第4話 他流

 しばらく山道を歩いていると、下を一望できそうなひらけた場所に出る。


 どうやらここが芝天狗くんのお気に入りの場所らしい。


「どうだ! 綺麗だろ、この場所」


 ニカっと太陽のような笑顔を見せながら、私の手を引いてもっと前に来るよう促してくる。


「うん、ちょうどいいね。ここからならついでにこの街の説明もできそうだ」


 心地の良い風に吹かれながら髪の毛をたなびかせる河童さんは、最後にボソッと歩くのもめんどくさいしと呟く。


 怠惰な河童だ、まったく。


「いいかい、あの辺が僕ら妖怪が住まう住宅地。で、その近くにある広場は公園。公園からしばらく歩くと大きな川があって、僕ら河童はよくここら辺にたまってるかな」


「ふうん、やっぱり水遊びが好きなのね、河童って」


「水遊びなんて可愛げのあるもんじゃないさ。あの川では、日々死闘が繰り広げられて……」


「ただ水上相撲をとってるだけだろ」


「んなっ!」


 河童さんはどうしても私を怖がらせたいらしく、恐ろしい顔をしながら語っていたが、芝天狗くんのツッコミでなんともマヌケな顔へと変化する。


 その一連の流れに笑いつつ、全体的に鮮やかな色の街を見下ろしていると、ふと他の家とは比べ物にならないほど豪華な建物があることに気がついた。


「ねえねえ、河童さん。あの建物はなんなの?」


 いたずらっ子のように逃げまくる芝天狗くんを、鬼の形相で追いかけていた河童さんに立派な建造物のことについて尋ねてみる。


 すると彼はハッと我に返り、相変わらずザンバラな髪を揺らしながらこちらを振り向いた。


「あれを見つけるなんて、ユミは相当勘が冴えてるね」


 近づいてきながら息を整える。


 今の言い方的に、河童さんはわざとあの建物のことについて黙っていたらしい。


 なぜそんなことを。


 怪しげな笑みを浮かべる彼に眉を顰めながら、私は次の言葉を待つ。


「あの建物、実はね……」


 ゴクリ。


 生唾を飲み込んだのは、どういうわけか私ではなく芝天狗くん。


 私たちの期待のこもった眼差しに、河童さんはドヤ顔でこう言い放った。


「龍様が住んでらっしゃるお家なんだよ‼︎」


 今まででいちばんの声量を出した彼の一言に、その場はシン、と静まり返る。


「……ふむ、思ってたのと違う反応するね、二人とも」


「だって、まず龍様が誰なのかわからないんだもの。へえー、くらいにしか思わないわよ」


「あれ、言ってなかったかな」


「俺は知ってたから今さらって感じだしな」


「じゃあなんでお前はあんなにワクワクしてたんだい!?」


 ザンバラ髪を逆立たせながら、芝天狗くんの肩を揺さぶる河童さん。


 しかし、当の本人は揺れる顔に余裕そうな笑みを浮かべている。


 私は小さな子どもに煽られて荒ぶる大人の図にため息をつきながら、なんとか河童さんをなだめることに成功した。



「——それで、さっきから言ってる龍様っていうのはいったいなんなの?」


 まあ、聞かずともなんとなく名前から大体の予想はつくけれど。


 目の前の、自称この街のリーダーをやっている河童さんが、髪の毛で見えない目を輝かせているので一応聞いておくことにした。


「ふふ、いいかい、ユミ。龍様はこの世界のリーダーの中のリーダー、いやおさの中の長……! つまり、ユミたちの世界で言う神様のような存在だよ」


「へえ」


「反応うすっ!」


 だって予想ついてたしなあ。


 先ほどから情緒不安定な彼はオヨヨと泣き真似をし始める。


「……でもよ、ユミ。これは予想できてないだろ」


「え? これってどれのこと?」


「ちょ、それは……!」


 河童さんの機嫌を直そうと奮闘している私に、今度は芝天狗くんがドヤ顔でやってくる。


 どうやら彼はさらに重大な秘密を握っているらしい。


 なぜか焦った様子の河童さんが芝天狗くんの口を塞ごうとしていたが、彼はそれをものともせず話し始めた。


「さっき河童が、何回か人間がここに訪れてきたって話しただろ?」


「うん、言ってたわね」


「芝天狗、本当にストップ!」


 数分前の私たちの会話を思い出しながら頷く。


 私の隣では、その話をした本人が必死に芝天狗くんの発言を止めようともがいている。


 その様子を見ていると、これから明かされる秘密は実はよくないものなんじゃないかと胸騒ぎが起こった。


「でももうそいつらはここにはいねえんだ」


「えっ、どうして?」


「芝天狗!」


 河童さんの、さっきまでとは違う、空気を震わすような声色に私の肩がびくりと跳ねる。


 心なしか、周りの空気も重くなってきているような気がした。


 このままではダメだと悟った河童さんは、腰に下げているひょうたんを手に取り、芝天狗くんの方へ口を向ける。


 すると、明らかにひょうたんの容量に収まりきらないほどの水が飛び出し、彼の小さな体をくるりと縛り上げた。


 ついで、縄のように動く水は芝天狗くんの口元を覆おうとする。


 しかし、彼のニヤリと歪んだ口が回る方が早かったようで——。



「そいつら、元の世界に帰ったんだよ。龍様の力でな」



 そう言い切った彼は、苦しそうな顔でごぽ、と音を立てながら河童さんの操る水に包まれた。







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