第9話 ミレージュラの助言

 ミレージュラの案内で、バルコニーに出る。木の幹から突き出したデッキが広がり、手すりのむこうに里の景色と豊かな森を望むことができた。


「いきなりの訪問。んで、二人で話したい、と。魔王ちゃん、よくよくの事情だね?」


 察したかのように、ミレージュラが言った。手すりに手をかけ、外の景色を眺めながら。


「さっき見た時、顔色冴えないなーって思ったけどさ。何かあったん?」

「え……そうであったか」

「迷える子羊って感じの顔してたよー。まあ今も、だけどねっ」


 なかなかに鋭い。思えば昔からそうだった。

 私も前へ歩み出て、ミレージュラの隣に立った。


「先ほど一緒にテーブルを囲んでいた者たち……あれは皆、おまえの配下か?」

「まあねー。ただ、勇者討伐って大目標があった時にはあたしも女王としてあれやこれや指示とか命令みたいなことしてたけどさ、そういうのがなくなってからはとても女王と配下って感じじゃなくなってるかな。なんか古くからの友達みたいな感じ。あ、友達ってわかる?」

「あ、ああ……いちおうな」


 とはいえ、母上から知らされる前であれば私はここで「なんだ、それは」とでも尋ねていたのだろう。

 それにしても、トモダチ――ミレージュラの口からもその言葉を聞くことになろうとは。おまけに彼女はもともと配下であった者たちと、そのような関係を築くことができているのだ。私とは大ちがいだ。いや、ちがいすぎる。雲泥の差である。


「トモダチと、おまえはそう言ったな、ミレージュラ。だが、おまえが王であることに変わりはあるまい。それなのに、いかに勇者討伐の大目標が消えたとて、そのような関係を構築することが可能なのか?」

「うーん。あたしの場合、もともと女王然としてなかったっていうかさ。あんまりかしこまらないようにってみんなにも繰り返し言ってきたし、それにとにかくみんなとよく話してたからね。関係の土台が出来上がってたっていうんかな」

「関係の土台が」


 関係の土台――私と私の部下たちには存在しないもの、か。


「さっきみんなとあんな感じだったけど、それも勇者倒してからいきなりやるようになったわけじゃなくて、今までの延長線上にあるものだよ。いろいろ急に変わったとかじゃなくてさ」

「な、なるほど……」


 そこが根本からして私とはちがう。私がもし部下たちとあのように歓談を楽しもうと思ったら、関係性の土台をいったん完全に崩し、一から新たに築き直さなければならない。

 これまで私が幾度となく試みてきて、惨敗に終わったことではあるが……。


「つかぬことを訊くがな、ミレージュラ。その、トモダチというのは、だいたい誰にでもいるものなのか」

「へえ? まあ多い少ないはあるだろうけど、一人もいないっていうのはあたしは聞いたことないなあ。友達いないみたいなこと言ってる子でも、二人三人はいたりするしね」

「そ……そうか……」


 顔が引きつってくるのを抑えるのがやっとだった。

 いや……抑えきれていなかったかもしれない。


「でも何よ、魔王ちゃん。魔王ちゃんからそんな質問が飛んでくるなんて思わなかったぜよ。友達がどうかしたわけ?」

「い、いや……じつは、ある人物から相談を受けていてな」


 私は話を脚色した上で答えた。


「その人物は、最近、とある大仕事を達成したのだ。そして自由を獲得したため、大いに遊ぼうと考えた」

「ふうん? なんかどっかで聞いたような話やんなあ」

「それで、まあ、遊ぼうと思ったわけなのだが、ふと気付いた……いや気付いたらしいのだ。遊ぼうにも肝心の相手が……と、トモダチが一人もいないということにな」

「ほうほう」


 他人からの相談事という形にしたのは、偏に見栄のためであった。ミレージュラのセリフからすると、トモダチゼロ、というのはそうそうあるケースではないらしい。私はそこに己の劣った点、力不足、一種の無能を見てしまうため、極力、人に知られたくなかったのだ。ひとことで言って、トモダチが一人もいないというのがとても恥ずかしかったのである。

 私は話を続けた――


「それでトモダチを作ろうと町へ繰り出したが、うまくいかない。というのも、そいつはひじょうに偉いのだ。いわゆる圧倒的強者であり、権力者なのだ。それゆえまわりはどうしてもしゃちほこばってしまって、とても対等な関係など望むべくもない」

「あるあるだねー」

「だが、そいつはどうしてもトモダチがほしいそうなのだ。それで相談なのだが……いや私がそいつから受けた相談の相談なのだが、この場合、おまえならどうする?」


 ミレージュラは考えを巡らせた様子だったが、それはごく短い時間であった。


「ガッチガチの牢固な上下関係が築かれちゃってる以上、そこを切り崩すのはムズイよねえ。あたしならそこはあきらめるかな。んで、べつの場所に行くね」

「べつの場所に……」

「そ。思い切って環境変えちゃうね。顔が割れちゃってるのが根本原因なわけじゃん。だったら自分のことを知らない人たちばかりのところに行くよ」

「異種族に友人関係を求める、ということか」

「だって同族にこだわる必要ないじゃん。自分を受け入れてくれる人たちのとこに行きゃいいんだよ。この広い世界、どっかに一つぐらいあんでしょ、そういう種族がさ」


 確かに、そのとおりだ。同族にこだわる必要はない。どこかに自分を受け入れてくれる場所があるなら、それを探し求めればいいのだ。

 それにしても、この新しい切り口。さすがはミレージュラである。戦略上も常識に囚われない斬新で奔放な発想を私は評価していたものだが、ここでもそれは健在のようだ。

 ただ問題は、どの種族を選ぶかということであった。人間たちとの戦いにおいて、魔族側についていたダークエルフ、竜人族、悪霊族、獣人族、人間側についていたエルフ、ドワーフ。中立を保っていた巨人族……


「あたしなら人間を選ぶねー」

「え」


 ミレージュラの言葉は、私にはまったくもって意外すぎるものであった。


「な、なぜだ、ミレージュラ……なぜ、よりによって人間を……長い歴史の中で魔族と対立し続けた、脆弱にして下等な人間を選ぶのだ」


 脆弱にして下等な人間、という言い回しは私のオリジナルではなく、父上の受け売りである。父上は事あるごとに敵対する人間を見下していた。蔑み、軽侮していた。そんな父上の姿勢が、長くそばにいた私の中にも染みついてしまっているらしい。無意識に人間に対する差別的な発言をしてしまうのは、この時に限ったことではない。


「理由はおっきくわけて二つだよ。一つは単純に他の種族に比べて圧倒的に数が多いから。人数が多いんだから人間の暮らしてるところに行けば誰かしらと仲良くなれんだろって思うんやわ」

「なるほど……して、もう一つの理由は」

「文化だね。人間の世界には、他の種族とは比較になんないぐらい彩り豊かで豊潤な文化がある。芸能、芸術、食……楽しそーだからさっ」

「楽しそう、か……」

 確かに、それはきわめて重要なことであるように思われた。「遊びたい」というのも、とどのつまりは「楽しみたい」ということと同義であり、であるからには遊びのネタが豊富に揃っている種族の仲間に加わるというのは、じつに合理的である。

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