第26話 ポートクレイク再訪
その「連れていかなければならない子」というのはシタルに他ならず、部屋で話してから約一時間後、私はミレージュラとシタルと並んで平原の道を歩いていた。ポートクレイクに行くよー、とのミレージュラの誘いに、シタルはすんなり乗ってきたらしい。思いのほか腰が軽いようである。
とにかくそういう次第で簡単に仕度を済ませ、勝手な外出は禁じられているため、ヘレナはもちろん他の誰にもバレぬようこっそり孤児院を抜け出してきたのであった。
今日は空に竜影は見当たらないが、地上に降りている可能性もあり、空を飛んでいないからとて近くにいないということにはならない。ラメラスがポートクレイクを含めた近辺に竜を配備しているのは到着初日に確認済みであるし、おまけに魔物は角のない私を魔族と認識できず、凶暴化すれば即座に攻撃対象だ。私の戦闘力をもってすれば脅威でこそないものの油断はできぬし、そもそも無用な戦いは避けたい。
「もうっ。戦いに行くんじゃないんだよ、シタル。そんなもん持ってこなくたってさあ」
ミレージュラが、シタルが腰に提げた剣を眺めながら眉を顰めた。
「自分の身は、自分で、守る」
そう言うシタルの口ぶりは頑なだった。
ふと、シタル越しにミレージュラと視線が合った。
彼女の考えていることが、何となく伝わってくる。自分たちがいる以上、そんなに身構えなくたっていいのに――とまあ、そのようなことを思ったのだろう……おそらく。
「あと……誰かが、襲われていたら、助ける」
「あたしたちをワイバーンから助けたみたいにねー?」
横からシタルの顔を覗き込みながら、いたずらっぽくミレージュラが言う。もちろん冗談で、だろうが、その冗談がシタルに通じたかどうかはわからぬ。あの時、シタルは本気で私たちを助けたものと思い込んでいたようだし、そうである以上はミレージュラの言葉も冗談としては捉えられまい――。
そんなふうに私は考えていたが、シタルの反応は私が思っていたのとはちがうものだった。
「私は、わかった」
「わかった? 何をよ?」
「あの時、ミレーが、笑った理由」
シタルは前を向いたまま言う。
「私が倒せた相手を、マオーが倒せないわけが、ない。それから、ミレー、たぶん、あなたも」
「あたしはマオーちゃんみたいに剣振れないけど?」
「道中、ずっと、魔力で持ち物を浮かせていた。これだけでは、計れない。でも、きっと、もの凄い魔力を持ってる……勘」
ミレージュラが、鋭いじゃん、と感心したように眉をそびやかせる。
「しかし、だいぶ使い古された得物であるな。自前の剣か?」
私は話題をシタルの剣に戻した。
「そう」
「自分で買ったのー?」
「ちがう」
「見せてもらえぬか」
私が言うと、シタルは短い間を置いてから、腰の鞘を取り外しだした。それを、私に差し出してくる。
私は受け取り、重さを見た。横向きに持ち、十センチばかり剣を抜き、刃を確認する。
「年季こそ入っているが、素材は悪くない。これは……」
「ミスリル」シタルが言う。
ミスリル。人間たちが使う剣の素材としては、中の上といったところか。彼女がいつからこれを使用していたのかは知らぬが、決して安くない買い物のはずだ。孤児として、明日を生きる金も持たぬ身には不相応の代物に思える。自分で購入したわけではないということだし、これを彼女に与えた人物がいる、ということなのだろうが。
「そうだ、シタルよ」
剣を返しながら、私は口を開いた。人間であるシタルに訊きたいことがあったのだ。
「おまえは『竜の真似をする怪鳥』ということわざを知っているか?」
おそらく私のことを指していると思われる、ラメラスが口にしていた人間たちのことわざだ。いつか誰かに尋ねたいと思いながら、すっかり忘れていた。私がこれからポートクレイクに行くのはラメラスに会うのが一番の目的であるゆえ、連想的に思い出したのである。
「知ってる」
シタルは腰に鞘を結わえながら答える。
「どういう意味だ。教えてくれ」
「劣った者が、優った者の真似をする。でも、優った者には敵わない。という、意味」
「ほう……なるほど、な」
ふつふつと肺腑の底から煮えたぎってくるものを押さえつけることができない。おのれラメラス、竜を父上に、怪鳥を私になぞらえてそんなことわざを持ち出してきたのだな。ふん、どうせ私は父上にはなれぬ。わかっているさ。
怒りは否めなかったが自制した。この感情を抱えたままでは、実際ラメラスに会った際に態度や表情や口ぶりに出てしまいそうだ。ミレージュラに話したように彼と争うのが目的ではないし、無用な衝突は避けたい。
「教えてもらいたい言葉が、他にもある。『いんきゃ』と『こみゅしょう』だ」
ドニファンから面と向かってぶつけられた、例の言葉だ。ミレージュラは知っているようだったが教えてくれなかったゆえ、この際シタルに聞いてしまおう。
思案しているのか、シタルは正面を向いたまま、つかのま黙っていた。
まもなく、右手の人差し指を自分に向けた。
「ほう? おまえのような者のことを指す、というのか」
「……と」
と、今度はその指を私に向けてくる。
「ぬ……私も、というのか……」
だが、それだけでは何のことやらわからぬな。まあいい、気にするのはよそう。あのドニファンが私に対する罵倒に用いた言葉だ、どうせろくな意味ではあるまい。
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