第4話 『好きと、辛さと、2人の距離』

 結局、私たち2人の中では百合営業をすることに決まった。


 もちろん、『私をつけてきている誰かへの警戒と牽制』を前提として。


 あとは莉珠さんや私たちのマネージャーさんがどう応えるか。


 本当は話し合ったあと、すぐに伝えるつもりが仕事の都合でなかなか機会がなくて1ヶ月くらい先になってしまった。


 今日は私がドラマの撮影が入っているため、それが終わってから莉珠さんたちに話す予定だ。


 あの日、天音ちゃんに百合営業を持ちかけられてから私の心と特別はなにか別のものに塗り替えられていくような先の見えない暗闇にはまった。


 天音ちゃんの優しさは私が一番よく知ってる。

 けれど、今はその優しさがどうしようもなく切ない。


「……かさん?」



「……恋歌さん?」


 呼ばれた方に顔を向けると、今日から撮影が始まるドラマの監督さんが心配そうな表情で私を見ていた。


「大丈夫?表情が暗かったからさ?もしかして体調悪い?」


 いけない。今は仕事の最中、集中しなきゃ。

 意識を仕事に向け、私はいつもの明るい篠崎恋歌に戻る。


「すみません〜、ちょっとだけ考え事をしてただけですので!」


 そう言って、スタッフさんや他の共演者の方に頭を下げ撮影が始まった。


『冴えない恋と、すれ違い』

 私が昔から大好きな小説、高校に入学した主人公の女の子村山が偶然部活(写真部)の先輩が放課後に学校の風景を撮影しているのを目撃して写真を通じて仲良くなっていく物語。


「先輩!」


「うわっ!?びっくりした!…なんだ村山か」


「なんだとは何ですか、たまたま見つけたので声掛けちゃいました!何してたんですか?」


「ん?あぁ、生徒会が植えた花壇を撮ってたんだ」


「ここ綺麗ですよね〜、お花好きですか?」


 先輩役の演者さんと演技を交わしていると、自然と小さい頃の記憶が蘇ってきた。


 あの頃は恋愛とかよく分からずに読んでいたけれど、何故だか村山の先輩へ抱いていく感情が心地よくて何度も何度も、齧り付くみたいに私は夢中だった。


 今ならその理由が何となくわかる。

 天音ちゃんのことが大好きだから、その気持ちを幼いながら村山と重ねていたのだと思う。


 ……今日の撮影が無事終わり、挨拶をして私はマネージャーさんの車に乗った。


「ふぅ…」


「お疲れ様です、どうでした?憧れだった作品に出れて?」


「凄く、楽しかったです…本当に」


 撮影終わりはいつもこんな感じでマネージャーさんと振り返り、感想会?みたいなことをしながら帰ることが多い。


 撮影が楽しかったのは間違いない、実際昔から好きな作品だから感情も乗せやすかったし、何より私の演技を天音ちゃんは必ず観てくれるから嬉しい。


 ……でも私の中で一つだけ引っかかったものがある。

『冴えない恋と、すれ違い』それはただ部活の先輩後輩が結ばれるだけの話では無い。


 村山はその後、先輩と過ごすうちに先輩に好意を持つようになるものの、その気持ちを伝えてしまいもし拒絶された時、今まで通り接してもらえるのか不安になり気持ちを押し殺すようになる。


 まるで今の私みたい…そう思うとどうしてか役に身が入る。


「あの、今から言うこと、驚かずに聞いて欲しいんですけど」


「ん?なんですか〜?」


「天音ちゃんに百合営業しないかって言われました」


 その一言にマネージャーさんは飛び上がるくらい驚いたのは言わずもがな。


 ちょうどさんが今日は予定が空いているからこのまま事務所で話をする流れに…。とてもじゃないけれど今の私は天音ちゃんと顔を合わせたくない。


 合わせたら、何かが壊れてしまいそうで怖いから………。


 ※※※


 事務所に着くと天音ちゃんが先に待っていて、一緒に社長室へ入ることに。暗い顔してないかな?また天音ちゃんに心配させないかな…。


「あまねんとれんちゃんから大事な話しなんて珍しいじゃない、何かあった?りーちゃんがな〜んでも解決してあげるよ〜?」


 このやけにフレンドリーで癖のある人が私たちの事務所『リズベット』の社長、本郷 莉珠りずさん。大の女性好き。


「莉珠、気持ち悪いですよ」

「酷い!?これでもあまねんとれんちゃんのこと心配してるんですよ!私!」


 莉珠さんに当たりの強いこの人は莉珠さんの秘書?(お姉さん)の珠里さん。とても仕事が上手で私たちの仕事もこの人が少なからず根回ししてくれている。


「え〜っとぉ…とりあえず話していいですか?」


 天音ちゃんの一言でいがみ合っていた2人が真剣な表情でこちらに向き直す。


「うん、な〜に?」


「実はですね、恋歌と百合営業をさせていただけないかと思いまして?」


 天音ちゃんからの百合営業の許可の申し出に、莉珠さんは少し腕組みをして考えるような仕草をしてすぐに口を開く。


「君たちってお付き合いしてるんじゃなかったの?」


 私たちは思いもよらないその一言に、顔から蒸気が吹き出るくらい顔を真っ赤にする。


「…あら?もしや私、またまずいこと言っちゃった感じ?」

「そのようね」


 莉珠さんの爆弾発言に珠里さんが顔色一つ変えずに応える。


「だってさ〜?最近指輪してんじゃん?だからそうなのかなって?」


「え、えっと、これはその〜…子役からこの仕事始めて10周年だから記念のアニバーサリーリングで…」


「え?ほんとに?」


 私は莉珠さんの疑問に顔を俯かせたまま首を縦に振る。


「あちゃ〜、そうだったんだ。えっ?じゃあなんで百合営業?」


「えっと、理由なんですけど…」


 天音ちゃんが理由を話し始めようとしたタイミングで私が遮るように理由を述べる。最近私の周りであとをつけている誰かがいること、その事で私になにか重大なことが起こらないように牽制も兼ねてしたいということ…。


 話すたびに、胸をナイフで引き裂かれ掻き回されるような気分に襲われる。辛い…苦しい…。


「ふむふむ、なるほどそういうことね」

「まさかそのようなことが起きていたとは…」


 事態を重く見たようで、莉珠さんと珠里さんの顔色が暗くなる。


「ほんとごめん、凄く…言いにくかったよね?」


 莉珠さんが私を見ながら頭を下げる。それはいつもの莉珠さんからは考えられない姿で、多分初めてのストーカー被害の報告なんだろう。


「いえ、私も早くに伝えれば良かったんですが…」


「とりあえず全然百合営業はやっちゃっていいよ。アイドル以外の百合営業はあんまり聞いたことないけどそれはそれで面白そうだし」


「社長…!ありがとうございます!」


 結果、百合営業はしていいことになり、事務所から私のストーカー被害についての文書を出してもらうことに決まった。


 一緒の仕事でこれまでより仲良くできるのは当然嬉しいけれど、これで本当に良かったのか帰りの車の中で私はこれからの天音ちゃんとの距離感にどう向き合っていけばいいのか…私には分からない。

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