第21話 一難去ってまた一難

「えっと……あの二人は大丈夫なんですか?」


 リヒトから解放された後、アイネは地面に倒れているルイスとライアンを指さす。リヒトから闇魔法で攻撃されていたことは分かったが、どれくらい負傷しているのかは分からない。


 リヒトは目を伏せながら、申し訳なさそうに告げた。


「大丈夫ではないかもしれない。怒りのあまり、闇魔法で繰り返し悪夢を見せてしまったからね。心を壊してしまっている可能性も……」


「はああ!?」


 アイネは思わず叫ぶ。まさかそこまで深刻な事態に陥っているとは思わなかった。


「どう考えてもやり過ぎでしょう! 何考えてるんですか!?」


「この二人のせいでアイネが危険に晒されたらと思うと、怒りで我を忘れて」


「もとに戻してくださいよ! 光魔法で回復させることはできないんですか?」


「身体と違って心は複雑なんだ。光魔法でも治療はできない」


「そんな……」


 アイネは息を飲む。光魔法で治療できないのは絶望的だ。


 だけど、このままで良いはずがない。心を壊した二人が廃人になる姿なんて絶対に見たくない。


「回復できないなら、全てなかったことにするような魔法はないんですか?」


「そんな都合のいい魔法は……」


 何かいい方法がないかと考えていると、あるアイテムの存在を思い出した。


「忘却クッキー」


 魔法菓子屋で見かけた忘却クッキーは、一定時間の記憶を忘却させることができる。秘密がバレた時に備えて、アイネは常に持ち歩いていた。今だって手元にある。


「そうか! 闇魔法を受けたことすら忘却させてしまえばいいのか! その発想はなかった」


 上手くいく保証はないが、今はこの方法に賭けるしかない。一か八か。アイネは意識を失っている二人の口の中に、クッキーを押し込んだ。


「んぐっ!?」


「ガハッ!?」


 突如異物が押し込まれたことで、二人は苦しそうに抵抗する。アイネは二人の口を押えて、クッキーを吐き出すのを防いだ。ごくん、と喉が動いたのを確認して手を離す。


「食べました」


「さて、どうなるか」


 緊張した面持ちで見守る。最初に目を覚ましたのは、ライアンだった。


「あれ、どうしてここに? あいつらとの待ち合わせ場所に向かっていたはずじゃ……」


 ライアンは、ゴースト捜索の記憶を忘却したようだ。これなら闇魔法を受けたことがなかったことになる。ホッとしていたところで、今度はルイスが目を覚ます。


「あれ、俺なんでここにいるんだ?」


 ルイスは目を擦りながら身体を起こす。アイネと目が合うと、きょとんと首を傾げた。


「君は、誰?」


 アイネは固まる。ルイスはふざけているわけではなさそうだ。嫌な予感がする。


「アイネ・ブラウン……」


 アイネが名乗った直後、ルイスは初めて話した時と同じように、にぱーっと人懐っこく笑った。


「俺はルイス・ロペス。今年度からフランベル魔法学園に通うんだ。よろしくな!」


 無邪気に笑うルイスを見て、アイネとリヒトは凍りついた。


「大変です。忘却させ過ぎました……」


「ああ、そのようだね……」


~❀~❀~


『くっ……あと一歩のところで邪魔されるとは。……まあいい。あの男が光魔法を枯渇させる瞬間は今後もあるはずだ』


 器を手に入れ損ねたノエルは、苛立ちを浮かべながら裏路地を浮遊する。そんな中、一匹の黒猫が通り過ぎた。


 尻尾の長い金色の目をした猫だ。その姿を見て、ノエルはほくそ笑む。


『闇属性の黒猫か。動物に入るのは本意ではないが、しばらくはこいつを器にしよう』


 ノエルはもやに姿を変えると、黒猫の身体に入り込む。


「ナウッ!?」


 のんびり夜の散歩をしていた黒猫は、驚いたように跳び上がる。きょろきょろと辺りを見渡したが、異常なしと判断したのか再び裏路地を歩き出した。

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