第2話 日常
吉岡達夫は今年38歳になるサラリーマンだ。見た目は平凡で、特に良くも悪くもない。妻の靖子は2歳下の36歳。何年か前に流行ったドラマの主人公の女優に似ている。なかなかの美人だ。5年前に結婚したが、まだ子供はいない。2年前には都心から少しはなれた郊外に一軒家を購入した。いろいろな事情が重なり、かなりの値引きがあり購入できた物件だ。狭いながらも庭もあり、家庭菜園のような事もしている。二人は、最近始めたキャンプを趣味にしている。週末になると車でキャンプ場に行き、焚き火にあたりながらダラダラとビールを飲むのが幸せだ。
達夫の勤め先は電子部品を扱うメーカーで、社内のITを運用する情報システム部門に所属している。数年前の感染症流行の時期から、テレワークをする社員が増えてきたためオフィスの縮小やら、テレワークに伴う社内のネットワークやセキュリティの見直し、持ち出し用のPCやスマートフォンの入れ替え作業などで、ここ最近は特に忙しい。以前に、お酒の席で聞かされた上司たちの”ありがたい武勇伝”から比べれば、まだまだ残業は少ない方だが、忙しいに変わりはない。
今日も早速チャット三昧だ。あちらこちらの部門から相談やら、問い合わせやらクレームやらが入ってる。最初に目についたのは、品質管理部門の強面の部長から長い長いお叱りのチャットが届いている。こりゃ、電話で話した方が早いな。今は各デスクに固定電話の設置はなく、個人でスマートフォンを貸与されている。イヤフォンマイクを付けて部長の短縮を呼び出す。
「あっ、おはようございます。システムの吉岡っス。」
何事もなかったかのように明るく電話をする。
「おう、チャットの内容見たか?あれ、どうなってんだよ。」
強面で有名な酒井部長とは、いつもこんな感じだ。酒井部長に対しては、ご機嫌伺いのように下手に出て接すると大変な事になる。あれもこれもと押し付けられて仕事が増えてしまうのだ。パワハラだと言う社員もいるが、達夫が見る限り相手の態度を見て楽しんでるだけだ。まぁ、それがパワハラなのかもしれない。最終的には助け舟を出してくれるので、実際には優しい部長だと思っている。
「あぁ、あの件ですよね。酷いっすよね。僕も困ってんですよー。」
などと困ったフリをして甘えてみると
「お前も大変だな。」
などと言って味方になってくれる。今回も、いつものように困ったフリをしつつお話を聞いて差し上げて、長話に付き合っていたら、結局は部長自ら動いてくれることで決着がついた。
「さすがですね、吉岡さん。酒井部長ですよね?相変わらず仲いいですね。」
電話のやり取りを近くて聞いていたのか、同僚の飯田隆司が話しかけてきた。飯田は中途採用で入ってきた同年代の社員だ。ITに関するスキルがかなり高く、達夫は密かに尊敬している。飯田は、中途採用ということもあり、達夫の後輩のような距離感で接してくる。プライベートでも一緒にキャンプに行く仲だ。
「いやいや、俺はITスキルが低いから、こうやって人と話して誤魔化す仕事しかできないのよ。飯田くんみたいにスキル高ければ、技術力で見せてやるんだけどなぁ。」
「いやいや、僕なんかは吉岡さんみたいな話術がないんで、すぐ喧嘩になっちゃう事が多いんですよ。」
こんな二人なので話術と技術で自然とコンビを組んで仕事を進めることが多い。
「あ、そういば見ました?預言のやつ。」
飯田は達夫と同じSNSをやっていて相互フォローをしている。
「見た、見た。”いいね”3万超えてたな。」
「あれ、凄いですよね。僕もなんか当てたいですよ。」
そういう飯田はITの技術に関する投稿でかなりの”いいね”をもらっている。そこも達夫は羨ましいのだ。
「なんか預言でも聞こえてこないかな。」
達夫は両手を上げて天を仰ぐような仕草をしてみる。
「ですよね。あっ、電話なってますよ。」
二人は、それぞれの業務に戻った。
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