第6話 『2人だけが知っていればいい』
百合営業をすることが正式に決まりました。
莉珠さんの事だから、「NO」と言われることは無いと思っていたけど……。
まさか「付き合っている」と思われていたなんて想像もしていなかった。これのおかげもあるのか。
私は左手薬指にはめられたアニバーサリーリングを見ながら、莉珠さんの言葉を思い返し続ける。
これほど言われて嬉しくない言葉がこの世にあるなんて…。今の私にとっては呪いに近い言葉。
「はぁ…」
前はどれだけ疲れても出ることがなかった溜息の回数が増えている気がする。
天音ちゃんと特別になりたいのは本当の気持ち、だけどもし同じ気持ちになれなかったら?
傍から見たら、早く告白すればいいのに…と言われる気がするけれど、「百合営業」がその気持ちを阻んでくる。
天音ちゃんのせいみたいに聞こえて、自分でも嫌になる。天音ちゃんを信用しきれていない自分が。
案外、泣き脅しのように縋りつけば天音ちゃんは首を縦に振ってくれるのかも?
けれどそれだと私の一方的な感情になってしまうし、天音ちゃんにも申し訳ない。
雁字搦めなこの状況、誰かに相談するべきかな?
「もし仮に相談するなら誰にすればいいんだろう…ママたちに、は恥ずかしいし…」
「なに?なんの話し?」
考え込んでいると、肩を叩かれて驚きで飛び上がってしまった。
「れ、恋歌大丈夫!?ごめん急に話しかけて!?」
「天音ちゃん、ううん…全然気にしないで、それよりお疲れ様」
私の気遣いに天音ちゃんは「恋歌もお疲れ〜」となんだか少し嬉しそう。
「天音ちゃん、なんか嬉しいことでもあったの?」
「ん〜?ちょっとね〜」
なんだか凄くはぐらかすような言い方…。
でも天音ちゃんが楽しそうなら別になんでもいっか。
「そうだ、これチョコチップクッキー作ってみたから食べて」
「え〜!凄い美味しそう!いただきます!」
昔、ママに教えてもらったお菓子作り、今は天音ちゃんに食べてもらうため“だけ”にしている。
いつも天音ちゃんは嬉しそうに食べてくれる。その顔がとても愛おしくて、同時にその顔は私の前だけで見せてほしい。
他の誰でもない、私にだけ。
「本当に恋歌ってお菓子作るの上手だよね。これなら一生作ってほしいな〜」
「…っ!も、もう天音ちゃんすぐそういうこと言う…」
天音ちゃんはいつも私が欲しい言葉をくれる。
その言葉は凄くこそばゆくて、顔が熱くなるし恥ずかしくて天音ちゃんと顔を合わせられなくなる。
でも今言われると、私の中で黒いなにかが膨れ上がるような感覚になる。
「な、なんか私いま凄い恥ずかしいこと言っちゃった?と、とにかくラジオ!そろそろ収録だから行こ!」
「う、うん!」
何故か珍しく天音ちゃんも恥ずかしそうに顔を赤くしているけれど、それどころじゃない。
ラジオ収録のスタジオまで私たちは無言のまま向かった。
「お疲れ様です。お願いします!」
何とか気持ちを落ち着けてスタジオに入る。
いつも通りプロデューサーの方と打ち合わせをして部屋に入る。
「う〜ん」
「どうしたんです?」
「いや〜、なんか2人共顔赤いなって?」
「そんな顔赤いです?」
「うん、お風呂に長く浸かったあとくらいは」
隠したつもりだったけど、隠しきれていなかった。
というか、私たちって割とわかりやすいのかもしれない?
「別になにかあったわけではないので」
「そっか、じゃあ始めよ」
「お願いします」
案外、すんなりと納得されてラジオ収録が始まった。
「こんにちは〜、若月 天音です〜」
「こんにちは、篠崎 恋歌です」
「今日も始まりました、あまれんの幼なじみラジオ!幼なじみだからこその絡みが魅力らしい?ラジオ番組でございます〜」
「いえーい!」
あまれんの幼なじみラジオ、現役高校生(最近なったばかり)の私たちが同じ世代の人たちのお悩み相談に答えたりするラジオだ。
要は学生向け、たまに親子さんやファンの方がお便りをくれたりする。
「この番組も…って言ってもまだ13回目だからまだまだ新鮮かな?」
「新鮮っていうと、さっき恋歌に作りたてホヤホヤのクッキーを貰ったんですよ、いいでしょ?」
「出た、天音ちゃんの幼馴染マウント〜」
「それはさておき、今日は恋歌がお知らせがあるんだよね〜」
そう、今日は私の「冴えない恋と、すれ違い」出演のお知らせもかねた収録だ。
それで、お知らせを挟んでから青春に関した質問に答えていく、そんな流れだ。
「そうなの、『冴えない恋と、すれ違い』っていう小説の実写ドラマに出演することになりました〜!」
「恋歌その小説大好きって言ってたよね、おめでとう〜!パチパチ〜」
「来月7月の頭から放送なのでぜひ〜」
軽くお知らせしたところで、今日の本題の質問コーナー。
天音ちゃんはこのラジオが好きみたいだから言えないけれど、私は少し苦手だ。
時々、お便りで来る「私たちの私生活」に関する質問…あれに応えなければならないことがあるから。
私と天音ちゃんの生活は2人だけが知っていればいい、大切な記憶だからこそ他の誰かとは共有したくない。
「それじゃ、今日は『冴えない恋と、すれ違い』にちなんで青春だな〜っていう質問に答えて行きまっしょい」
「お〜!」
「じゃあまずはこれ!ラジオネーム……」
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