第18話 全て捧げたって構わない(リヒトside)

 学園での緊急会議を終えたリヒトは、自室で書き物をしていた。


 先ほどの会議で議題に上がった『ゴースト(仮称)討伐計画』の件かと思いきや、実際にはまったく違っていた。


『琥珀色の乙女と出会って2825日目。未だに手がかりはなし。僕のお嫁さんは、一体どこに隠れているんだ? 早く彼女に会いたい。会ってたくさん可愛がりたい』


 勢いよく書き綴ると、『琥珀色の乙女に愛を込めて』と表紙に書かれた日記を閉じて、大切そうに抱えた。


「待っていてくれ。必ず迎えに行くから」


 恍惚とした表情を浮かべながら、琥珀色の乙女に想いを馳せる。成長した彼女の姿を思い浮かべようとすると、アイネの顔がチラついた。


 最近はいつもそうだ。琥珀色の乙女とアイネが重なってしまう。リヒトは悩まし気に溜息をつきながら、日記を机に置いた。


(最近はアイネが可愛くて仕方がない。これでは浮気じゃないか)


 アイネのことを思い浮かべると、抱きしめてキスをして支配したくなる。もういっそ、誰の目にも触れないように地下に監禁してしまいたいくらいだ。


「ナーウ」


 浮かない顔をしている主人を心配してか、ラーナが足もとに擦り寄ってくる。リヒトはラーナを抱きかかえて、膝に乗せた。


 ゴロゴロと喉を鳴らすラーナを撫でながら、リヒトは尋ねる。


「紛いなりにも僕は王族だから、お嫁さんとお婿さんを両方貰ったって構わないよね?」


 ラーナはピクリと耳を動かすと、逃げるようにベッドの下へ潜り込んだ。使い魔に見放されたような気がして、リヒトはもう一度溜息をつく。


「二人とも、幸せにしてみせるよ……」


 力なく呟いた直後、部屋の扉が勢いよく開いた。


「リヒト様! 大変です!」


 リヒトは慌てて日記を引き出しにしまう。一呼吸をおいてから、監督生らしい威厳のある態度を取り繕った。


「誰だ? ノックもせずに入ってくる無作法物は?」


 ちょっと威圧的過ぎたか、と後悔しながら訪問者に視線を送る。部屋にやって来たのはアイネとよく行動を共にしている男。確か名前は、ルイス・ロペスだ。


 ルイスは部屋に飛び込んでくると、泣きそうな顔で縋りついてくる。


「大変です! アイネがゴーストに襲われて!」


「アイネ? それにゴーストだと?」


 これは大変だ。リヒトは事情を聞き終える前に、窓から外に飛び出した。


 いつもより灯りの少ない町を見下ろしながら飛んでいると、不意に禍々しいオーラを感じた。これは闇魔法だ。


「やはり、ゴースト騒動には闇魔法が絡んでいたのか……」


 相手が魔物だったら対応もそれほど難しくはないが、闇魔法を扱う魔法使いが絡んでいるとなると話は変わってくる。


「アイネ、無事でいてくれ」


 リヒトは飛行スピードを上げて、闇魔法を強く感じる場所まで直行した。


 大通りから外れた裏路地を浮遊していると、水のドームが形成されていることに気付く。


(なんだ、あれは?)


 近付いてみると、ブルーノ寮の生徒がドームの中にいた。確かアレは、アイネのクラスメイトだ。名前までは思い出せないが。


 男の手元に視線を向けると、リヒトの頭は真っ白になった。


「アイネ!」


 アイネはぐったりしながら男に抱きかかえられている。リヒトは急降下して、水のドームの前に降り立った。


「何があった?」


 咄嗟に尋ねると、男は青ざめた顔で説明した。


「ゴーストが現れたと思ったら、アイネが昏倒して……。周囲には闇の魔力が充満しているように思えたので、水の結界で防御していました」


 闇の魔力の出どころを探す。周囲には魔法使いらしき人物はいない。即座に戦闘に発展する展開にはならなそうだ。


「とにかくアイネをこっちに渡せ」


 男が水の結界を解くと、アイネを奪い取って容態を確認する。抱き寄せた途端、アイネの光魔法が薄れているように感じた。昨日のエレーナと似たような状況だ。


 落ち着け、落ち着け、と心の中で念じながら対処法を考える。


(僕はアイネと同じ光属性の魔力を持っている。魔力を供給することも可能だ。今すぐ医務室に行って魔力供給のための器具を取りに行って……いや、そんなことをしている時間はないかもしれない)


 魔力切れの状態を長引かせれば、命の危険にも繋がる。一刻も早く救い出したい。


 すると、もう一つの魔力供給の方法が浮かんだ。


 咄嗟にアイネの唇に視線を落とす。いつもは艶のあった可愛らしい唇は、色素を失い乾いていた。魔力が枯渇したせいだろう。


 この方法で魔力供給するのはデメリットもあるが、今は迷っている場合ではない。リヒトは覚悟を決めて、アイネの頬に触れた。


「ごめんね。こんな形で奪ってしまうことを許してくれ」


 罪悪感は計り知れない。それでもアイネを助けられるのはこの方法しかなかった。


 心の中でもう一度謝罪しながら、リヒトはアイネにキスをした。


 唇の隙間から魔力を送り込む。同時に、自分が未だかつてないほど興奮していることに気付いた。


(柔らかくて甘い。駄目だ。今は魔力を送り込むことに集中しないと)


 余計な感情に蓋をして、魔力を送り込むことに専念した。


 リヒトの光の魔力は通常の半分しかない。アイネに与え過ぎたら魔力が枯渇してしまう。だけど、それでもいいと思っていた。


(アイネにだったら、全て捧げても構わない)


 リヒトは、もう一方の魔力が流れ込まないように注意しながら、アイネに魔力を送り続けた。


 光の魔力を全てを捧げてから、リヒトは唇を離す。アイネの顔色は先ほどよりも良くなったように思えた。


 ひとまずは最悪の事態は回避できた。安堵の溜息をついていると、先ほどのブルーノ寮の生徒が、顔を真っ赤にしながらこちらを指さしていることに気付いた。


「キス……!? 男同士で?」


 リヒトはギロリと睨みつけながら、冷徹な声で告げる。


「応急処置だ。弟にキスをすることくらい、僕にとってはどうってことはない」


 男は視線を泳がせながら、「ええー……」だの「俺には無理だ……」だの呟いていた。そんなやりとりをしているうちに、箒に乗ったルイスが遅れて駆けつける。


「アイネは!? アイネは大丈夫ですか?」


 地面に降り立ったところで、状況を伝える。


「魔力供給をして応急処置をしたところだ。ひとまず大丈夫だ」


「そうですか、良かったぁ」


 ルイスはホッと胸を撫でおろす。最悪の事態は回避できたが、この状況はまったくもって良くない。


「何故こうなった? 経緯を説明しろ」


 威圧的に尋ねると、二人はビクッと身体を跳ね上がらせてから背筋を伸ばす。緊張感が漂う中、ルイスがおずおずと口を開いた。


「俺が悪いんです。ゴースト退治について来て欲しいなんて頼んだから……」


「ゴースト退治だと?」


「スミマセン! アイネからはやめとけって言われたんですけど、俺が強引に誘ってしまったんです」


 ルイスは勢いよく頭を下げる。その発言で大体の状況は理解した。


「要するに、アイネはお前らの正義の味方ごっこに巻き込まれたというわけか」


 怒りで全身の血が沸騰しそうになる。この男達のせいでアイネが危険に晒されたと思うと呪ってやりたくなった。リヒトは冷酷な表情を浮かべながら二人に告げる。


「他寮の生徒ではあるが、監督生として指導してやる」


 二人の顔から恐怖が滲む。恐れられていることは察したが、怒りのままに言葉をぶつけた。


「実力以上の敵に無策で挑むのは、愚かな人間のやることだ。下手したら死んでいたぞ」


「ごめんなさい」


「軽率な行動でした」


 二人から謝罪されるが、そんなことではリヒトの怒りは収まらない。身体の奥底から湧き上がるどす黒い感情が、体外に溢れ出した。リヒトは二人を見下ろしながら冷酷に告げる。


「愚かな生徒に罰を与える。覚悟しておけ」


 壊してやりたい。その衝動だけが今のリヒトを動かしていた。

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