断章

呪い

 まさか、君がわざわざ訪ねてくるとは思わなかった。よく私の居所がわかったね。彼に聞いたのか?

ああ、彼もよく持ちこたえた方だ。彼の様子はどうだった?


 そうか……。

 昔は、皇都中の若い娘は、皆、彼に夢中だった。時の流れは残酷だな。


 ジゼルは元気か?

……そうか。残念だ。彼女は幸せだったか?ああ、それを聞いて安心したよ。

 まあ、君の様子じゃ、もうすぐ彼女にも会えるさ。

もし、影の国があればの話しだが。


 ふふふ、そうだ、私もだ。もうすぐこの耄碌した体ともお別れだよ。

あったとしても、私はそこに行けるのか疑問ではあるがね。また追い返されそうだ。


 しかし、君がこんな危険を犯してまで、萎えた足を引きずって私に会いにくるだなんて、ただ死に目に会いに来た訳じゃないだろう?何か聞きたいことがあって来たはずだ。


 ジゼルとのことを、今更、詫びるのか?彼女が気の毒だったから、私は彼女を側室に迎えたんだ。愛していた訳ではない。


 ルゴフ子爵の性癖にはうんざりしていたしね。それに、ただ、善意だけで、彼女を救った訳ではない。欲もあったのだよ。だから、君にくれてやるぐらい大した問題じゃないんだ。ところで、ルゴフ子爵はどうなった?


 はははっ、いい気味だ。


 意外か?私が善良だったと?人の不幸を笑うような人間ではなかったと?

 私はこの生で、善い行いをしようと心掛けたんだ。

だが、それは、正しい行いをしたいと願ったからではない。報われたいという下心があったんだ。

 だが、この年で気付いたよ。この世の摂理を司る者は、人間の善行などどうでも良いのだ。人間は彼らの駒に過ぎない。



 ジゼルのことではなく、では何なのだ。


 医者から告白を受けた?

まさか、余命の宣告を受けて、わざわざ、ここに来たら訳じゃないだろう?


 ははっ、罪の告白、それも前の主治医の告白か。


 当ててやろうか。


 君の最初の妻についてだろう?


 そんな顔をするな。色男が台無しだぞ。


 どうせ、君の妻を、あの妾と共謀して殺したとか書いてあったのだろう。


 なぜ、知っているのか?って……そうだな、君にこの話をしても信じないだろう。


 シューベリの呪いだ。


 そう怒るな。本当のことだ。いや、アポロニアの呪いかもしれない。


 そう怯えないでくれ。ここで、いくら邪神の名を呼んでも皇都には聞こえるはずはないさ。


 神殿の連中は失敗したのだ。あの疫病を傍観するべきではなかった。そのせいで今や最高神はシューベリだけだ。だが、神なぞ、糞食らえだ。


 畏れ多い?君がそんな信心深いとは思ってはいなかった。

死を目前にして変わったのか?やめておけ。そんな信仰心なぞ、あいつらの前じゃどうでも良いことだ。

俺は神の存在は信じるが、彼らを信じない。


 ……話しを戻そうか。

私は知っていた。君の最初の妻が殺されることをね。


 何で知ったのかって、さっき言っただろう。シューベリの呪いだ。一族にかけられた呪いなのだよ。そう怒らないでくれ。

もう私も長くはない。君の質問に全て答えよう。


 私はこの生で、善い行いをすることに励んでいた。

だから、当然、彼女も救おうとしたさ、だが彼女が拒んだ。嫁いできた時からそうだっただろう。彼女は心を病んでいた。


 ああ、君があの姉妹のどちらか選ぶ時に、姉の方を娶っていれば、こんな事にはならなかっただろうね。

だが、君はシモン夫人の助言に従い、御しやすい気の弱い方を選んだ。


 何故、知っているのかだって?

これも呪いなのかと?いや、違う。


 私の厄介な生まれについては知っているだろう?殺されるのは嫌だった。だから、情報収集にはかなりの時間と労力を割いた。皇都の高位貴族の家には、間諜を忍ばせていたんだ。

 誰が誰と通じているか把握する必要はあったからね。派閥など関係ない。

 君の屋敷にも間諜はいた。だから、あの頃の君の家の事情はよく知っていたんだ。どの部屋にどんな絵画が飾られていて、夫人の部屋を飾る花が何なのかも知っていた。


 だが、ここまで足を運んだのは、こんな話しをする為じゃないだろう?



そう、君の言う通りだ。私が君の妻を殺した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る