第10話 バイト

 先日の期末テストも無事終わり、夏休みの夏コミに向けてバイトを始める事にした。


 遠い所は嫌なので近くのファミレスに応募した。


 すると、面接しただけで楽に合格する事が出来た。






 二日後、俺は緊張しながら『ピーチーズ』に向かった。


 従業員は裏口から入れと言われたので、俺はそこから中に入った。


「おはようございまーす!」


 声をかけると丁度先輩が顔を出した。


「おはようございます。貴方が新しく入った方ですか?」


 丁寧に挨拶してくれた目の前の先輩は俺より少し年上で、方までの茶髪の清楚な雰囲気のお姉さんだ。


 だけど胸がとても大きくて少し艶なまめかしくも見える。


「は、はい!山下大樹です。宜しくお願いします!」


 とても綺麗なお姉さんを前に俺はよりいっそう緊張が増す。


「私は花咲はなさき桃子とうこと言います。気軽に『モモ』と呼んでくださいね」


 話す言葉も凄く丁寧だ。


「は、はい!」


「今日から私が指導係として教えますから、何か分からない事があったら遠慮せずに言って下さい」


「は、はい!」


「大丈夫ですか?さっきから緊張しているようですけど」


「い、いえ、とても大人っぽくて綺麗な人なので…」


「そうですか?ありがとうございます」


 モモさんは俺の言葉に嬉しそうに微笑む。


「大学生なんですか?」


「はい、そうですよ」


「あ、あの、一つ聞きたい事があるんですが…」


「はい、何でしょう?」


「名前は桃子なのになんで『モモ』って呼ばれているんですか?」


「それは……桃子ってなんとなくダサいじゃないですか?」


 確かに、この人のイメージとは違うかも。


「ですから、桃という字を取って『モモ』と呼んで下さいと皆さんにはお願いしてるんです」


「そうなんですね」


 近寄り難い雰囲気だけど、それを聞くと妙に親近感がわく。


「では着替えたらホールに来て頂けますか?そこで仕事の説明をしますから」


 モモさんはそう言って制服を俺に渡し、ホールに戻っていった。




 制服に着替えてホールに行くと、お客さんがちらほらと入っていた。


「これからお客様がたくさん入られるので、今のうちに教えておきますね」


「お願いします」


 モモさんはとても優しくて丁寧に教えてくれた。


 それに引き替え、俺は初めてのバイトに緊張しまくってたくさんミスを犯してしまった。


 その度にモモさんが完璧な対応でカバーしてくれて本当に凄いと思った。




「はぁ…」


 従業員控え室に入ると疲れがどっと来てため息をつく。


「お疲れ様です。どうですか、仕事の方は?」


 すると丁度モモさんも控え室に入ってきた。心配して来てくれたのだろうか。


「全然上手くいきません…」


「そうですか?初めてにしては上手にやれてますよ」


「いいえ、全てモモさんのお陰ですよ」


「そんな事はありません。私なしでも充分やれてますし、それにまだ始めたばかりのですから失敗を恐れずに頑張って下さい」


「分かりました。頑張ります」


 そういえばもうこの人に対してあまり緊張していないような……。


 なんかモモさんといると安心するんだよなぁ。


 あっそうだ、委員長に似てるんだ。


 でも苗字違うしなぁ…。






 それから再び九時まで働き続けた。


 終了時間になったので上がって従業員控え室に戻ると、丁度モモさんが休憩していた。


「あら、山下さん。今上がりですか?お疲れ様です」


「あ、お疲れ様です。モモさんはまだあるんですね」


「はいり今日は閉店の24時までですよ」


「大変ですね。じゃあ俺、お先に失礼します」


「はい。お休みなさい」


 モモさんに一礼して『ピーチーズ』をでる。


 その日は疲れてひかりが作ってくれていたご飯も食べずに直ぐにベッドに入ってしまった。





 翌日。俺が疲れきった顔で登校すると、既に夕夜の朝練が終わっていた。


「おっす、大樹!今日は遅かったな。それに疲れているようだし、大丈夫か?」


「おはよう夕夜……。実は昨日からバイト始めてさ……もう疲れたよ……」


「え!?あの大樹がバイトを!?何か変な物でも食ったか?」


「ばっか、食ってねぇよ……!夏休み遊ぶためには金が必要だろ?そのために我慢して働いてるのさ」


「なるほどな……。じゃあ俺が部活休みの時、どっか遊びに行こうぜ!」


「あぁ。そうだな」


「花火大会とかさ、皆で行きたいよな」


「確かに。今まで俺とお前の二人だけだったもんな」


 男二人で花火大会ほど寂しいもんはないぜ…。


「じゃあ俺の方から佐倉達を誘っとくから」


「あぁ、よろしく頼む」


 花火大会か……。遥や委員長の浴衣姿とか見れんのかな……?


 二人とも似合いそうだな……。


 そのためにもバイト、頑張らなきゃ……!


 花火大会に向けて俺のモチベーションは上がっていた。





 放課後、帰宅しようと校門を出ると、遥が待っていた。


「は、遥!?もしかして俺の事、待っていたのか?」


「……何よ、文句あるの?」


「いや、ないけどさ。俺と帰ったら変な噂が立つんじゃないかって事だよ」


「……そういうのもう気にしない事にしたから」


「でも相変わらず教室では話しかけてこないじゃん」


「あんたが話しかけてこないだけでしょ」


「それより、何か用事でもあんのか?」


「あんた、バイトどうなったのよ?」


「あぁ……バイトな……昨日から始めったよ」


 そういえば遥には言ってなかったっけ。


「ふぅ〜ん……何のバイト?」


「ファミレス」


「へぇ〜。今日、元気なかったけど、そんなに大変だったの?」


 もしかしてこいつ、俺のこと心配して待ってたのか?


「あぁ……ミスばっかして大変だったけど、大学生の先輩が優しくフォローしてくれてさ。モモさんって言うんだけどさ」


「え!?」


 遥はモモさんの名前に驚いた。


「もしかして、知り合いか?」


「そういう訳じゃないんだけど、あたしが好きな同人誌を書いてる『ピンク&ブルー』ってサークルに『モモ』っていう人がいるのよ」


「へぇ〜。でも多分違うんじゃねぇか?だってとても清楚な感じで同人誌なんか書く人じゃないと思うんだけどな……」


「でももしかしたらあたしの知ってるモモさんかもしれないし!だからさりげなく聞いてきてよ」


「え〜……。違ったら超恥ずかしいんだけど」


「何言ってんのよ。あんたの存在自体超恥ずかしいっつうの!」


「はぁ?意味分かんねぇし!」


「あはは……バーカ!」


 遥に馬鹿にされながらも俺はモモさんの事を凄く気にしていた。




 それから2日後。バイト中にモモさんの事について考えていると、


「……あっ」


 ガッシャーン。派手な音をたてて机に落ちたグラスが割れる。


「ちょっ……!何してんのよ〜!?」


 しかもグラスから零れた中身が、お客さんの服にかかってしまっていた。


「どうかしましたか?」


 その音を聞いてモモさんがやって来た。


「この人のせいでスカートがびしょびしょになっちゃったのよ!」


「申し訳ありません。直ぐに片付けて代わりをお持ちいたします。お召し物のクリーニング代もこちらでお出しします。誠に申し訳ございません」


 モモさんは丁寧にそう言って割れたグラスを片付けたり、零した飲み物を拭いたりした。


「……分かったわ。あなたの言う通りにしてちょうだい」


 モモさんのお陰でその場をどうにか乗り切った。





「すみませんでした……」


 控え室に入るなり、俺はモモさんに謝罪をした。


「え……?あぁ、気にしないで下さい。それに謝る相手は私じゃありませんよ」


「そうですけど、またモモさんに迷惑をお掛けしてしまって……」


「迷惑だなんて……。私は貴方の先輩ですし、同じ店員ですから。助け合いですよ」


「そうですけど……」


「いつまでも落ち込んでいたらこの先やっていけませんよ。誰にだって間違えの一つや二つくらいあるんですから」


「ですけど俺、間違えてばっかで……」


「貴方はまだ新人なんですからいっぱいミスしてもいいんですよ。ですけどそこから学ばないといけませんけどね」


「……分かりました。頑張ります!」


「はい。その調子ですよ」


「でもさっきミスしたのは自分が悪いんです。ずっとモモさんの事ばかり考えていて……」


「私……ですか!?」


 モモさんは恥ずかしそうに顔を赤くする。


「あっいえ……そういう意味ではなくてですね……。その……友人がモモさんは作家だと聞きまして……」


 俺は恥ずかしくて『同人』作家などとは聞けなかった。


「あぁ……大丈夫ですよ。皆さん知ってますし」


「それじゃぁ……」


「はい。『ピンチ&ブルー』の『モモ』ですよ」


「え!?モモさんみたいな綺麗な人が同人誌を書いているだなんて……」


 信じられない……。でも美人の委員長も同人誌好きだし……。


「綺麗だなんて……。ありがとうございます。でも私だって好きになってしまったんですよ、BLが」


「そ、そうなんですか……」


「あっそうだ!今度の夏コミ、2日目に私も参加させて頂くので良かったら見に来てくれませんか?」


「俺もその日友人と行く予定ですから、是非見に行かせてもらいます」


「ありがとうございます」


 まさかモモさんが同人作家だったなんて…。でも、これでスッキリしてその後もバイトはミスをほとんどしなかった。




 バイトが終わり自宅に着くと、早速遥にメールを送る。


『モモさんやっぱり同人作家だって』


『そうなの!?いいなぁ〜……モモさんと同じバイト先で』


『今度の夏コミの二日目にモモさんも参加するから是非来いってさ』


『行きたい!じゃあ今度の夏コミ、二日目に決定ね!』


『決定って……委員長の予定とかあるだろ?』


『あっそうだったわね。ちょっと聞いてみる』


 それから5分くらいたって返信が帰ってきた。


『香純、大丈夫だって!あんたも大丈夫よね?』


『あぁ。その日はバイトを入れないように店員に言っといたから』


『分かったわ。じゃああたしが買おうとしているモモさんの本、大手壁サークルのだからいつ売り切れるか分かんないからなるべく早く行った方がいいわね。とりあえず、5時頃、駅前に集合ね』


『5時って朝の?』


『当たり前でしょ』


『は!?何でそんなに早く行くんだ?』


 おかしいだろ。こいつら。


『モモさんの本、何部すられるかもどのくらい売れるかも想像つかないのよ。人気だからね。でもまぁその時間に行けば多分買えると思うけど』


『持ち物はお金(出来れば小銭も)、冷たい飲み物、団扇又は扇子、ゲームなど暇潰しになるもの。あと朝食は必ず食べてくること。靴は歩きやすい物。前日はよく寝ておくように』


 は?何これ!?山にハイキングでもしに行くんか!?


 初めての夏コミに不安と緊張を抱きながら俺達は3人で夏コミに行くことになった。

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俺の幼馴染みが腐女子だった件 七海刹那 @nanami-setsuna

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