第4話 的中1

翌日、達夫は朝から仕事に忙殺されていた。チャットに電話に、デスクまでやってきて話し込む強面の酒井部長。気が付けば13時を過ぎていた。達夫の会社は、やる事さえやっていれば比較的自由が利く会社で、昼休みがずれ込んだくらいでは、誰も文句は言わない。


「吉岡さん、飯まだですか?」

背後から声を掛けてきたのは飯田だ。飯田もここ数日残業ばかりで、疲れた顔をしている。

「おう、やっと解放されたよ。いつもの中華行く?」

二人は連れ立ってオフィス近くの町中華へ向かった。会社から一番近い中華屋だ。注文したのは、いつもチャーハンセット。日替わりの麺と、チャーハン。ザーサイと小さな杏仁豆腐まで付いて850円だ。

「今日の日替わりはワンタン麺か。結局、いっつもこのセットになっちまう。」

二人分のコップに水を注ぎながら達夫は苦笑いした。

「そう、結局これなんですよね。吉岡さんに教えてもらってから、ここの店に来る率めっちゃ上がりましたよ。」


飯田もこの店が好きらしい。注文を取りに来た肌のきれいな若い女性は、片言の日本語で確認をする。奥の厨房からは喧嘩でも始まったのかと思うような大きな声の中国語が飛び交っているのが聞こえる。中国語にもいろいろ種類はあるのだろうが、正確に何語なのかはさっぱりわからない。


店内の隅にある大型テレビには、高梨首相の映像が映っている。血色がよく恰幅のいい昔ながらの政治家といった風貌だ。ワイプ画面では、したり顔のコメンテーターが高梨首相の悪口を言っているようだ。

「昼間のワイドショーってのは、政治家の悪口ばっか言ってんだな。毎日飽きないのかね。」

先に運ばれてきたザーサイをつつきながら達夫はうんざりした口調で言った。

「僕、高梨首相結構好きなんですよ。ガキの頃にテレビで見てた総理大臣って感じで。」

そういえば飯田から政治の話なんか聞いたことないな。そんな事を考えていたら、チャーハンとワンタンメンのセットが運ばれてきた。たっぷりのワンタンに、ホウレンソウ、薄っぺらいチャーシュー、味が付いてない半分のゆで卵。もやしに、少量のネギ。醤油ベースの特に美味い何かがあるわけじゃない。ただ、いつ食べても美味しく感じるのだ。値段を考えればかなりのお得なセットだ。二人は無言ままワンタンメンとチャーハンに取り掛かる。


二人とも同じようなペースで食べ進め半分くらいになった頃だった。テレビから不気味な音が聞こえてくる。画面には緊急地震速報の文字。

「え?地震くんの?」

周囲が騒めきだした。そして、次の瞬間”ズドン”という感覚とともに揺れが始まった。達夫たちも、周囲の客のスマートフォンも一斉に不気味な音が鳴り出す。

「おおお、マジかよ。大きいのくるのか・・・」

地震速報が鳴っても、結局動けないのは皆同じようのだ。しばらく揺れて地震は収まった。感覚として時間は長かったが揺れは小さかった。震度2か3だろう。


「毎回この音にはビビりますよね。」

お手拭きで汗を拭きながら飯田が言う。テレビの画面は、したり顔のコメンテーターから切り替わって、ヘルメットを被ったニュースキャスターが映し出された。報道フロアと呼ばている場所の、どこにヘルメットを置いているのだろうか。達夫は毎回この手のニュース画面を見るたび考えてしまう。


『速報です。山形県地方で震度5。津波の心配はないようですが、十分注意してくださ。山形県地方で震度5です。』『繰り返します。山形地方を中心に震度5の地震を観測しました。』


画面の日本地図が映し出されて、山形を中心に5~4、東京都心は2~1の数字が表示されていた。

「震度5は大きいな。ケガ人とかでなきゃいいな。」

達夫は飯田に話しかける。当の飯田は達夫の話に見向きもせず、スマートフォンを開いて驚きの表情をしている。

「よ、吉岡さんっ!」

飯田は普段では聞いた事がないような大きな声で達夫を呼んだ。

「な、なんだよ。急に大きな声で」

周りを見回すと、大きな声に反応したほかのお客さんたちがこちらを見ている。慌てて頭を下げる飯田。小声になって飯田は言う。

「いや、その、預言。預言すよ。昨日の吉岡さんの預言。SNSに書き込んでたじゃないですか。ピッタリですよ14時に山形で震度5。完璧な預言じゃないですか。うおー、凄いですよ。”いいね”がガンガン増えてる。リポストもめっちゃ増えてますよ!マジで凄すぎる」

達夫はすっかり預言の投稿の事なんか忘れていた。自分のスマホを取り出してみる。通知の数がどんどん増えていく。止まらない。

「お、おう・・・すっかり忘れてたよ。スマホの通知止まらないよ。」

嬉しいような怖いような、なぜかそんな気持ちを飯田に見透かされないよう、努めて冷静な口調で言った。


「とにかく飯食って戻らないと。山形に取引先の工場あったろ。うちのネットワークも使ってるから状況確認しないとな。」

そう言って残りのワンタン麺とチャーハンを急いで食べ、速足でオフィスへ戻った。

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