げ渡すと、手に持ってじっと見つめた。
「……M82……けど知ってる旋条痕じゃないな。まあ、当たったら殺せるな」
「えぇ……殺される心当たり……無い訳じゃないが」
「関係ねえよ、そんなもん。この道に入った以上、殺されるのが悪い」
「……ああ、面倒くさ」
──溜息と同時に、二人は50メートル以上の高さに跳躍。
直後、二人がいた公園に爆風と爆炎が巻き起こった。
「何あれ」
「RPG-7。当たったら死ぬな」
「居心地いいもんじゃないね、狙われてるってのは」
空を蹴り、そのままロケット弾が発射してきた場所へと直進する。
公園の周りは、高層ビルが立ち並んでいる。狙撃のポイントには事欠かない。
だがRPG-7という兵器の特徴として、バックブラストが大きいというものがある。そのため射手の位置が特定しやすく、スーサイドウェポンという渾名もあるほど。
「よう。三度目はねえぞ」
──暗殺者の特定は、楽だった。
煙が残るビルの屋上に降り立った時、弾頭のないRPG-7をたった今放り捨てたタイミングに居合わせたのだ。
目出し帽を被り、防弾チョッキに身を纏った完全装備の、明らかに筋モノと言わんばかりの人物がいた。
狙っていた対象が空からやってきたという異常事態に、動揺こそしたが最小限に抑えて拳銃を向け、躊躇なく発砲。
頭、心臓部に三発ずつに着弾。
「そんな豆鉄砲効かねえよ」
が、無傷。9mmパラベラム弾をいくら撃たれようとも、星の体に傷をつけることはできない。
対物ライフル以上でなければ殺せない、は伊達ではない。
通じないとわかるや拳銃を捨てて、背負っていたショットガンの銃口を向けてきた。
火を吹いて発射される12ゲージから放たれる無数の鉄球。手慣れたポンプアクションによって連射された弾幕は、普通ならば対象を蜂の巣にする。
「鬱陶しい」
対して星は、蹴りを放つ。
周星の、全力の回し蹴り。それは、ただの蹴りの風圧だけでショットガンの弾幕を逸らし流す。
全ての弾を撃ち尽くして最終手段とばかりに軍用ナイフを抜き放つも、逆に間合いを詰められて、刃を蹴りでへし折られる。
「ぐっ!」
「もういいだろ」
胸倉を掴み上げて、そのまま屋上の端にまで歩く。
腕一本で、暗殺者がぶら下がる格好。足をじたばたとさせてあがくも、星の腕は微動だにしていない。
手を離せばいつでも殺せる。どう料理してやろうかと、考えを巡らせる。
暗殺者なんて、いなくていい人間だ。そんな便利な奴は有効利用した方がいい。
「どんな顔してるんだ?ああ?」
好奇心が湧いたのは、その目出し帽の下の顔。特に暗殺者なんて奇矯な人間に興味がある。
一体どんないかつい顔をしているのか。如何にもな堅気じゃない、傷だらけの悪人顔が本命と思い、期待して目出し帽を乱暴に脱がした。
「ぐううっ……!」
「……は?」
曝された顔を見て、星は一瞬呆けた。
女。それも、苦悶と憎悪に満ちた表情を浮かべながらも美しいと思える、若い女。
長く美しい黒髪と、化粧っ気がないのにも関わず白い珠の肌。
本人も気付かない内に、彼女に見惚れてしまっていた。
「おいおい、星。どこで引っかけたこんな美人」
後ろから声をかけてくる師、龍司。
声をかけられたことで、自分が戦いの中にいたことを忘れていたことを自覚した。
「……から、はら、りゅう、じ……!!」
「あ?」
「母の、かた……っキィィ!?」
──唐突に、胸倉を掴んでいた手を手放した。
「……お前、割と外道だな」
「いや、俺を無視するから」
「ハハッ、じゃあしょうがねなあ。……っていねえし」
自由落下する彼女は、死を覚悟した。
死ぬのは怖くはない。アレらに手を出そうとすれば、死ぬのは確定だとわかりきっていた。
それでも、実行せずにはいられなかった。
死んだまま生き続けるより、死んだ方がマシだったから。
針の穴より小さな可能性に、己の青春の全てを注ぎ込んだ。戦う力を得るために、時間と才能の全てを費やした。
「……仇、討てなかった」
通じないとわかっていても、悔しさが残る。
唐原龍司と、その弟子周星。どちらも人の形をした化物だ。
人の武器で挑むのははたかが知れていても、自分にはこれしかなかった。
「ごめんね、お母さん」
亡き母へ謝罪。
仇討ちができなかったこと。こんな生き方しかできなかったこと。
こんな、親不孝な娘で、ごめんなさい。
「仇?俺まだ人殺しはしてねえぞ」
地面に衝突する寸前に、星に抱きかかえられる。
屋上で手を放してから先回りして地面に降り立ち、彼女を受け止めた。
「そらよ」
「ひゃっ!?」
抱きかかえた彼女をそのまま真上へと放り投げる。
屋上の高さまで到達すると、また先回りされた星に再び胸倉を掴まれて……いつでも落とせるという同じ状況に戻された。
「で?」
「……何も、言うことは、ない!」
「お前じゃねえよ。師匠、コイツ仇っつってたけどなんかやった?」
母の仇と言っていた女の言葉を信じるわけではないが、師に質問する。
この人でなしの化物のことだから、別に一人二人は普通に殺してそうだから驚かない。むしろ仇として狙われるのも納得だ。
弟子である自分は、その巻き添え。あるいは、仇の仇として狙われる前に始末してしまおうという魂胆なのだろうという推測を立てた。
「さあ?思い当たることが多すぎて」
「知ってたよ」
「お前が生まれる前くらいの頃に、昔東京って言われてた所を滅ぼしたってくらいか」
今度は驚きで──再び、彼女を掴む手を離しそうになった。
「おま、はぁ!?」
「まあ、俺がガキの頃の昔話だ。気にすんな」
今となってはどうでもいい、と師は切り捨てるが弟子はそんな軽く受け止めきれない。
今生きる日本人にとって常識となった、現代史における後年まで語られるだろう歴史的事件。
それを自分の師匠が起こした主犯ということに、驚かずにはいられない。
「それで、その女どうする?」
「……っ」
「誰かは知らんが、まあ俺が仇だろうな。生かしたままなら、またお前も狙われるかもしれんぞ」
また狙われる。殺しに来る。そのリスク、危険性と殺しに対する忌避感を天秤に載せて、どちらに傾くかを自身に問う。
「……生かすさ。それに、殺される方が悪いんだろう?」
出した答えは、殺さない。自分は殺すために力を欲したわけじゃない。自分の意思を通すために力が欲しいのだ。
その上で、この道を選んで生きる以上殺される方が悪い。他ならぬ、師が言っていた言葉だ。
そう言い返されて、師に苦笑が浮かぶ。
「よし、星。お前、そいつ飼え」
「わかっちゃいたが、お前バカだな!?」
名案とばかりに軽いノリで下る師の命令に、罵倒で返した。
全てを変える一石は、こうして投じられたのだった。
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