第15話 平原を行く
「だから会わなきゃよかったのにさあ」
横を歩くミレージュラが言った。キャリーバッグは魔力で浮かせて運びつつ、先ほど町で購入した「プラム飴」なる食べ物をてろてろと舐めている。
「あるいはそうだったかもしれん」
そう納得して、私もプラム飴をてろっと舐める。
そう、私も同じものを購入していた。私自身が欲したというより、「魔王ちゃんもせっかくだから買いなよ」とミレージュラに勧められ、積極的に拒む理由も見当たらず、乗ることにしたのである。まあ、女体の鑑賞とちがって高い買い物でもないしな。
結論を言えば購入に踏み切ったのは正解であった。じつに旨い食べ物である。細い棒の先に皮を剥いたプラムが刺さっており、表面を透明の飴でコーティングしてある。プラムの甘酸っぱさと飴の甘さとのバランスが良い。
ポートクレイクに到着してから、今日で三日目。私たちは町を出て、平野をうねうねと走る土の道を歩いていた。向かう先は「セントミリアム孤児院」。
起伏のない草の平地のあちこちに、小さな森が点在しているのが見える。
町に到着した初日は一休みし、その翌日、私はミレージュラを連れてあちこち練り歩き、情報収集に専念していた。私が知りたかったのは一つ、「自分と同年代の者たちが集まる場所はどこか」というものだ。理由は言わずもがな、トモダチを作るためである。
正確に言うなら「自分と同年代の者たち」ではなく「同年代に見える者たち」ということだ。いつぞや言ったように魔族の寿命は人間よりははるかに長く、まだ若年層に当たる私やミレージュラでさえ三百年以上は生きている。人間は百年も生きれば長命だと聞くし、文字どおり同年代の、となると当該人物を見つけることなどできるわけがない。
その場所について聞き出すまでに、それほど時間はかからなかった。町を散歩していた人間の老人から教わったのだ。
「おまえさん方と同い年ぐらい、というと、十代なかばぐらいかね。とすると、『セントミリアム孤児院』かのぉ」
杖をついたその老人は、遠い目をしながら教えてくれた。
「セントミリアム孤児院……どこにあるのであるか」
「町を出て、北東へ歩いた先にあるぞ。もともとは兵士養成のための寄宿舎だった建物でな、今では身寄りのない子供たちを預かり、生活を共にしたり、学問を施させておる」
「ふむ、なるほど。それでは明日にでもさっそく行ってみるとしよう」
「行くじゃと? 馬鹿も休み休みにしなさい。子供二人では危険じゃ。勇者が魔王に敗れて以降、このあたりの魔物も動きが活発化しておる。おまけにラメラスが来てからというもの、なぜか竜の数も増えておるようじゃからな」
「そういうことならば案ずるな」
老人は目をぎょろつかせて私を見ていたが、むろん詳細を説明するわけにはいかず、私はミレージュラを連れてそそくさと立ち去ったのである。
さて、情報を得た私たちは翌日、宿を出て、その「セントミリアム孤児院」なる場所へ足を向けているというわけであった。同年代に見える人間たちの集う場所へ赴けば、私のことだ、トモダチなど容易にできるであろう。何しろ私は勇者一行を討伐し、世界を魔族の支配下に置いた王なのであるからな。人間の百人や千人、トモダチにさせるなど造作ないに決まっている。おそらく数日内で事は果たされるだろう。
道中、ポートクレイクに来た初日にラメラスと会った時のことを話していた。話のきっかけとなったのは、町の上空をゆったりと旋回する何匹かの竜影である。「ねえマオーちゃん、竜がいるねえ。ポートクレイク近辺が竜の棲息区域だったとは知らなかったぜよ」「ラメラスが配備したのだろう。奴は竜使いだからな。おそらくあれはごく一部だ、地上にはもっと多くの竜が潜んでいよう」という流れから、「ああそうだ、ラメラスと言えばさあ」とミレージュラがプラム飴を口から離し、その時のことを訊いてきたのだった。
今さらのようでもあったし、事実今さらではあったし、ミレージュラも単なる雑談のネタとして持ち出してきただけのようで、そこまで興味を持っているようには見えなかったが、隠すことでもないため洗いざらい話してやったのである。
それを受けて彼女が「だから会わなきゃよかったのにさあ」と言ったのは、まあ、的を得た感想だと言えよう。私はラメラスに不快な思いをさせられただけだ。行かなきゃよかった。まったくもって馬鹿馬鹿しい限りである。ゆえに彼女の言には私としても大いに同意させられるところであった。
「その時のこともあるが、あまり頻繁に会っていては周囲の人間に警戒されかねないからな。そういう意味でも、私は今後、ラメラスに接触するのは控えようとは思っている」
ラメラスに限らず、町の中で魔族と親しげに接している場面を人間に目撃されるのは得策ではない。何しろ私は人間の中からトモダチを作らねばならないのだから。
「しっかし相変わらずなんだねーあいつ。昔っからそうだったよね。魔王ちゃんを魔王だとも思ってないぜよ」
「父上の派閥の者たちの中にはめずらしくもないがな、あのような態度を取る者は。程度の差はあるが」
「ねえ、あいつポートクレイクの管理者の任から解いちゃったら? 下手に役職与えてるからエラそーな顔するんでしょ」
ミレージュラの発案に、私は苦笑いを浮かべながらかぶりを振った。
「残念ながら、それはできないのである」
「……どーゆーこと? あいつ魔王ちゃんの部下じゃん」
「確かに魔族全体を組織図として見た時、ラメラスが私の配下であるのはまちがいない。だが、奴は私の配下であると同時にルギ=アンテの直属の部下でもある。これは私が奴を参謀の任から解いた際、要望を受けて決めたことだがな」
「ルギ=アンテより魔王ちゃんのほうが偉いんだからさ、命令したって何も問題ないでしょ」
「それが、問題あるのだ。おそらく参謀解任がよほど不服だったのだろう、ラメラスが持ち出してきた交換条件だ。参謀解任の命は甘受する、だがその替わり、今後、自分は直属の上司であるルギ=アンテによる指示や命令を最優先させる、とな」
「え……それって」
「うむ。彼にポートクレイクの管理を任せているのはルギ=アンテだ。ラメラスにしてみれば最優先指令に他ならず、私がそれを覆すことはできない――奴に対して直接的にはな」
「直接じゃなければいいってこと?」
「そういうことだ。ルギ=アンテを介して、つまり私がルギ=アンテに命じ、それを奴がラメラスに命じるという形であれば可能である」
「うーん……まだるっこしいんだねえ」
「さよう。ラメラスの提案を私が吞んで決定したことではあるが、いささか煩雑なのだ」
正直なところ、若干ながら後悔もしている。父上のようにあくまで強い態度に出て却下するべきだったのでは、とも思う。
「なんでそうしなかったんよ?」
「関係をこじらせたくなかったのだ。折しも勇者一行が伝説の武具を入手し、力を付け、各地での人間たちとの攻勢も激化していたさなかでもあったのでな。組織内にいざこざが発生しては、戦いに支障を来させかねなかった。それを避けたかったのだ」
「そのわりに、よくあいつを参謀から外したねー。反発は予想できなかったん?」
「まさかあそこまで、といったところか。多少なら理解できるが、あんなにまで強く根深く不満を抱くとは想定していなかった。それに、それ以上に私は奴の持ち出してくる、なりふり構わぬ残虐な軍略に我慢がならなかったのだ」
私はプラム飴をてろっと舐めた。
「だが、大いに勉強になったことも事実である。それ以降、私は部下の人事をおこなう際にはだいぶ慎重になったからな」
「そういうのってあたしもよくわかんないけどさー。結局、プライド傷つけられた、みたいなことなのかなあ」
そう言って、ミレージュラはすぼめた唇を「ちゅっ」とプラム飴に付ける。
む――。
な、何だ、これは……この光景に、なぜこうまでそそられるのだ……
ミレージュラの美しい肢体を図らずも目の当たりにしてしまった時のように、その横顔から目が離せぬ……
鼓動が高鳴る。全身が火照りだす。
「……え?」
視線に気づいたミレージュラの疑問符で、はっと我に返った。
「ああ、いや……まあ、そのようなことなのだろうな。ラメラスは偉大な魔王である父上から謀略の妙を認められていた……それを証明するものが参謀という役職だったのだ。それが、突然奪われた……しかも、父上の威光には遠く及ばぬ私のようなぽっと出の若輩者に。長く父上に従えてきた立場としては、自尊心がズタボロにもされよう」
「むずかしいんだねえ。人の上に立つのって」
ミレージュラは溜め息をつくようにして言う。
「人の上に立つ、というならおまえもそうではないか。似たような経験はないのか?」
「それが、ないんだよねー。知ってると思うけど、ダークエルフの組織図って魔族に比べてめっちゃ単純だからさー。トップに女王がいて、その下はみぃんな一緒。役職も何もなし」
「改めて聞くと、恐ろしく単純だな」
「命令とか指示も適材適所は心がけるけどさー、そんだけだよ。役職で決めたりしない。あとは手が空いてる人にお願いするとかね。よほど苦手なことじゃなきゃ、みんなだいたいうまくやってくれるしさー」
それはそれで羨ましい気もする。魔族もそうありたいものだ、と思う一方、だいぶむずかしそうだというのもわかる。強さというものにあまり拘泥せず、権力欲が希薄で個人主義的傾向の色濃いエルフ族だからこそ可能なシステムだ。組織内における強さや派閥や優劣に価値を置く魔族に採用するのは、ほぼ不可能だと言っていいだろう。
「そう言えば、ミレージュラよ。おまえは『竜の真似をする怪鳥』という人間たちのことわざを知っているか?」
ラメラスが口にしていたことわざのことを思い出し、尋ねてみた。
「知らんべや。それがどったの?」
「いや……知らぬなら良い。大したことではないのである」
気にするのはよそう。
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