第三話 お金を貸しただけなのに

 今朝、嫌なことがあった。

 着信音は鳴らなかったのに、目を覚ましてスマホの時間を確認すると、一分前に母から電話が入っている。

 十時前だったので、後三十分程で母も仕事だ。何があったのだろうか。

 僕は嫌な予感をしながらも電話に出る。向こうから電話がかかってくることは、ほとんどない。おそらく急用だろう。

「どうしたが?」

「二千円貸してくれんけ? ごはん買う金もない」

 金の無心だった。大概、お金を貸してもらう人は前置きに感謝の言葉だったり綺麗な言葉を使う。おそらく罪悪感からだろう。母も例の如く昨日、僕が食料とトイレットペーパーを渡したことに感謝しながら金をせびってきた。

 僕は悩んだ。他人にお金は貸したくない。トラブルになるのは目に見えてるし、何より自分の精神に負荷がかかるのは避けたい。けれど、家族となれば事情が変わってくる。

 母は叔母と暮らしている。叔母は統合失調症で障害年金を貰って働いていない。母も障害年金を貰いつつ、A型事業所で働いている。

 持ち家だが、冷房などで光熱費が嵩んだりしているのだろう。少ない年金で何とかやりくりしているのは目に見えている。それに母は動かない叔母の面倒を見ているため、ストレスもあるだろう。

 もし僕が金を貸さなければ、生活の為に万引きするかもしれない。

 昨日だってトイレットペーパーがないならティッシュで拭くといっていた。

 拭いた紙はトイレに流せないからごみ箱に入れると。僕は流石にそれは衛生的に駄目だと言ってトイレットペーパーを渡した。

 要は、先が見えないのだ。母も、叔母も。家は掃除をしていないから埃だらけで、使えなくなったものは放置して使えるものを次々と潰しながら生活している。

 自分のことすら満足に自分で管理が出来ない。

 僕が叔母に対してなぜ自分のことを自分で出来ないのかと憤ると、何故か母が謝る。


「分かった。いいよ」

 僕は電話越しにそう言った。

「月末に給料入るからその時返すちゃ」

 母が、僕にそう言った。

 給料が入るまで三日ある。そして、おそらく母は嘘を言っている。

 どう考えても自転車操業なのに返せるわけがない。

 本人は返すつもりだろうが、返した後の生活を考えずに言葉を発している。

 目の前のことしかできない人間がそこにいた。しかも、僕の肉親である。

 母も、叔母も。どちらも快不快を基準に、目の前のことしかこなせない。

 しかも叔母に至っては、自分の目の前のことすら自分でしない。


 僕の頭の中に「無駄」という言葉が思い浮かんだがすぐに打ち消した。

 結局のところ、突き詰めれば優生思想になる。それはよくない。

 僕は勉強してきたのだから、間違った選択はしちゃいけないのだ。

 しかし、今の僕に二人の抱える問題を解決する力がなかった。

 僕も僕の生活を何とか維持するので精いっぱいだ。

 しかも、この生活もいつ崩れるか分からない。僕の家族の行く末が分からない、死にたくない。


 このままだと「無駄」に殺される。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る