第17話 ゴーストを探せ
陽が落ちて辺りが暗闇に包まれた頃、アイネとルイスとライアンは学園から駅に続く大通りを歩いていた。
昨日の騒動のせいか、通り沿いのショップは軒並みシャッターを閉めている。いつもは賑わっている大通りは閑散としていた。
「暗いから灯りをつけるよ」
アイネは手元に光の花を灯す。沈んでいたルイスは、光の花を見た途端目を輝かせる。
「なんだそれ、すげーな」
「お母様から教わった光魔法だよ。暗がりを照らす時と子供喜ばせる時くらいにしか役に立たないけど」
皮肉交じりに言ってみたが、ルイスには伝わらなかったようだ。
「ふっ……子供騙しだな」
ライアンが鼻で笑う。他人から馬鹿にされると、ちょっと不愉快だった。
大通りにはゴーストらしきものは見当たらない。三人は裏路地を探してみることにした。
裏路地には街灯がなく、アイネの灯す光だけが頼りだった。しんと静まり返った道を歩いていると、不意に糸のようなものが視界に入った。思わずアイネは足を止める。
「どうした?」
「今、何か見えた気がして……」
ライアンは怪訝そうに眉を顰める。アイネは糸が飛んでいった方向に歩き出した。
袋小路に入ると再び見えた。糸かと思っていたものは女性の髪だった。ウェーブがかった琥珀色の長い髪が、ゆらゆらと揺れている。
袋小路に佇んでいた人物が、ゆっくりと振り返る。その瞬間、懐かしい感覚に襲われた。
『アイネ』
そこにいたのは、亡くなったはずの母、アイリだった。信じがたい光景を前にしてアイネは立ち尽くす。
(なぜお母様が? とっくに亡くなったはずなのに……)
百合の花に囲まれて、棺の中で安らかに眠る母の姿を思い出す。当時の哀しみも蘇ってきた。
あれは紛れもなく現実だ。だけど目の前には母がいる。無邪気に微笑む姿は、昔のままだ。懐かしくて泣きそうなのに、寒気が走った。
『アイネ、魔法学園は楽しい? 聞いたわよ! 将来は魔法学校を作るんですってね』
「どうしてそのことを……」
魔法学校を作りたいという話は、母にはしたことがない。知っていること自体がありえない。
呼吸の仕方が分からなくなる。気を緩めたら倒れてしまいそうだ。それでもアイネは気をしっかり持ち、今の状況を分析した。
(ゴーストの正体はお母様だったの? 魔法学園に通いたいという執念から亡霊として蘇ったの?)
咄嗟にルイスとライアンに視線を向ける。二人ともアイネと同じように青ざめた顔をしていた。
「父ちゃん、母ちゃん……」
「お婆様……」
見ている方向は同じだけど、二人が口にしている人物は違う。ルイスに至っては二人に見えているようだ。
(もしかして、見えているものが違う?)
その可能性に気付くと、少しずつ冷静になっていく自分がいた。死者の亡霊が見えるからゴーストと思い込んでいたけど、人によって見えるものが違うというなら話は変わってくる。
人の心を惑わす魔法。それには心当たりがある。
「これは闇魔法だ!」
アイネは光魔法を放つ。強烈な光を浴びた二人は、眩しそうに目を覆った。
「あれ? 消えた……」
「闇魔法だって?」
アイネが放ったのは、ただの目くらましに過ぎない。それでも二人が正気を取り戻すには十分な力だったようだ。
闇魔法には人を惑わせる力がある。人の心を読んで幻覚を見せることは造作ないだろう。
「闇魔法ということは、近くに闇の魔法使いがいるのかもしれない。今の私達が相手にするのは危険だ。ここは退いた方が良い」
アイネは二人に指示する。ゴーストを倒すと息巻いていたルイスも、闇の魔法使いが絡んでいると知ると強気には出られなくなった。
「闇魔法に対抗できるのは、光魔法の浄化だけ。授業でも習ったでしょ? 炎属性のルイスでは相手にならない」
「それは分かるけど……」
「私だって闇魔法の浄化は実践したことがない。深追いしても返り討ちに遭うのがオチだ」
ルイスだって、頭では敵わないことは分かっているはずだ。納得してもらうためにも、もう一押しした。
「ゴーストの正体が闇魔法と分かっただけでも収穫だよ。このことをリヒト様に報告すれば事件解決の糸口になる。後は学園側に任せよう」
アイネが説得したところで、ようやくルイスも頷いた。
「……分かったよ」
ここは撤退ということで意見がまとまる。三人は箒を召喚して、逃げる体制になった。
「ひとまず、ルチアーノ寮に行ってリヒト様に報告しよう」
アイネの言葉に、ルイスとライアンは頷く。二人が箒で飛び立ったのを見届けてから、アイネも飛び立とうとした。
その瞬間、耳元で地を這うような低い声が聞こえた。
『ほう……。正体を見抜いただけでなく、戦況を正しく把握して撤退の指示を出したか。敏いな。流石ルチアーノの子というべきか……』
声を聞いた瞬間、全身が震えて息苦しくなる。早く箒で逃げたいのに足が竦んで地面を蹴れなかった。
動けずにいると、黒い
腰まで伸びた黒髪に、他者を威嚇するような赤い瞳。やや猫背の長身の身体には、黒いロープを纏っていた。耳元では深紅の魔法石が付いたイヤリングが揺れている。
その姿には見覚えがある。正門を潜った先にある石像と一緒だ。
「闇の魔法使い、ノエル……」
その名を口にした途端、目の前の男はにやりと笑いながらこちらに浮遊してきた。
『なんだお前、私のことが見えるのか?』
目が合った瞬間、先ほどまでとは比べ物にならない恐怖心に襲われる。ノエルはそんな反応すら楽しむように笑っていた。
「アイネ・ブラウン、何してる? 早く来い!」
箒に乗ったライアンが呼んでいる。地面で立ち尽くしているアイネに苛立っているようだ。
助けを呼びたいのに声が出ない。目の前で浮遊していたノエルは、不敵に微笑みながらこちらに手を伸ばした。
『私の姿が見えるというなら、少し付き合ってもらおう。ちょうど退屈していた所だ』
ノエルの指先が額に触れようとした瞬間、全身の力が抜けて地面に倒れ込んだ。
何が起きているのか分からない。冷たい地面に伏しながら震えていると、地を這うような低い声が聞こえた。
『なあに、怖がらなくてもいい。ルチアーノの代わりに愛でてやるだけだ』
上空でルイスとライアンが叫んでいる。返事をすることも顔を上げることもできず、アイネは意識を手放した。
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