4-3 これからの作戦
ジェラール公爵は私が取引に応じなければ、デュシャン家を潰すと脅してきたが、セレスの叔父であるデュシャン伯爵は、一見、お人好しそうだが用心深く、利に聡い。兄から継いだ家門と財産を守ってきたのだ。北部貴族や富豪との繋がりも強く、そう簡単に嵌められる人ではない。
だが、それは、あくまでも北部での話し。
皇都エンドルフには、味方はほぼいなかった。
それで、彼に抵抗するには、どうしたらよいか考えて、思い付いたことは二つ。
一つ目は『とある聖女の物語』で読んだ、未来に起こることを早めて、エンドルフでデュシャン家の味方をつくることだった。
セレスの死後、エンドルフでは、高位貴族の派閥と肩を並べるほど力を持つ派閥が出来る。
新興貴族と富裕層の家門が主となった派閥だ。
彼らが住む地区の名前から、サングリエ派と呼ばれた。
エロイーズの結婚を機にデュシャン家も加わり、セレスの叔父はサングリエ派の重鎮となる。
サングリエ派が出来たきっかけは、南部のラポルト家と、エンドルフの高位貴族であるコストレ家の結婚だった。
ラポルト家は、デュシャン家と似たような地方貴族の家門だ。地位は高くはないが、お金はあった。
コストレ家は持参金目当てでの結婚だったのだが、コストレ子爵夫人となったマノン・ラポルトはかなりの野心家で、結婚で得た地位を最大限利用した。
高位貴族に白い目で見られながらも、富裕層や、新興貴族を招いた舞踏会や園遊会は、誰もが息を飲むほど贅を尽くしたものだったという。
そして彼女はサロンを開き、集まった新興貴族や富裕層達が、自然と手を結びサングリエ派が出来た。
そのコストレ家とラポルト家の結婚式は来月。セレスにも披露宴の招待状が届いている。
叔父であるデュシャン伯爵をエンドルフに呼び、早めにコストレ家との仲を取り持てば、利に聡いデュシャン伯爵は、エンドルフの変化を察して、新興貴族や富裕層の繋がりを重視するだろう。
そこまで考えて、私はミレーヌ・ストローブにジゼルが言っていたことを思い出した。
ジゼルはミレーヌ・ストローブにこう言った。
「確かに、ブリュネ子爵夫妻はあなたを丁寧に扱って、丁重に挨拶はしたわ。でも、誰か貴族を紹介された?されてないでしょう、一人もね。
貴族同士でも、娘の社交界デビューの世話を頼み合うことはよくあるのよ。その場合は必ず、殿方を何人も紹介するわ。でも、あなたはされなかった。貴族はそうやって、相手に敬意を持っているように見せかけるのが得意なの。どれだけ、下に見ている人でもね、丁重に扱っているように見せかけるのが得意なのよずっと、そうやって人を支配してきた階級だもの」
貴族の中には、こういう人たちがいる。
ジゼルの言うとおり、彼らは、人を蔑ろにして貶めているのに、丁重に扱っているように見せかけるのが上手い。
ブリュネ子爵夫妻はこう思っていたのだろう。
高位貴族が招かれる舞踏会に呼んでやって、丁重にもてなしたのだから、庶民であるストローブ男爵が舞踏会のお金を負担するのは当然のことだと。
もちろん、これからもストローブ家を自分たちの仲間にする気なんてない。新興貴族を貴族とは認めていないし、同じ人間とは思っていないからだ。
呆れるほど図々しく、傲慢な考えだが、自分より身分の低い人を、同じ人間として扱わない貴族は多いのだ。
彼らは、自分たちは選ばれた人間であり、下位の者から尽くしてもらうのは当然の身分で、搾取するのも当然の権利があると思い込んでいる。
このままだと、ストローブ家は、ブリュネ家に良いように使われて、富だけ奪われ続けるだろう。
……なぜ、そう思ったのかというと、セレスの実家であるデュシャン家が同じような目にあったことがあるからだ。
ストローブ家が、ブリュネ家にお金を貸しながら蔑ろにされている状況が、デュシャン家とローヌ家の間に起きた諍いのきっかけと似ていた。
セレスが生まれる前のことだが、デュシャン家にとって苦い経験だったらしく、セレスがアデライードと仲良くなった時、セレスの母は最初はあまり良い顔をしなかった。アデライードの家門は上位貴族だったから。
グレゴワール侯爵夫妻は、そんな人達ではなかったのだけれど。
ローヌ家は、かつては皇宮で役職を得られるほどの貴族だった。
権力争いに負けて凋落し、エンドルフにいられなくなるほどお金がなくても、高位貴族であることは変わらない。
当主であるローヌ侯爵は、自分の持っている縁故をちらつかせ、家門の名を高めたかった父と叔父は多額の融資をしたのだが、ローヌ侯爵は、誰も高位貴族をデュシャン家に紹介しなかった。
それに加え、銅貨一枚も返済しなかったばかりか、何世紀も前にデュシャン家の主家だったと難癖をつけて、金鉱を奪おうとしてきたのだ。
セレスの父と叔父は法廷で闘い、ローヌ家の要求は認められなかったし、借金も回収出来た。
デュシャン家は正攻法で闘った訳ではなく、ローヌ家に無いもの、つまりお金を使って味方を増やしたので、誉められたことではないが、デュシャン家は高位貴族に勝ったのだ。
『とある聖女の物語』ではストローブ家のことは書かれていなかった。
商人から貴族の称号を得たほどの家門なのに、目立った動きがなかったのは、もしかしたら、ブリュネ子爵ばかりか、他の貴族にも良いように使われ、財産を失ったのかもしれない。
ストローブ男爵に、現状の危機を警告し、デュシャン伯爵を紹介するのは、悪くない選択かもしれない。
デュシャン伯爵ならストローブ家に高位貴族と戦う術を助言が出来るだろうから。
それで、私はストローブ家に先触れを出すようミアに頼んだのだ。
そして、二つ目。
富裕層とは別の、協力者を作ること。
まず、エンドルフにデュシャン伯爵を呼び寄せるのには手紙を出す必要がある。使用人を介さなくていけないが、屋敷の使用人の中にはジェラール公爵の間諜がいる。彼に私の動向を知られるのは避けたかった。
それには、ジェラール公爵に悟られず手紙を出すのを手助けしてくれる人を探し、頼るしかない。
舞踏会で、私がそれなりに仲を深める事が出来たのは、エベール侯爵夫人とクラン伯爵夫人。
クラン伯爵夫人は、ジェラール公爵と懇意にしているようだが、エベール侯爵夫人は、ジェラール公爵を快く思っていないことはわかった。
彼女のルーツはセレスと同じ北部だ。父親は北部総督でもあるロラン公爵。
それにエベール家は、ファルネティ家と同じ、第四皇子派である。息子のエベール侯爵は第四皇子の側近だ。
きっと彼女は協力してくれるだろう。
それで、私はエベール侯爵夫人を頼ろうとしたのだが、エベール侯爵から贈られた花束を見て、いっそのこと、息子のエベール侯爵に頼むのはどうだろうかと考えた。
『とある聖女の物語』で、エベール侯爵は第四皇子の弑逆を企て、アデライードを殺そうとする。
でも、それは未来の話しで、現在の彼が何を考えているのかはわからない。
それなら、彼を探るためにも近付くのは、悪くはない選択ではないだろうか。
それで、私はエベール侯爵に会いに行くことを決めた。
彼が協力してくれるかはわからないし、腹の内を簡単に見せてくれる人ではないだろう。
彼が引き受けてくれないなら、母親のエベール侯爵夫人を頼ればいい。
そう、軽く考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます