1-7 お小遣いが増えた!
「奥様の仰った通りでした。袖を通してないドレスの殆んどが、奥様のサイズではなかったです」
それなりに成果を得られた昼食のあと、ミアから報告を受けた。
伯爵夫人専用の居間は、寝室と続き部屋になっていて、窓際にティーテーブルが置かれていた。
日当たりの良いこの場所はセレスのお気に入りだった。
三姉妹のメイドには休憩を取らせたのに、自分は昼食を食べずに働いたミアに、そこでお茶とお菓子を一緒にしながら報告して欲しいとすすめたが、彼女は、とんでもないと最初は断った。
私がしつこく「苦労をかけたお詫びなのに」と誘ったので、結果的に「家政婦長には内緒にしてくださいね」と折れて向かいの席に着いた。
「ありがとう。助かったわ」
ミアの為にカップにお茶を注いで、お礼を告げると、ミアは、はにかみ、ティーカップに口をつけた。
「でも大変じゃなかった?」
「最初は、胴回りや、着丈とか全部計ってたんですけど、途中で、胸囲さえ計ればいいって気付いたんです。なので、そこからは早かったです」
うーん……。それはそれで寂しくも感じるが、結果的に彼女たちの負担を減らせたなら、それで良かった。
「それで、ベルティーユ嬢はあっさり返金に応じました。サイズの合わなかったドレスも含めて」
「……先に作ったものは応じないと思ってたわ」
「サイズが違うドレスは、前に注文したものと比べて三割から五割ほど高くなっていました。絹もレースも値が上がった訳でもないのに」
なるほど、計ったサイズと違うドレスを作る変わりに、料金を上乗せする約束を、リュリーとしていたのだろう。商魂たくましいと言うより、ここまでくると卑しい。
似た者同士、さぞ気があったのではないだろうか。
「私、すごく腹が立ってしまって、奥様が仰った以外の事を言ってしまったんです。
奥様は黙ってると思いますが、使用人達はお喋りですから、色々噂をしてしまうかもしれません。せっかく流行ってるお店なのに残念ですねって。
……申し付けられた以外の事をしてしまいました。申し訳ございません」
私はちょっと驚いた。ミアがそこまで自主的に動いてくれるとは思っていなかったのだ。
「いいえ、よくやってくれたわ。ご苦労様」
軽食とお菓子をのせた皿を、ミアにすすめると、彼女は嬉しそうに手に取った。
オレンジケーキと苺とクリームをのせた卵白のお菓子―――これもセレスのお気に入りだったものだ。
北部で季節外れの果物は食べれないし、レモンやオレンジなどの北部では育たない果実は高級品で、貴族でもめったに食べれなかった。
セレスはアデライードや姉のエロイーズに食べさせてあげたいと思いながら、いつもここで一人でお茶をしていた。
「でも、返金された金額が一割も多いのは、何故?」
ミアが整理してくれた注文書を見ながら尋ねると、ミアは「迷惑料だそうです」と答えた。
ベルティーユ嬢は、やはり商売人だった。損得勘定の判断が早い。
リュリーと結託して料金を上乗せしていた罪を問われれば、店の存続ばかりか、自身の身すら危うくなる。
「これだけのお金をすぐに払えるなんて、羽振りが良いのね。仕立屋って儲かるのかしら」
「仕立屋の事はよく存じませんが、あの女は他にも悪どいことをしてるにきまってます」
ミアは、そう決めつけて、頬を膨らませた。
「あと、今度お店にきた時はサービスするって言ってました」
「もう、あのお店にはいかないわ」
ミアが言った悪どいことをベルティーユ嬢がしているかは分からないが、ああいう信用できない人とは関わりたくなかった。
二人で飲むお茶はとても美味しく感じて、昼食を食べたばかりなのに、ミアにつられて、次々とケーキを平らげていった。いくら小ぶりだと言っても食べ過ぎかもしれない。
だが、ミアは嬉しそうに微笑んだ。
「たくさん召し上がってくださって嬉しいです。いつも食が細いので、心配していたんですよ」
「あなたが、これからも一緒にお茶をしてくれるなら、たくさん食べられるかも」
「私ではなくて、もっとふさわしい方がいるはずですよ……。それと、帰ってきて驚きました。まさか、リュリーがお妾になるなんて」
「私がすすめたの。
伯爵夫人の侍女より、お妾の方が、この屋敷に与える影響力は低いはずよ。旦那様が許さない限り口出しできないもの」
「でも、旦那様がお許しになったら?……その、万が一、身ごもったらどうされるつもりなんですか?」
……そこまでは考えていなかった。結局、私が立てた作戦は、夫のファルネティ伯爵の心情に頼っているだけだったから。
「大丈夫。きっと、なるようになると思うわ」
私のいい加減な返答に、ミアは心配そうな顔をしたが見ないふりをした。
ミアのお手柄で、ゼロになったお小遣いが増えた。これで、なんとか貴族としての体面を保てるだろう。
そのあとは、自室で手紙を書いてダラダラ過ごした。
叔父にリュリーの解雇の旨を知らせて、アデライードに近状と北部の朝食と林檎酒が恋しくなった事、『エンドルフに来るときにブスケさんのところの林檎酒を持ってきてくれると嬉しいです』と、おねだりも忘れずに書いた。
自室で夕食を取っている時、外から馬車が走り出す音が聞こえたが、何の感慨もわかなかった。
(今から出掛けて、音楽聞いたら寝ちゃいそう。ご苦労様)
演奏会のあと、たいてい、伯爵の知り合いの屋敷の夜会に行くだろうから、帰ってくるのは真夜中すぎだ。
リュリーがセレスを殺してまで手に入れたかった貴族の生活の一片を味わって彼女はどう思うんだろう。
ベルティーユ嬢は引き際をわきまえていたが、彼女はどうだろうか。
鴨のパイにナイフをいれると、食欲をそそる、うっとりするような香りが広がった。
それは軽い赤葡萄酒とあって、食がすすんだのでミアは喜んだ。
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