第7話 デート
六月八日土曜日、午後十二時五十分。
俺は恥ずかしながらやや緊張した面持で待ち合わせ時間の十分も前に駅前へ向かったのだが、そこには既に遥と委員長が待っていた。
「二人共早いね。待たせちゃった?」
「大丈夫だよ、山下くん。わたし達も今来た所だから」
「遅い!普通は女の子より先に着いてまってるべきでしょう!?」
「へいへい、すいませんね」
ったく初っ鼻からめんどくせぇなぁと思いながら遥の私服を見て絶句した。
彼女はへその出たシャツにヒョウ柄のミニスカート、足元はかかとの高いブーツを履いていた。
「お前、その格好……」
「大人っぽい格好でしょ。全身、原宿で買った奴なの」
大人っぽいというかただの派手なギャルである。
まだ高校生の遥には全然似合っていない。
化粧は学校にいる時よりも濃く、爪にはマニキュアを塗っており、髪もいつもよりウェーブがかかっている。
「っていうか、あんたこそその格好……」
俺は自分の持っている服の中でなるべく大人っぽいをセレクトしてきた。
「ダサ。中学生にしか見えないんですけど」
「うっせぇな!これは中学ん時に親に買って貰った物の中で一番大人っぽいんだぞ!」
「うっわ、あんたまだ親に買って貰ってたんだ。しかも中学の時って……。ありえない!普通、毎シーズン新しいの買うでしょ。この不潔!」
遥は俺の全身を、珍獣を見るかのような目で見ていた。
「うっせ!ほっとけ!……それにしても委員長は可愛いなぁ。とっても似合ってるよ」
俺は自然とにやけてしまう。
なぜなら委員長の格好は、白い清楚なシャツにピンクのスカートをはいていた。
いつもより若干スカートの丈が短い所もギャップがあって実に良い。
それでも遥よりかは全然長いので、ちゃんと清楚な感じが出ててさすが委員長って感じだ。
「あ……ありがと……」
照れつつも満更でもなさそうな委員長。
「あっ、早くしないと電車、来ちゃうよ」
俺は恥ずかしさを誤魔化すためにそう言って、改札を抜け、電車に乗り込んだ。行き先は秋葉原。
何か話しかけたうがいいか悩んでいると、睡魔に襲われた。昨日は中々寝つけなかったからだ。そして俺は遂に二人を無視して眠ってしまったのだ。
三十分経って起きると音楽プレイヤーで曲を聞いていた遥がこちらを睨みつけていた。
「女の子と遊びに来てるのに寝るなんてしんじらんない!」
「まぁまぁ遥ちゃん。移動時間くらい多めに見てあげようよ」
委員長はそう言って遥を宥める。なんだか申し訳ない気分になったので自然と謝罪の言葉が出てきた。
「でも、ごめん。二人共」
「ふんっ!」
遥は静かに怒っていたが、委員長は気にしない様子でニコニコと笑っていた。
すると直ぐに、秋葉原駅に着いた。
「やっぱりこの時間帯は混んでるわね」
「へぇ~そうなのか?俺、初めてだから案内頼むよ」
「は?普通は男がエスコートするべきでしょ?ほんっと情けないわね」
「仕方ないよ。初めてなんだから」
俺を責める遥を委員長が優しく宥める。
ほんっといい子だなぁ、委員長は。
「……まずは『とらのあな』に行くわよ」
遥はちょっと不機嫌な態度でそう言った。
暫く歩き、とらのあなへ入ると、
「うわ、凄いな…」
ものすごい数の客でいっぱいだった。
「休日はこんなもんよね?」
「うん。大体こんな感じかな」
中に入っただけで魂を取られそうな俺に対して二人は涼しい顔でケロっとしている。
「じゃ、三階に行くわよ」
二人に着いて歩き、緊張しながらエレベーターで上がる。
三階、女性向けフロアへたどり着き、エレベーターを降りる。勿論、店内には女性客しかいない。
初めての空間にとても緊張してしまう。平積みされているBL本に目を向けると当然の如く男同士が絡んでいる表紙ばかりだ。
あまりの光景に吐きそうになるも我慢する。複数の客がこちらをチラチラ見ながらヒソヒソと何かを話している。
きっと男の俺がこのフロアにいるのが珍しいのだろう。
非常に気まずいのでなるべく視界に入らないようにする。
遥と委員長はキャッキャしながら二人で何かの本を見ている。
気になって近づくと、『バスケの王子様』という少年漫画の同人誌だった。
確かに女性に人気の作品だが、必殺技という少年向け要素を含んでいるので俺自身も大好きな作品だ。
「遥ちゃんの好きなCPは?」
委員長の声が少し高くなる。
「黒×黄かな?」
「えぇ~!?黄×黒でしょ!」
「普段弱そうな黒川が黄山を責めるのがいいんじゃん」
「なに言ってるの。黒川は受け一択でしょ!遥ちゃんが可笑しいんだよ」
……また始まったよ。この二人、仲良いんだかわるいんだか……。
でもとても楽しそうだ。
結局二人は『バスケの王子様』の本を買い、店を出た。
とらのあなを後にした俺達は、今度はアニメイトへ移動してBLゲーやキャラクターグッズを買いに来た。
ここへ来てわかったんだが、遥は同人誌やBLゲー、オタクグッズ等が好きで、委員長は同人誌以外にオタク趣味はなく、自分で絵を描くのが好きだそうだ。
つまり、遥の方がハードなオタクだったという訳だ。
それはそうと、BLゲーのパッケージはかなりきついのが多い。
今までは少女漫画みたいな絵だったのでまだ平気だったのだが、こうもろに男同士のエロシーンが描かれていると、視覚的ダメージはかなり大きい。
「……俺、ちょっとトイレ行ってくる」
その場から立ち去りたくてトイレへ逃げ込んだ。
はぁ~…、辛い。俺、何でこんな事してるんだろ……。正直に「嫌い、無理」だと言えばいいものの。
憂鬱な気持ちのままトイレから出ると、二人が待ち伏せをしていた。
「さ、次の場所へ行くわよ」
「ぇ……もう行くの……?」
まだ休んでいたいんだけどな…。
「ごめんね、山下くん。ちょっと疲れちゃった?」
しまった!女の子の前で弱音をはいちまった。かっこ悪いな、俺……。
「いや、大丈夫。早くしないと帰り遅くなっちゃうしね」
俺は慌てて取り繕つくろってエレベーターで下に降り、ゲーマーズを出た。
それから俺達はショッピングモールへと向かった。
「もう三時だから買い物に夢中になりすぎるなよ」
「分かってるわよ」
「じゃあ俺は本屋行ってるから二時間後にここに集合な」
「オッケー。じゃ、行こ香純」
「うん。行ってるね、山下くん」
「あぁ、遥を頼む」
俺は二人と別れて本屋に向かった。最近の本屋はカフェみたいなのが付いていて、買った本をそこで読みながらコーヒー等を飲めるというシステムになっている。
俺は本や漫画を五冊ほど買うと、カフェオレを頼んで本を読み始めた。
集中して読んでいると、すっかり二時間が経過していた。俺は慌てて集合場所に向かった。
すると、ちょうど二人もやって来て俺達は帰る事にした。
「委員長、荷物重くない?持つよ」
「あ…ありがとう。じゃあ、この本を持ってくれる?」
「分かった」
委員長から本が入った袋を受けとると、遥がこちらを睨んでいた。
「遥も持ってやろうか?」
「いいっ!」
遥は不機嫌そうにそう言ってそそくさと歩いてしまった。
「ちょっと待ててって!!」
急いで遥に追い付き、彼女から重そうな荷物をむりやり奪い取る。
「俺が悪かったって」
「……ふんっ」
素直に謝ると遥はそっぽを向いて歩き出した。
ふぅ……。遥のやつ直ぐ機嫌わるくなるからなぁ……。これで少しは機嫌直った……よな?
そんな俺達を委員長は微笑ましい顔で見ていた。
「ふふ。山下くんてやっぱり優しいんだね」
「そんな事ないよ」
まぁ、女の子に優しくしようとは心掛けているけど。
それから俺達は真っ直ぐ駅へ向かった。改札口を抜けて電車に乗ると、今度は遥が直ぐに眠ってしまった。
こいつ……行きは俺の事説教してたくせに堂々とねてんじゃねぇよ!
「ふふ、遥ちゃん、よっぽど疲れちゃったみたい」
「デパートの時もテンション高かったの?」
「勿論。また、こうして三人でどこかに遊びにいこうね?」
「うん。絶対に」
二人で話しているとあっという間に最寄り駅に着いた。
遥は眠け眼のまま改札口を通る。
「わたしは一人で大丈夫だから遥ちゃんを送ってあげて」
「本当に大丈夫?真っ直ぐ家に帰ればすぐだから」
「そっか……。何かあったら電話して。直ぐに駆けつけるから」
「ありがとう。じゃあまたね」
委員長はそう言って一人歩いていった。
俺達は帰路を自転車でこぎ始めた。
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