第2話 『百合営業ってこんな感じなのかな?』

 やってしまった……………。

 私は恋歌に、幼なじみになんてことを言ってしまったんだ。だけれど後悔先に立たず。私が体を強ばらせて喋れないでいると恋歌は少し間を開けて話し始めた。


「……天音ちゃんは私とそうなりたいの?」


「えっ、あっ、とぉ…その…」


 私がドギマギしていると恋歌が急に真剣な顔を近づけてきた。


「それ、どういうことかわかって言ってる?」


「う、うん!でもあれだよ!?恋歌が最近1人で歩いてると誰かにつけられてるかもって言ってたからであって…」


 私が精一杯それっぽい理由を付けて言い訳すると、恋歌は顔を遠ざけて「そろそろ宿題やろ?」とさっきまでのふわふわした喋り方に戻った。


 もちろん100%言い訳の口実という訳ではない。

 少し前…1ヶ月くらい前から恋歌から跡をつけられている気がする話は聞かされていたから熱狂的なファンの可能性もあるし、それを牽制しておくに越したことはない。


 ……はずなんだけれど、どうも私の恋歌への好意のせいで邪な理由の方が強くて申し訳なくなる。


 ごめん、恋歌…!


「私、ちょっと飲み物取ってくる。天音ちゃんはなにかいる?」


「え、えと、麦茶で、お願いします」


 気まずい空気の中、恋歌の一言に敬語になってしまった私をよそに恋歌は部屋から出ていった。出ていく途中恋歌の顔が赤くなっていることにこの時の私はもちろん気づかない。


 その日は結局それ以上踏み込んだ話はなく、勉強を済ませると私は足早に帰路に着いた。


「やってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまった!」


 あーもう、我ながら突然すぎる!

 段階…とかの問題、でもないけど、もう少し空気というかなんというか、仮に邪な思いが一切ないにしてももっと切り出すにもタイミングがある!


 絶対恋歌に軽蔑された…明日からどう接すればいいんだろう?…っていうかもう共演NGされて一生仕事ですら話せなくなる可能性も………。


 うわ〜!!!と今にも叫び出したいくらいの気分だ。

 昔から若干距離感がバグっているところはあったけど、これほどまで重症なのも逆に珍しい。


 もちろん、邪なんて言い方をしているけれど恋歌とそれだけの関係になりたい訳では無い。2人で色んなところに旅行に行ったり、くだらない話をして、今の幼なじみとしてよりもっと特別な関係になりたい。


「くよくよしてちゃダメだ。いつかちゃんと想いを伝えて恋歌の特別に、恋歌を私の特別にするんだ!」


 そうと決まればまずは恋歌とちゃんと話し合わないと…!


 そのためにもまずは2人だけになれるところで、誰にも聞かれず穏便に…それで上手く行けば社長にも話してOKが出れば…。


 あまり上手く行きそうな気はしないけれど、何事もやってみなくちゃ分からない。大丈夫、私ならできる。


「とにかく明日、学校で会ってちゃんと話そう」


 その日は明日のことだけを考えて早めに寝ることにした。いつもは恋歌と遅くまで通話したりもしていたけれどさっきの今でそんなことをする勇気はないし、恋歌からも特に何もなかった。


 ただ一言だけ。


【明日、大切な話しがあるからいつものとこで待ってて】


 既読はすぐに着いて恋歌からも返信がきた。

【まってるね】という一言を確認すると私は一目散に布団に潜り込んで少しの不安を胸に眠りについた。


 …次の日、私の心臓以外はいつも通りの学校生活を何事も無かったように送った。もちろん緊張で授業の内容は1つも頭に入る訳もなく…。


 そして昼休みになり、私は足早に約束の場所に向かった。

 時間は書かなかったけれど、放課後は仕事が入っていることがあるから、私たちが集まるのはいつも昼休みの時間だ。


「お待たせ!」


 勢い良く約束の場所、誰も使っていない空き教室の扉を開けると恋歌はいつもの優しい笑顔で「お待たされ」と返事をしてくる。


「えっと…ごめんね?用事とか大丈夫だった?」


「大丈夫だよ?ていうかいつもここでご飯食べたりしてるでしょ?」


「あっはは…そ、そうだよねぇ」


「それで、大切な話し…って多分昨日のだよね?」


 うぐ、やっぱり気づかれてた。

 こういう時、恋歌は案外察しがいいのを忘れてた。


「う、うん、その事なんだけど…」


「百合営業、私はいいと思う」


「そうだよね…ごめん、急に私何言ってんだろうね…恋歌のためとはいえ…え?」


 私の聞き間違い?確かに今恋歌の口から百合営業に肯定的な言葉が出たような…。


「天音ちゃん、すっごい慌ててたけど、ほんとに私のことを気にかけてのことだもんね?」


「う、うん」


「どんなことしていいのか分からないけど、それで怖い思いしなくて済むなら…」


 そう言う恋歌は普段見せないくらい縮こまって小動物のようだった。


 すぐ近くにある私の家で夜まで勉強した帰りでも、私が恋歌の家まで見送りするくらい怖がりで、案外繊細なとこがあるから恋歌なりに怯えていたんだ。


「恋歌…」


 私はなんて馬鹿なんだ。

 恋歌が辛い思いをしてるのに、好きって気持ちで浮かれてた。好きならちゃんと私が守らなくちゃダメだ。


 百合営業はそのための手段なだけ。

 私がちゃんと努力して恋歌にも私のことを恋人として好きになってもらわなきゃなんの意味もない。


「恋歌、おいで」


「うん」


 そう、だから私は今はまだ浮かれない。

 浮かれるのは恋歌と恋人同士になってから。それまでは恋歌が安心できるような、幼なじみとして精一杯のことをしていこう。


「なんかこうしてるの恥ずかしいね」

「あっはは、普通の幼なじみでもこうやって抱き合うこととかないだろうしね」


「百合営業ってこんな感じなのかな?」


「どうだろ?」


「言い出しっぺなのに適当〜、でもなんだか安心するかも」


 いつもは相当嬉しいことでもない限り抱き合ったりはしないけど、癒し効果?みたいなのもあるみたいだし百合営業とか好きになってもらうとか関係なく確かに癒されているような気がする。


 今はただ、こうすることで早くなる私の鼓動が恋歌に伝わらないことを祈るばかりだ。

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