花火
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花火
伊島
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インターホンの音がして、僕の眠気はどこかへ去ってしまった。
一つため息をこぼしつつ立ち上がり、インターホンのもとまで行く。
「はい……?」
インターホンのカメラが映し出していたのは、人間が意図的に作り出している暗闇。
僕はおそるおそる声をかける。
「久しぶり……███くん」
インターホンの古さのせいで音質は悪かったが、僕はハッキリとその声を聞き取ることが出来た。
「その声……みくりか……?」
「うん、そうだよ」
みくりのものだと思われる声は、迷うことなくそう答える。
それがイタズラであるとは思えなかった。
「今開けるから……ちょっと待ってて」
僕は一言そう残して玄関まで移動する。
鍵を開け、念のためにドアガードはしたままでドアを開ける。
玄関の隙間から外を見ると、確かにそこにみくりの姿があり、目が合った。
「本当に……みくりなのか……?」
「もう!そうだって言ってるじゃん!███くん、心配しすぎ」
ああ、一緒だ。
心配性で何度も確認してしまう僕を鬱陶しそうに呆れながらも笑うその姿。
一緒だ……。
ドアガードを外すと、少し震えている腕に力を入れてドアを完全に開ける。
「みくり……」
「うわ、███くんのこと久しぶりに見た。ちょっと身長縮んじゃったんじゃない?老化現象?」
「そんな年老いてねぇよ……」
自分でも情けないほどの弱々しい声で、みくりの小ボケにツッコミを入れる。
そんな僕のことを心底おかしそうにみくりが笑う。
「彼女出来た?」
「いや……出来てない」
「じゃあ上がってもいい?」
「ああ……ちょっと散らかってるけど……」
「もう慣れてまーす」
みくりは靴を脱ぐと、足取り軽くリビングへと向かう。
その光景を、やはり現実だとは思えなかった。
僕はみくりの後に続いてリビングに入る。
「いや、ちょっとやないやないかーい!」
今度はみくりにツッコミを入れられる。
確かに客観的に見てみると、”ちょっと”では済まないくらい散らかっていた。
「本当は片づけをしてあげたいところだけど……時間がないので今回は見逃してあげるとしましょう」
そう言いつつも、みくりはテーブルの上に置いてあったコンビニ弁当の空き容器をコンビニの袋にまとめてくれる。
「時間がない……って?」
「あ、そうそう……」
みくりは作業の手を止める。
「私ね、今日で成仏するつもりだからさ。これから花火に付き合ってほしいんだけど……いい?」
八月三十一日……夏の一つの区切りの日……。
死んだハズの幼なじみから平然と告げられたのは、そんなことだった。
そんな彼女同様に、僕はやけに平然と答える。
「ああ、分かった」
驚きや戸惑い、嬉しさや懐かしさ……たくさんの感情は未だ僕の中に渦巻き、混ざり合っていたが、何故だか心は落ち着きを取り戻していた。
きっと……何も変わらない、変わっていないみくりが、そうさせてくれるのだろう。
「じゃあ、とりあえず花火買いに行こっか」
「そうだな」
僕は財布を手に取り、リビングから出ようとする。
そんな僕の腕をみくりが掴んだと思えば、頭を軽くはたかれた。
「こーら。女の子と歩くんだから身だしなみくらいちゃんとしなさい」
「あ……はい。すみません」
「じゃあ、先に外で待ってる。急いでね」
◆◇◆◇◆
「二人きりでお出かけ、久しぶりだね」
みくりの声は弾んでおり、スキップまでしている。
「そうだな。何年ぶりだっけ……?」
「三年前。私が死んだのが三年前だから、それくらいだと思う」
「そういや、もうそんなに経つんだな……」
『時』というのは残酷にも、記憶だけ遺して流れていってしまう。
みくりに限った話じゃない。
たくさんの人が『時』に置いてけぼりにされてしまう。
それを受け入れて生きていくしかない……そんな事実もまた、僕の心をむなしくさせる。
「なんで……死んだんだよ……」
「うーん……なんでなんだろうね?」
僕が思わず落としてしまった言葉を拾い上げて、みくりは曖昧に返答する。
とぼけとか、誤魔化しとはまた違ったような……ふわっと霞がかかった返答。
「ちょっとちょっと!やめてよね!その、死因すら覚えてないアホを見るような目!三年も前のことなんてみんな忘れちゃうでしょ!?」
「別にそんな風には見てないよ」
「絶対ウソ!ウソウソ!」
「ウソじゃねぇって!」
勝手に言って勝手に騒ぐみくりの姿に、どこか安心感すらあった。
あの頃の彼女もこんな感じだったことを思い出させてくれる。
「でも……僕のことは覚えててくれたんだね」
「そりゃ、大切な大切な幼なじみだからね」
「……そっか」
「逆に、███くんもよく私のことを覚えてたね」
「そりゃ……大切な大切な大切な幼なじみだからね」
「あ!真似しやがったな!」
「ほら、もう店に着くから静かにしなさい」
「うわっ!ママじゃん!ママ!」
「なんでママなんだよ」
そこはパパだろ!と口から出てきそうになったが、それはそれで違うことに気付いてやめる。
これ以上みくりの小ボケに付き合っていても埒が明かなさそうだったので、もう相手にはせずに店の中に入る。
買い物中、みくりは小声になったものの、延々とママだなんだと言っていた。
「ね~え~、ママ~。無視しないでよ~」
買い物を済ませて店から出ると、みくりが僕の身体をつつきながらそんなことを言う。
「まだ言ってんのか。お前を産んだ覚えはないぞ」
「うわ。認知してくれないんだ……」
アウトラインを大きく超えてそうなネタで楽しそうに笑うみくりの顔に、僕も何だか楽しくなってくる。
みくりの提案で一時間ほどかけて、歩いて店から海水浴場まで移動する。
「あー……風、気持ちいいねぇ~……」
ほのかな潮の香りを鼻腔まで運んでくれる海風を浴びながら、みくりが一つ伸びをする。
昼間にはカップルや家族連れなどで賑わいを見せていたであろう海水浴場。
今は人は一人もおらず、ただただ永遠にも思える静寂に包まれていた。
ぼんやりと月明かりのにじむ海面と、果てのない暗い色の水平線の景色も相まってか、今までいた世界とは別の世界に来たような錯覚に陥ってしまう。
「あれ?███くん?」
みくりは砂浜へつ続く階段に座り込み、息を整える僕の方へ振り返る。
「こっち来ないの?」
「ちょっと……ちょっとだけ休憩……」
声になっていない声で僕はみくりに訴える。
”ちょっと”どころで済まないくらいの疲労感に全身が襲われているのが分かった。
「███くんがへばってるところ初めて見たかも……。やっぱり老化しちゃってるんじゃない?」
「まだ老化はしてないだろうけど……少なくとも、体力は落ちちゃってるだろうなぁ……」
みくりがいなくなったあの日から、何事にもイマイチ身が入らなくなってしまい、運動もほとんどしなくなってしまった。
「みくりは……まだまだイケそうな感じだな……」
「ほら、私はもう死んじゃってるからさ。多分だけど、死ぬ前のままで止まってるんだと思う」
「あー……なるほどね」
しばらく休憩してから、僕はみくりの待っている砂浜まで降りる。
「えっと……?何でみくりはびちょびちょになってるんだ?」
「いや、今のこの霊体の状態でどこまで行けるのかなって思って試してみたら、普通に溺れかけちゃってさ。ホントに死ぬかと思ったよ」
みくりは何か期待の眼差しで僕のことを見てくる。
「……もう死んでるけどな」
「あ、そうだったそうだった」
僕の不謹慎極まりないツッコミに、みくりは大変満足そうな顔をする。
ご要望にお応え出来たようで良かった。
「もう死んでるんだし、もう一回挑戦してみよっかな」
「万が一ってものがあるだろ。変に大胆なことして急にいなくなるのだけはやめてくれよ」
せっかく再開できたのに、くだらないことでお別れは嫌だ。
「ごめんごめん。じゃあ、準備しちゃおっか」
僕とみくりは協力して準備をした。
その間も、みくりはとても騒がしかった。
「よし……じゃあ、付けちゃうよ?」
「どうぞ」
「いいの?本当に付けちゃうよ……?」
チラチラとコチラを伺いながら、みくりは花火の先端を近付けたり、遠ざけたりしてくる。
一体、何の焦らしなのだろうか。
「はあ……よいしょっと……」
僕はそんなみくりのことを一瞥すると、みくりよりも先に花火に火を付ける。
すると、花火の先端からオレンジ色の火花が噴出する。
「うわ!先にやりやがった!」
みくりも僕に続けて花火に火を付ける。
みくりの花火は緑色の火花を噴出する。
みくりが自分の花火と僕の顔を幾度か交互に見比べ、にやりと嫌な笑みを浮かべる。
「おらぁ!覚悟ぉ!」
みくりが手に持っていた花火を僕の方へ向けてくる。
そのせいで、僕の身体が緑色の火花を浴びることになる。
「あっつ!あっつ!」
僕がどれだけ叫んでも、みくりは花火攻撃をやめてくれない。
「私の先を越した罰だよ~」
「くだらないことしてたのはみくりの方だろ」
「うるさい!うるさい!」
無い罪の清算は流石に理不尽が過ぎる。
「ちょ、熱いって!」
ひとしきり僕に火花を散らして満足したみくりは、火を付けた花火を持って無邪気に砂浜を駆け回ったり、置き型の噴出花火に興奮していた。
三十分ほどはしゃいだ後、僕たちは二人で線香花火を手に取り、火を付ける。
二人で身を寄せしゃがみ込み、線香花火を見つめる。
静けさの中で弾ける火花の音をかき消すように、みくりが口を開く。
「もう私から███くんに会いに行けなくなっちゃうのかぁ……」
それは独り言のような言葉だった。
「なんか……ちょっと寂しいなぁ……」
次に会えるのは、僕が死んだときになってしまう。
「もう……本当にお別れになっちゃうのかぁ……」
「最期に……また会えて嬉しかったよ」
「私も……また会えて嬉しかった」
みくりの小さく微笑む顔が、線香花火の灯りでぼんやりと歪んで見える。
「私ね……本当は死にたいワケじゃなかった……。死にたくなんかなかった……」
「それは……誰でもそうだろうよ」
三年前、みくりはまだ高校一年生だった。
よほどの希死念慮が渦巻かない限りは、きっとあの若さで死にたい人間なんて、そうそういないハズだろう。
『望まない死』はなにも、遺された者だけがのたまうだけのものではないだろう。
「███くんは、何か私に言いたいことはないんですか~?」
先程までの寂し気な雰囲気とは打って変わった様子で、みくりは僕のことをツンツンとつついてくる。
言いたいことなんて、もちろんたくさんある。
たくさんあったのだが……僕の口から出てきたのは、ただ一つの言葉だった。
「今まで僕と一緒にいてくれてありがとうな」
僕のその言葉にみくりはきょとんとした顔をする。
「……何だよその顔」
「いや……███くんの口から私への感謝が飛び出してくるなんて思わなかったから、ちょっと驚いちゃって」
「みくりにはたくさん感謝してるよ」
僕と一緒にいてくれたこと、僕を一人にしないでくれたこと……そして、またこうやって会いに来てくれたこと。
小さいことも大きいことも……数えきれないくらいの感謝をしている。
それを伝えることが出来ないまま、伝えられなくなってしまった後悔を払うことが出来てよかった。
「逆にみくりは何か言い残すこととかないのか?」
「いっぱいあるよ?話したいこともそうだし、聞きたいこととか……聞いてほしいこととか……たくさん。とにかく、ありすぎなくらい、いっぱいある」
みくりは少しだけ考える素振りを見せる。
しばらくして、みくりはゆっくりと口を開く。
「じゃあ……一個だけ」
一度、みくりが深呼吸する。
その短い間に、みくりの線香花火が静かに落っこちる。
「私ね……███くんのことが好き」
やわらかく海風が吹き、みくりの髪が小さく揺れる。
「ずっと……ずっと前から、大好き」
みくりの至ってシンプルな想いの丈を、僕の頭は理解することが出来なかった。
ただ、鼓動が少しだけ揺らいだのを感じるだけだった。
「ふう……言えてよかったぁ……」
みくりは死んだ線香花火をバケツに処理しつつ、ホッと安堵の一息を漏らす。
僕は置いてけぼりにさせたまま、みくりの顔を見ることしか出来なかった。
「この三年間ね、ずっと未練でモヤモヤしてたんだよね。ずっと一緒にいたクセに、ウジウジしちゃって、関係が壊れちゃったらどうしようって怖くなっちゃって……」
いつの間にか、僕の線香花火も落ちていた。
「███くんはさ……私のこと、どう思ってる?」
みくりの変わることない屈託のない笑顔は、この夜の世界には不相応なくらいに輝いて見えた。
みくりが最期の最後に受け渡してくれた想いに僕もしっかりと答えるために、僕は一つ息を吸う。
◆◇◆◇◆
「僕も……好きだ……」
汚らしく掠れた声が僕の耳へと届き、僕は目を覚ました。
みくりへと向けたハズの言葉は、嫌というほどに暗く静かな部屋に反響して落ちる。
「ん……?あれ……?ここは……?」
覚醒しない意識の中、やっとの思いで生まれてきたのはたくさんの疑問。
僕はさっきまで、夜の海にいたハズ。
僕はさっきまで、みくりと一緒に花火をしていたハズ。
僕はさっきまで、みくりの想いを受け取っていたハズ。
僕はさっきまで、みくりに想いを……。
そのために……僕は息を吸ったハズだ。
どう足掻いても頭の中に出てくるのは、ただ疑問のみ。
気だるさと胸の苦しい痛みに包まれる。
あれは全部、夢だったのか……?
だが、到底夢だとは思えない火薬の香りは、僕の鼻腔に未だこびりついていた。
「今……何時だ……?」
時間を確認しようとスマホを探そうとするが、めまいがして上手く立ち上がることが出来ない。
突然、遠くの方から何かが弾けるような音が聞こえてくる。
「な……なんだ……?」
霞む視界を必死に動かし、音の正体を探ってみる。
夜風の吹く窓の外。
マンションとマンションの隙間からチラリと見える、暗い夜空で咲いては散って咲いては散ってを繰り返す、いろとりどりの花。
花火だ。
そういえば、この部屋から見えるのを忘れていた。
「今年も……███くんと一緒に見れて嬉しいなぁ」
僕の背後からみくりの声が聞こえてくる。
「みくり……?」
動かしづらい身体がじれったい。
「███くんは……嬉しくない?」
どこか拗ねたような口調で問いかけてくるみくりは、やっぱりあの頃と変わらない。
「嬉しいよ……嬉しいに決まってる……」
「やった」
みくりが嬉しそうに笑う。
もう……何がなんだか分からないかった。
先程までのが夢だったのか、それとも今が夢なのか……。
そもそもみくりは死んでいないのか……。
何も分からないが、もうどうでもよくなっていた。
今、みくりはここにいる。
確かに僕の傍にいてくれている。
それだけで、僕は良かった。
「ごめんね、███くん。勝手にいなくなって、一人にして、寂しい思いをさせちゃってごめんね。これからは、また一緒に居ようね」
「ああ……そうだな」
遠くの花火が咲く音に心地よさを感じながら、僕は再び眠りについた。
そんな僕のことを、みくりは優しく引っ張っていってくれる。
暖かくて、明るい方へ。
火薬の香りを感じながら。
花火 伊島 @itoo_ijima
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