第11話 トモダチ探しの旅へ
翌朝、私は母上にひとときの別れを告げ、ガディリアデウムを出た。
アジャパニアから船を出すつもりではいたが、先に向かったのはダークエルフの里、ライラーンパットである。会おうとしているのはむろんミレージュラだ。
旅にミレージュラを同道させようと考えついたのは、旅そのものの決意とほとんど同じタイミングであった。理由は大きくわけて二つ、一つはこれから向かうのは人間たちが大半を占める場所であり、いろいろと勝手がわからぬかもしれぬゆえ、相談できる相手がほしかったから。そしてもう一つは単純に寂しさを紛らわすためであった。
どちらもきわめて重要な理由である。とくに後者。この私が人間をトモダチにすることごときに難航するとは思えぬが、それでもそれなりの人数を集めようと思えばあるていどの期間は要するであろう。その、決して短くない期間を一人きりで話し相手もいない環境で過ごすなど、とても耐えられそうにない。
飛行魔法を使って城から高速で南下。森に囲まれたライラーンパットに着くと、里の中心にある巨大樹城リーゼル・メイネの前に降り立ち、中へ入る。階段を上がっていく。
外からすでに何やら軽快でリズミカルな音楽が洩れ聞こえてきていたが、上層へ行けば行くほどそのボリュームが大きくなっていった。
前回と同じ五階のフロアへ出ると、何人かのダークエルフが音楽に合わせて踊っているのが見えた。まわりではやはりダークエルフたちが楽器を奏でている。
踊っているダークエルフたちの中に、ミレージュラがいた。例の赤を基調とした露出度高めの民族衣装ときらびやかな装飾品の数々に身を包み、他の者たちよりもひときわ大きく腰をくねらせ、時折、「ひょおうっ」などと声を上げ、四肢を激しく動かし、舞っている。
(じつに楽しそうであるな。私もいつかトモダチができた暁には、このように心から楽しく舞いを舞うことができるようになるのだろうか……)
そんな期待に胸を仄かに高鳴らせながら、その派手派手しくも美しく情熱的な動きに魅入っていると、まもなくミレージュラが私に気付き、はっとなる。びくんとなったように踊りを止め、「ま、ま、ま、魔王ちゃんっ!」と叫んだ。
その声に反応し、音楽がぴたと止む。釣られるようにしてまわりの者たちも踊りを中断していた。皆、揃ってこちらを振り向き、私を注視している。
「い、いや、すまぬ。邪魔をするつもりはなかった」
私は気後れを覚えながら言った。
「だいぶハッスルしていたようであるな、ミレージュラ。終わるまで続けてもらって構わんのだぞ。私はここで観賞しているゆえ」
「き、来てたん!? いつ? いつよ!? ぜんっぜん気付かんかったわー」
「到着は先ほどである」
「やだーん……見られてたのかぁ……はんずかしぃわあ」
そう言って、両手で顔を覆った。そんなに恥ずかしがるようなことでもないと思うのだが。
ミレージュラは少しのあいだ、そのまま体を左右に揺らしていたが、やがてその手をぱっと顔から離した。「あっ」と叫んで目を見開き、まじまじと私を見た。その視線は、私の目よりもやや上、額のあたりに注がれている。
「ま……魔王ちゃん……つ、つ、角が……」
「う、うむ、そうなのだ。ちょっと事情があり、母上の秘術で取ってもらった」
「ほわわぁ……おったまげたわあ。角を取っちゃう魔王様なんて、たぶん史上初だべよお」
ミレージュラはしみじみと言った。その顔はしばし驚き一色に包まれていたが、まもなくそれも失せていく。
「で、今日はどしたのよー、魔王ちゃん?」
「それなんだが……ちょっと、いいか」
「うんー?」
私はミレージュラを促し、共にバルコニーに出た。
手すりの手前に、並んで立つ。
「それにしても、さっきのはじつに美しい舞いであるな。何というか、情熱的で激しく、見ていて気分が上がってきたぞ。戦の折に見せれば兵たちの士気も上がるであろうな」
「音楽も踊りもダークエルフの里に古くから伝わるものだよ。あーあ、魔王ちゃんが見に来るならもっと練習しとくんだったなあ」
「じゅうぶんな練度であるように見えたが」
私は言う。これは世辞ではない。
「ところでミレージュラ、今回の用件なのだが……じつは私はこれより旅に出ようと思っていてな」
「旅?」
ミレージュラは小首をかしげた。
「うむ。それで、ついてはその旅におまえにも同道してもらいたいのだ」
「旅って、何のための旅よ? 支配後の世界の諸国漫遊的なやつ?」
「そのような要素もないとは言えない。だが一番大きな目的は、とある重要なものを探すことだ。その目的さえ達成できればいいわけで、だから大して長い旅にはなるまい」
「とある重要なもの……なーんか気になる響きぜよ」
「すまない。それが何であるか、今は言えぬ」
そもそも私は「トモダチゼロ」という現状に対して強く羞恥心と劣等感を覚えているのであって、できうればそれを誰にも知られたくないのである。それゆえいかにミレージュラ相手といえど「トモダチ作りのための旅」だなどいう真実は伝えられなかった。しかも、私はそのトモダチを、相手もあろうに長らく見下し続けてきた人間の中から見つけ出そうと考えているのだ。口が重くならないわけがない。
「まあ、いいけどさ。いいよー、一緒に旅。連日宴会で食べて飲んで歌って踊ってって生活も悪くないけど、さすがにこのところマンネリ気味でさー。気分転換したいと思ってたとこだったんだあ。出発はいつ?」
「これからである」
「こ、これからあ!? 急だなあ魔王ちゃん! 旅にはいろいろと準備とか仕度ってもんが必要じゃんよぉ」
「ここで待つゆえ、準備でも仕度でも気の済むまでするがいい。飛行魔法は使わずアジャパニアから船で出るつもりだ。魔力の消費は抑えたいし、急ぐ旅でもないからな」
「船旅ねー。んじゃ、ちょっくら準備してくるから待っててちょ」
私たちはフロアに戻った。他のダークエルフたちに旅に出る旨を伝えて階段を上がってゆくミレージュラを見送ってから、私は階段を下りていく。ちなみにこの巨大樹城リーゼル・メイネの最上階フロア全体がミレージュラの寝室となっているらしい。入ったことはないが。
巨大樹城を出て、出入口の脇で待った。
言われてみれば旅にはいろいろと物入りであり、準備も確かに必要であろう。とくにミレージュラは女であるゆえ、なおさら細々した必要品があるはずだ。ほとんど何も持ってきていない私のほうがおかしいのだろうな。まあ、軍資金は潤沢に携帯している。何かあれば適宜、人間たちから購入すれば良い。
気の済むまで準備するがいい――私はそう言った。確かに言った。よく覚えている。だからあるていどの待ち時間は覚悟していた。
覚悟はしていたが……それにしても長い。どこにも時計がないゆえ確かなことはわからぬが、かれこれ小一時間は経過しているのではあるまいか。私を含め、魔族やダークエルフなど長寿の種族は時間感覚が鈍いのは事実にせよ、それにしてもたかが旅の準備にどれほどかかっているのか。長旅にはならないと伝えてあるのに。
「ごめぇーん、お待たせ!」
まもなく弾んだ声と共にやって来たミレージュラは、白を基調としたワンピースに着替えていた。頭にはストローハットをかぶり、天然木でできたキャリーバッグを引いている。けっこうなサイズのキャリーバッグだ。ずいぶんといろいろ詰め込んできたものらしい。その中身がまったく想像つかないが、それは私の想像力が欠損しているがゆえだろうか。
「アジャパニアまでは飛んでいくとするか」
そう言って、私はふわっと浮かび上がった。ミレージュラも、キャリーバッグを提げたまま同じように浮かび上がる。ふわふわとあたりの樹上よりも高く昇ってから、移動を開始した。アジャパニアのある南西方向へむかって飛んでゆく。
アジャパニアに到着すると地上へ降り、町へ入った。まっすぐ港へ向かう。
魔族には種類があり、往来はまさに「魔種の坩堝」である。先に登場した半魚のマーマ種、豚鼻で語尾がすぐ「ブヒ」になってしまうピーグ種、嘴の生えたドゥル種、ルギ=アンテに代表されるようなさまざまな肌の色をし屈強な肉体を持つホムン種、そして私に代表されるような、頭部の角以外は人間とそっくりなヒュム種など……
ミレージュラもダークエルフの女王として多くの魔族たちに顔は割れているゆえ、歩いているあいだやたらと人目を引いたが、私がいちいち二度見とか下手をすれば三度見などされてしまうのは、やはり角がないからであろう。
「こ、これは魔王陛下!」
船着き場で仲間たちと談笑していたヒュム種の船長が、近付いてきた私たちに気付いて驚きの声を上げる。口髭を生やした妙齢の男だ。
「ご苦労である。これより船を出してもらいたいのだが」
「ふ、船を……」
答える船長の視線は、やはり私の目ではなく額のあたりに注がれていた。まわりにいるマーマ種の水夫たちの視線も同様である。やはり魔王の角がない、というのは彼らにとって驚倒すべき事柄であるようだ。いちいち突っ込んでこないのは、遠慮ゆえだろうか。
「それはむろん、魔王陛下の御下命とあらば船などいつでもお出ししますが……どちらまで行かれるのでございましょう?」
「そうだな……人間の住む場所ならどこでも良いのだが、とりあえず一番近い港町までやってもらおうか」
「ここからもっとも近い人間の港町ですと、ポートクレイクですな。海の状況にもよりますが、二週間ほどの航行となるかと思います」
「うむ。やってくれ」
「は!」
私はミレージュラと共に魔族所有の大型船「ボン・セイユ」に乗り込んだ。
本来の航行時間でないにもかかわらず、私とミレージュラ二人だけのために大型船を出してもらえるなど、まさに魔王冥利に尽きるというものである。父上のようにことさらに強権を振りかざすつもりはさらさらないが、それでも生まれによる生活上の有利をありがたく感じずにはいられない。庶民ではとてもこうはゆかぬからな。
太い汽笛が空気を震わせ、「ボン・セイユ」が出港する。
どの寝室も空いているゆえご自由にお使いください、との船長の言葉を受け、ミレージュラが荷物を置きに向かった。
私はデッキに立ち、潮風を浴びながら水平線を眺めた。じつに気持ちがいい。飛行魔法による移動とは、またちがう爽快な心地好さがある。
まもなくミレージュラが戻ってきて、私の横に立った。
「ねえ魔王ちゃん。ひょっとして、なんだけどさっ」
手すりに手を置き、流し目を送ってくる。
「なんだ」
「もしかしてこの旅ってさあ……お友達を探す旅だったりなんかしちゃって?」
ギクッ、となった。いたずらっぽく笑んでいるミレージュラを、顔をこわばらせて見返し、ごくりと唾を呑む。
「ば、馬鹿なッ……わ、私はそのようなことは考えておらぬ」
声が、裏返ってしまう。
「そ、そもそもなぜ私が友達探しなどしないとならぬのだ? 私は魔王である。初代でさえ為し得なかった勇者一行討伐という偉業を果たし、人間たちとの戦に勝利し、世界を支配下に置く魔王メディウス13世であるぞ。と、トモダチなど、そんなものは改めて作るまでもなくうじゃうじゃいる。呼べばいつでも私のもとへ馳せ参じるであろうな! はは、は……」
「ふうん?」
ミレージュラは意味ありげな笑いを浮かべている。
「な、なぜ、そのような根も葉もない疑いを抱いたのだ、ミレージュラよ」
「さっき船長さんに行き先伝える時にさ、『人間の住む場所』って言ってたじゃん? であたし、思い出したんよ。一週間前に魔王ちゃんから受けた相談事。あの時あたし、友達作るなら人間を選ぶって言ったからさあ、もしかしてって思ってねー」
「あ、あれは私の相談事ではない! 私の知り合いの相談事だと、そう伝えたはずだ」
「そうそう、そーだったねー」
ミレージュラは言うが、信じていなさそうだ。どうもそんな気がする。仮にも数百年に及ぶ付き合いであり、そのぐらいのことは私にもわかる。相手の発言を信用していない時、ミレージュラはこうしてどこか軽い感じの応対をするのである。
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