第23話 町の情報
翌日にも私の部屋に来客があった。時刻はやはり昼過ぎで、私は窓越しに皆の楽しげな様子を眺めるのにも飽き、いや飽きる飽きない以前に今や寂しさや孤独感がいや増されるだけでしかなかったため、中断してベッドに仰向けに横になっていた。そして今後の身の振り方について考え、(もう魔王城に帰ろうかな)などと弱気になっていたところであった。
そこへ、ドアがノックされたのである。
「何者だ」
私はベッドに寝転んだまま、わざとテンション低く応答しながらも、やはり誰かしらが部屋を訪ねてきてくれたことに小さな喜びを感じてもいた。
「マオー、起きてる? あ、返事したんだから起きてるに決まってるよね。アハハ。ちょっと手伝ってほしいんだけど!」
ヘレナだ。私は体を起こし、扉を開けに向かう。
「何を手伝うのだ」
私は沸き立つ喜びを押し隠しながら、扉のむこうに立っているヘレナに言った。
「一緒に来て! 男手が必要なんだ」
「男手、だと」
何にせよ頼られるということで、私の心はさらに歓喜に打ち震えていたが、悟られないよう平静を装った。むしろ物臭げな、迷惑そうな顔すらしてみせたほどであった。
ヘレナは私を階下へ連れて行った。乗り気ではないがしぶしぶ、というふりをして一緒に外へ出て、庭を横切ってゆく。
見ると、門のむこうに馬車が停まっている。二頭立ての、幌付きの大型馬車だ。
その馬車の脇に一人の男がたたずんでいた。あまり若くはないが、上背のある筋肉質な男だ。鎖帷子に身を包み、腰に剣を提げているところからして、戦士だろうか。
「お待たせーっ、貴重な男手連れてきたわよ」
ヘレナが、その戦士のような男に言う。
「おう、すまんな。……おや、見ない顔じゃないか。新しく入った孤児かい」
男が私に目を向けて言う。
「ん……孤児、というのとはちょっとちがくて、迷える子羊、っていうか。マオーっていうの。魔王じゃなくてマオーね。マオー、こちら町役場のゴードンさん。一週間に一度、ポートクレイクから食材とか備品とか届けてくれるんだ」
聞けばゴードンの装備は途中で魔物に襲われた時の備えとしてのものだという。ゴードン自身、それなりの剣術の心得はあるそうだ。
「いつもは連れがいるんだが、体調不良で今日は来られなくてなあ」
「荷物けっこう多いから、二人だけだとちょっと大変で。それでマオーに運び込むのを手伝ってもらおうと思ってさ。いいよね?」
それは喜んで、と快諾しそうになるのを堪え、薄く渋面を作って考えるふりをする。
「まあ、そういう事情ならばやむを得ん。いいだろう」
「ははは! なんだいその上からな物言いは。しかしあんた、ずいぶん身綺麗だな。まるでどこぞの高貴なお坊ちゃまみたいじゃないか」
何をぬかす。高貴どころか、今や世界の頂点に君臨する者ぞ。
「じゃ、お願いね、マオー!」
ヘレナの指示や助言を受けながら、荷物を荷台から下ろし、建物へ運び込んでゆく。浮遊魔法を使えば時間もかかるまいが、身バレは何としても避けねばならぬゆえ、あまり下手なことはすまい。まあ、人間の中にも魔法を使える者はいるのだし、それだけで私が魔王だと気付く者などいないだろうが、念のため、だ。
私とゴードンが大きめの荷物を、ヘレナが小さめの荷物を担当した。私が大きな荷物をいくつも重ねて顔色一つ変えずに抱えて歩くので、「あんた、優男のくせにエライ力持ちだなあ!」とゴードンはいたく感心し、ヘレナは驚倒で口をあんぐりと開けたまま、言葉をなくしていた。
「町の様子はどう? 変わりない?」
私の隣に座るヘレナがゴードンにそう尋ねたのは、荷物の搬入を一通り終えたあとのことであった。ヘレナに促され、私たちは食堂にいた。他に誰もいないがらんとした食堂のテーブルで、ナタリーが用意してくれた紅茶とお菓子を囲んで一服していたのだ。
ちなみにナタリーは私のところへ紅茶のティーカップを置きながら、「マオーくん、お菓子、昨日の残りなんだけど……私が焼いたんだ……良かったら、食べてね」と頬を染めながら言っていた。うむ、言われんでも食べるぞ。それより、おまえはまだ突発性の熱病が治らぬのか。
ヘレナに町の様子を訊かれると、むかいのゴードンが、かすかに顔を曇らせた。
「ああ、相変わらずだよ。ひでえもんだ」
ゴードンの返答に、私は軽く違和感を覚えていた。ポートクレイクの町なら孤児院へ来る前に訪れているが、魔族たちが無茶しているのでは、との私の懸念は杞憂に終わったのだ。むろん町では魔族たちの姿が目に付いたし、ラメラスたちの支配下に置かれているのは確かだろうが、それほど無秩序でもなければ混乱した様子もなかったはずだ。
「何がそんなにひどいのだ?」
私は思わず尋ねていた。
「ああ、そっか、マオーはヨソから来たから知らないわよね。ラメラスが来てから、ポートクレイクの税金がもの凄く高くなっちゃったらしいの」
「そういうこった。おかげで貧しいヤツらの生活はますます苦しくなってゆく。かくいう俺も、その口だがね」
ヘレナの言葉をゴードンが引き継いだ。
ラメラス、という名前に、私はぴくりと反応せずにはいられなかった。ポートクレイクの管理を任された、ルギ=アンテ直属の配下、竜使いのラメラス。もちろん屋敷での最悪な対面以来会ってはいないが、ここでその名を耳にするとはよもや思わなかった。
「税金が町民の暮らしを圧迫しているというのか」
「それだけじゃねえぞ。船の使用は制限されてるから、海を渡ってのヨソとの行き来は困難だ。一部の金持ち連中はラメラスに賄賂を渡すことで船の使用権を得ているらしいがな」
ゴードンの説明を聞いて私の頭に浮かんだのは、初日に屋敷で見た二人の人間の男たちだ。私と入れ違いにラメラスの執務室を出て行った、あの二人。その時ラメラスはけっこうな額の札束をかぞえていたものだが、なるほどと腑に落ちる。あれがまさに「賄賂」だったのだ。二人の男たちはその見返りに船の使用権を得ていた、というわけか。
「何も変わらないのね……良くも、悪くも」
そう肩を落として言うヘレナの横顔は翳っていた。
「残念ながら、町の状況はな。だがラメラスの奴、新しい動きを見せたぜ」
「新しい動き?」
「ああ。つい最近のことだが、奴さんの配下の魔族ってのが何人か役場にやって来てな、町民ぜんいんぶんの名簿の提出を要求してきたんだ」
「名簿を? 何のためにかしら……」
ヘレナの声が低くなる。ゴードンが溜め息交じりにかぶりを振った。
「尋ねて教えてくれるもんでもないし、理由はわからん。役場じゃ町の管理のためだろうかってささやかれてたよ。だが、ポートクレイクがラメラス率いる魔族に占拠されてずいぶん経つし、それが理由だとするなら今さらという感じもするな」
「……それで、提出したの?」
「おいおいヘレナ、よしてくれよ。連中の要求に対する拒否権なんか俺たちにあると思うかい。何しろ奴ら、こっちがむこうの意に沿わない態度や行動を取れば、いつでも実力行使に出るつもりでいるようだからな。ラメラスがマイヤー町長にしたこと、忘れてねえだろ」
「そりゃ……忘れるわけないじゃないの。あんなひどい仕打ち」
「何をしたというのだ?」私は訊いた。
「うん……マイヤー町長のお屋敷と財産の所有権と占有権を要求したのよ。それでマイヤー町長、奥様と一緒にお屋敷を出て行かなきゃならなくて……」
「屋敷を……であるか」
私が町長の屋敷を訪れたのは、ポートクレイクに来た初日のことだ。もちろんそこにラメラスがいると聞いたからだが、その時すでに本来の住人であるマイヤー夫妻は追い出されていたということか。どうりで建物内にそれらしい人物を見かけなかったわけだ。
「しかし、ただで屋敷と財産を譲ったというのか? 交換条件もなく」
私が訊くと、ゴードンが呆れたように鼻を鳴らした。
「要求を吞まなければ町を焼き払うとまで脅されて、どこのどなた様が交換条件なんか提示できると思うね。一人ラメラスに限らず、今や魔族からの要求は命令みたいなもんだ。勇者一行が魔王メディウス13世にやられて、魔族が世界の支配者になっちまったからな。はっきり言って今の世、連中に逆らって生きていくことなんてできねぇのさ」
「マイヤーさんご夫妻、息子さんの住まいに移られたみたいなの。だけど手狭だし、いつまでもそうしているわけにもいかないっておっしゃられてて……マリアンヌ院長も、最悪の場合はここに住んでもらいましょうって言ってくださってるけれど」
「む……」
私はうなったきり、言葉を持たなかった。
「子供にするような話じゃないかもしれんが、ラメラスが来てから、孤児院を運営する予算もぐんと減らされちまってな。おかげで食材も以前みたいには用意できん」
ゴードンの言葉で、私は理解した。食事内容について不満を漏らしたドニファンが、「以前はもっとマシだった」などと言ったのは、それゆえだったのだ。ラメラスが運営費の予算を減らしたがため、それ以前に比べて食事のクオリティが下がってしまったということだ。
「ここには食べ盛りの子たちも大勢いるし、おなかいっぱい食べさせてあげたいのはやまやまなんだけど……」
ヘレナが顔を翳らせる。
「海が近いんだから、ほんとうなら新鮮なお魚だって……」
「追い討ちをかけるみたいで悪いがな、ヘレナ。どうやら奴さん、将来的にはさらに予算を削るつもりでいるらしいぞ」
「えーっ! 困るなあ、それは……今でもカツカツなのにい……」
ヘレナは両手を頭に当てて顔をゆがめている。
「名簿の件は懸案事項にはちがいねえし役場としても注視はしているが、探ってどうなるってもんでもなさそうだ。今後、新しい動きがあるのかどうなのかもわからん」
「目的が気になるわね……ラメラスは、町民の名前を知ってどうするつもりなのかしら」
「誰かを探しているんじゃないかってもっぱらの噂だが、憶測にすぎん。魔族連中が特定の人間を探す理由なんてのも見当つかんしな。とはいえ無駄なことはしない連中だ、かならず何か意味はあるだろうがね」
ゴードンは焼き菓子をかじり、お茶を啜った。
「……いずれここにも魔族がやって来るかもしれねえな」
ゴードンのその言葉で、どこか重々しさのあった場の空気がさらに重くなったようであった。
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