第3話 『ずるいよ』
つい最近受けたインタビューの記事を見ながら、私篠崎恋歌は少しだけ悶々とした気分に包まれていた。
「はぁ…天音ちゃん、可愛いな」
この言葉だけなら、推しのアイドルか何かに恋焦がれる女の子に見えるかもしれないけれど私が恋焦がれるのはおよそ10年もの、とても長きに渡る片想い。
天音ちゃんのことを好きになったのは小学生に上がってすぐの頃、運動音痴だった私が体育の授業で転けて怪我をした時…。
「いたた…」
そんな時に私のことを最初に心配して駆け寄って来たのは天音ちゃんだった。幼なじみなのだから当然と言えば当然なのかもしれないけれど天音ちゃんは自分のことのように心配してくれて手当までしてくれた。
「恋歌、沁みるけどちょっと我慢してね」
「う、うん…」
この時の天音ちゃんの真剣な表情と優しさのギャップに私は一目惚れをしてしまっていた。
「よし、もう大丈夫!んふふ〜」
さっきまで真剣だったのに手当が済んだ途端、無邪気な笑顔をこちらに向けて来る姿を思い返すだけでご飯3杯はいける、それくらいの一目惚れ。
「小さい頃から何をするにも一緒にいて、ある意味家族のような存在…か。」
雑誌に書かれた私から見た天音ちゃんの印象、という質問の応えを反芻しながら一つ一つの質問を大切に見返すこの時間が言葉にできない感情を昂らせる。
「私と百合営業しない!?」
それは本当に突然で私は少しだけ出すぎた真似をしてしまう。
「天音ちゃんは私とそうなりたいの?」
本当に、本当に突然過ぎて気づくと私は天音ちゃんににじり寄って問いただすようにそう聞いていた。
「それ、どういうことかわかって言ってる?」
百合営業、は同じ事務所の方々の間でさえ聞かないのに一目惚れの存在がそんなことを言ってくるなんて想像もしていなかった。
天音ちゃんとしては最近私が誰かにつけられているかもという話しから「牽制」として…やってみようということだけど、あまり1人で行動しないようにしようと思っていただけにそれ以上は何も追求はできなかった。
「天音ちゃんと百合営業なんて、心臓がいくつあっても足りないよぉ…」
百合営業…軽く調べてみたけれど、イチャイチャ…イチャイチャ、イチャ…。
「あ〜!いくらなんでもそれはなんというか、超えちゃいけないラインというか…!」
コンコン…。
「恋ちゃん?どうしたのおっきい声出して?ご飯だから降りてきてね」
ドアの向こうから聞こえて来たのはママの声。
この悶々とした状態で現実に引き戻されて、なんだか生殺しに合った気分…。その後、リビングに来た私が浮かない顔をしていてママとパパに凄く心配されたけどなんとか誤魔化してお風呂に逃げることに…。
「さすがに言えないよ、天音ちゃんに百合営業しようって言われたなんて…」
でもいずれは百合営業してることはテレビを観てたら気づかれるかも…ていうか莉珠さん(事務所の社長)にはなんて言うんだろ?さすがに許可なしでやるのはダメだと思うし…。
ていうか急にそんなこと初めてファンの人達はどう思うんだろう…。
ダメだ…色んなことがごちゃごちゃに頭の中で動き回ってよく分からなくなってきた。たった一言なのにこんなに思考がまとまらなくなったのは初めてだ。
それだけ私の中で天音ちゃんは特別で、かけがえのない大切な人っていうのは私が一番よくわかってる……つもりだったのにその大切な人に手が届きそうという希望が見えるとどうしても尻込みしてしまう。
「なんだかなぁ…度胸がないというかなんというか…」
天音ちゃんのことは好き、大好き…。
でも、もしこれで変に期待して天音ちゃんに軽蔑されたら?一生今までの関係じゃいられなくなったら?
『恋歌…私のことそんな目で見てたなんて、心配してたのに損した』
「それは嫌だ。天音ちゃんに嫌われるのは絶対に嫌だ。」
私より先に仕事が終わったら私のところまで会いに来てくれて、時間がある時はお昼を食べたり、勉強したり、オフの日は遊びに行ったり…そんな優しくてずっと一緒にいたいって想える人。
そうだ。天音ちゃんとの約束、『2人でずっと笑い合える関係でいること』…それだけは絶対守りたい、守っていきたい。
だから私は伝えない。
この想いだけは絶対に伝えちゃダメ。
だって天音ちゃんのことが大切だから。
私と天音ちゃんを繋ぐ、たった一つの大切な約束だけはなかったことにしたくない。
「……ずるいよ、天音ちゃん」
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