第13話 竜使いラメラス①
船長が言ったように天候の大きな荒れなどにも見舞われることなく、また海の魔物などに船が襲われるというような事態もなく、航海は全体を通しておおむね良好であった。予定の二週間後には船はポートクレイクに入港の運びとなった。
「魔王陛下、ご希望とあらば船は駐留させますが」
船を下りようとする私にむかって、船長がそう提案してきた。
「いや、戻って構わん。船での移動が必要となればポートクレイクのものを使わせてもらう」
「かしこまりました。では、よき旅を」
私はミレージュラと並んで港を離れ、道を歩いていく。
もともとが人間の町だけあって、目に付くのはおもに人間ではあるが、ラメラスの管理下に置かれているせいか、あちこちに魔族の姿が散見された。往来を行き来する人々に混じって、物々しく武具に身を包んだ魔族たちが道を練り歩き、道端で談笑している。
一見して私だと気付く魔族がいないのは、むろん母上が私の角を消したというのも大きいが、そもそも中位以下のほとんどの魔族が肖像画でしか私の風貌を知らぬからであろう。何しろこの広い世界、当然ながら私を生で見たことがないという魔族も大勢いる。魔王城のあるルーゲ島に住む魔族たちでさえ、城でおこなわれた勝利宣言の際に初めて私を見たという者も少なくなかったはずだ。
途中の宿屋に入る。帳場で部屋を二つ借りる手続きを済ませ、鍵を受け取り、向かう。
「ねえ魔王ちゃん、このあとどーすんの?」
階段を上がっている途中でミレージュラが訊いてきた。
「私はラメラスに挨拶に行くつもりである。そうだ、おまえも一緒に来るか?」
「ラメラス会いたくねー」
ミレージュラがわかりやすく苦い顔をする。
「ていうかわざわざあいつに会いに行ってやる必要ある? 魔王ちゃんが町に来たこと伝えさせて、あいつに足運ばさせりゃいいじゃんよ」
「現役時代であれば、おそらくそうしたであろうな。だが、私は(トモダチを作るという)今回の旅の目標を達成するためにも、これまでのような驕った態度や強権的な姿勢は少しずつでも改める必要があると考えているのだ」
「ふうん。なるほどねー」
ミレージュラは納得したのだかしていないのだかわかりにくい口ぶりだった。
「いずれにしてもあたしは旅の始まりにあいつの顔見たくはないな。悪いけどパス、魔王ちゃん一人で行ってきて」
「そうか、わかった。ではおまえは私が戻るまで好きにしていてくれ」
「りょーかーい。ああ、そうだ魔王ちゃん」
二階の通路へ出たところで、ミレージュラが言った。
「何だ」
「夕飯は魔王ちゃんの奢りだからね?」
「え。なぜ」
すると、ミレージュラは恨めしげな目で私を見た。
「あたしのハダカ見たじゃん。罰金だよ、罰金」
「そ、そうか……うむ、わかった」
それを言われると弱い。致し方あるまい。しかし、女体を眺めるというのは金がかかるものなのか。知らなかった。一つ、勉強になった。旅の思わぬ収穫である。
「ちなみにぃ」
自分の借りた部屋のドアを開けながら、ミレージュラが言う。
「それで支払い終了じゃないからねー?」
「そ、そうなのか」
「あったりまえぜよっ! あたしゃーそんなに安くないんだべっ」
そう怒ったように、いや実際に怒ったのかもしれないが言って、部屋へと姿を消す。魔力でぷかぷか浮かせたキャリーバッグが彼女に続き、バタンとドアが閉まった。
止むを得ん。しかし、我ながらじつに迂闊であったな。以後気を付けねば、とつくづく思う。意図せずとはいえ安くない買い物をしてしまったものである。
〇
いったんは部屋へ入ったがとくにやることもなく、さっそくラメラスに会いに行くことにする。宿の主人に訊いたところ、ラメラスは町長の屋敷に駐留しているとのことであった。
「いや、しかし、あんたみたいなお若い方が、いったいなぜまたラメラスに会いに行こうなどと……」
「気にするな。野暮用である」
私が魔王だなどとは主人も夢にも思わぬだろうから、不思議がるのも無理はない。
宿を出て、町を歩く。
ラメラスがポートクレイクの管理に当たっているらしい、と船長から聞いた時には彼が町で無茶をしているのではあるまいかと一抹の不安が胸をよぎったものだが、こうして歩いている限り、そのような極端なことにはなっていないようだ。確かに町を闊歩する魔族は多いが、人間たちが目に見えてわかるほど萎縮しているという様子もない。魔族が人間に暴力を振るっているような場面にも出くわさなかった。勇者討伐後、ラメラスにも分別というものが身に付いたのだろうか。そうあってほしいものである。
町長の屋敷はそれなりに豪壮な外観であった。広い芝生の庭の先にある、二階建ての建物である。
入ろうとすると、門のところで番兵のようにたたずんでいたドゥル種の魔族二名に止められた。
「待て待て、おまえ、どこへ行く」
「ここはポートクレイクを支配されるラメラス様のお屋敷だ。貴様のような若造など……」
「よく見るがいい。私は魔王メディウス13世である」
そう言うと、二人の魔族は目をぱちくりさせ、まもなく私の正体に気付き、さっと顔をこわばらせた。慌てて直立の態勢を取る。
「おおっ……陛下でしたか! こ、これはたいへんなご無礼を! お許しくだされ!」
「いや、構わぬ。ラメラスに会いに来たのだ。案内願えるか」
「は、はっ!」
片方の魔族に先導され、敷地に足を踏み入れる。玄関までの石畳を歩き、魔族に続いてドアから中へ入った。
白い手すりの階段を上がり、二階へ行く。思えば人間の住居へ入るというのは生まれて初めてのことだ。といっても構造を見る限り、魔族のそれと大きな差があるようには見えないが――
(しかしここは町長の住まいということだが、人間の姿がまったくないな。外出中だろうか)
やがて案内役の魔族が、とある部屋の扉の前で足を止めた。
「ラメラス様は、中にいらっしゃいます」
「では、入らせてもらおう」
私は扉を押し開け、中へ足を踏み入れた。
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