第8話 預言2
長かった会議も終わり、上からの命令で定時帰宅した達夫は、さっさと夕飯も風呂も済ませ寝室でスマートフォンをを触っていた。自席で食べる哀れなコンビニランチ。菓子パンの写真とともに、自虐なコメントにも”いいね”はかなりの数だった。
『私も同じような境遇です』
『預言者と同じ菓子パン買いました!』
『昼飯食えるだけ羨ましいっす。時間ないです』
そんなコメントに機械的に”いいね”を付けていた。その時だった。
『ジィージィージィージィージジジジジジジ・・・』
きた!ついに、耳鳴りがまたきた。何か預言めいた事が拾えるのではないか。そう思いメモ帳アプリを開いて耳鳴りのノイズを聞く。
『「ジィージィー・・・タカナー・・・ジジジジジジジ・・・シィィシュウウ・・・ジィージィー・・・ソウヤマ・・・ジジジジジジジ・・・イィィデニュ・・・ジィージィー・・・インコ・・・タイ』
3回くらいだろうか、耳鳴りのノイズから拾ってメモ帳に入力してできた文字は
『タカナーシィィシュウウソウヤーマイィィデニュインコタイ』
早口で声に出してみてる。ゆっくり声に出してみる。何度か繰り返してみるが、達夫には何のことかさっぱりわからない。やはり預言なんかないんだろうな。スマートフォンを片手に何度も入力した文字を読んでいると、靖子が部屋に入ってきた。
「今、なんか言った?高梨首相がどうとか、こうとか。政治に興味なんかあったっけ?」
達夫はもう一度、入力された文字を読む。
「タカナシシュショウ、ヤマイデニュウイン、コタイ。高梨首相病で入院・・・コタイ。コタイってなんだろう。」
靖子は何かに気が付いたようだ。
「あっ、わかった!交代よ。交代。高梨首相が病気で入院して首相が交代するってことじゃない?」
なんだって?
「いや、でもさ、さっきニュースで一緒に見てたじゃん。かなり元気なオッサンだったよ。記者のくだらない質問を一喝したり。全国飛び回って、あちこちで演説したり、視察したりで忙しそうには見えるけど。血色も良かったし、やつれた感じもしなかったしなぁ。」
ここ最近の首相は地方に行けば大きな声で演説をし、記者団のぶら下がりと呼ばれる取材でも、おやじギャグ飛ばしてたりで絶好調だ。明日からもアメリカに飛んで、大統領とゴルフの後は首脳会談と報道されていた。血色の良い大きな顔が、画面いっぱいに映っていたではないか。
「あの首相が病気交代するなんてあり得ないでしょ。」
靖子もうなずく。
「確かにね。病気とは無縁っぽい元気おじさんって感じだもんね。」
高梨首相が病気交代。あり得ない。あり得ない気がするけど、自分の預言を信じたい気もする。当たれば、また時の人になれる。あの興奮をもう一度味わえるかもしれない。そう思うと同時に、SNSのアプリを開いていた。いや、ちょっと冷静になろう。先に飯田くんに知らせてみよう。メッセージアプリを開いて飯田に送信する。
『預言きたよ。高梨首相が病気で総理交代だ』
即返信
『マジすか!でも、今回はハズレそうですね。さっきニュース見てたすけど、かなり元気そうでしたよ。でも面白いので投稿してみてくださいよ。楽しみにしてます』
達夫はSNSに投稿をした。
『新たな預言が降りてきました。高梨首相が病気で入院し首相が交代します。そんな事にならなければ良いのですが』
瞬く間に”いいね”とリポストが増える。
『新たな預言きた』
『高梨首相、病気と無縁っぽいけど(笑)』
『今日も元気なオッサンだったじゃねーか、ハズレだな』
コメントも盛り上がってきた。達夫は、もし当たったら大騒ぎだな。今度は取材申し込みきたら受けようかな。そんな事を考えながらアプリを閉じた。
「ねー、私ちょっと心配なんだけど。ここ最近ずーっとスマホ見てばっかだし。預言とか調子にのって投稿して、もし何かあって炎上でもしたら大変よ。ほどほどにしてね。」
靖子の言う通りだ。俺もIT部門の端くれだ。リテラシーくらいわかってる。でも、あの興奮には勝てないんだよ。
「うん、気を付ける」
達夫は気のない返事をして布団にもぐって寝たふりをした。
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