第16話 この世界の残酷な一面
エレーナの容態が回復に向かっているのを見届けてから、アイネは学園に向かった。本当は傍にいたかったけど、ルイスにエレーナの容態を報告しなければならない。
重い足取りで玄関の扉を開けると、門の前にリヒトが立っていた。
リヒトは目の下にクマを作っている。昨夜は一睡もしていなかったから、疲労が溜まっているのだろう。
「アイネ、一緒に行こう」
「はい」
二人は無言のまま、学園に向かう小道を歩く。普段なら他愛のない話をしながら通学しているが、今は明るい話をする気にはなれなかった。
それに昨夜の出来事で気になることもある。アイネは意を決して、リヒトに尋ねた。
「聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
リヒトが無理やり笑顔を作っていることに気付き、一瞬言葉に詰まったが、意を決して尋ねてみた。
「エレーナを襲ったのは、本当にゴーストなのでしょうか?」
「今の段階では分からない。魔力を奪って器を手に入れようとするゴーストの仕業かもしれないし、魔力を奪う類の魔物の仕業かもしれない。他者から魔力を奪って悪用しようとする魔法使いの仕業の可能性もある」
「ですが、魔力を奪われる事件が発生したのは今回が初めてではなかったんですよね?」
ゴーストの話は、随分前からルイスに聞かされていた。今に始まったことではないだろう。
「学園は、なんでもっと早く対策をしなかったんですか?」
リヒトは言葉を詰まらせる。何か言いづらいことを隠しているように見えた。真相を知りたくて、アイネは踏み込んだ質問をぶつける。
「いままでは被害者がノエルの子、つまり闇の魔法使いの加護を受けた生徒だったからですか?」
今朝、リヒトと魔法医が話していた内容を突きつける。アイネから言い当てられたのは予想外だったようで、リヒトは足を止めて目を見開いた。
「君は鋭いね。今はその鋭さが恐ろしいくらいだ」
「否定しないということは、本当なんですね……」
アイネから追求され、リヒトは苦笑する。僅かな沈黙が流れてから、言葉を選ぶように話し始めた。
「ノエルの子は一般生徒とは違うんだ。教室も寮も学園の最深部にある」
「その話は、聞いたことがあります。閉ざされた環境で生活をしていると」
「知っていたのか……なら話は早い」
リヒトは小さく息をついてから歩き始める。アイネもその後に続いた。
「新学期になると、毎年ノエル寮から脱走者が出るんだ。彼らは厳しい監視の下で生活しているから、自由になりたいと願っている子も少なくない」
それは想像がつく。閉ざされた環境で生活をしていたら、逃げ出したくもなるだろう。
「もちろん生徒が脱走しないように教師も監督生も目を光らせている。だけど中には狡猾な生徒もいてね、この時期になると新入生を甘い言葉で誑かすんだ」
「つまり、これまでの被害者は学園の最深部から脱走したノエル寮の新入生ということですか?」
リヒトは神妙な面持ちのまま頷いた。被害者については分かったが、まだ分からないこともある。
「ですが、それは対応を先送りにする理由にはならないですよね?」
学園の生徒が狙われたのだ。犯人を突き止めて、早急に対応するのが筋だろう。アイネはまっとうなことを言ったつもりだが、リヒトは視線を落としたままだった。
「そういうものなんだよ、ノエルの子は」
その表情からは一切の感情が消えていて、青色の瞳はどんよりと濁っていた。
「どういうことですか?」
追求すると、酷く残酷な言葉が返ってきた。
「呪われしノエルの子なんて守る価値はない。教師達はそう思っているんじゃないかな?」
頭が真っ白になって言葉が出ない。この世界の残酷な一面に触れた気がした。
「この話は他言してはいけないよ。お兄様との約束だ」
~❀~❀~
教室に着くと、ルイスが机に突っ伏しているのを見かけた。エレーナのことで相当ショックを受けているのだろう。
「大丈夫?」
アイネが話しかけると、ルイスは勢いよく顔を上げた。
「エレーナは!?」
「明け方に意識を取り戻して回復に向かっているよ」
エレーナの容態を伝えると、ルイスは安心したように脱力した。
「良かった……」
エレーナとの約束は果たした。自分の席に向かおうとしたところで、ルイスから腕を掴まれた。
「アイネ。頼みがある」
ルイスに腕を掴まれて人気の少ない北校舎までやって来ると、唐突に頭を下げられた。
「頼む! ゴースト退治に付き合ってほしい!」
「はあ? 何を言いだすかと思えば……。そんなの私達がやることじゃない。教師や監督生も動き出そうとしているんだから、大人しく待っていた方が良い」
「大人しくなんてしていられるかよ! 好きな女が傷つけられたのに!」
意思の籠った瞳で告げられる。その瞳には、じんわりと涙も滲んでいた。ルイスは泣き顔を隠すように、腕で目元を覆う。
「昨日は、俺の身勝手な行動のせいで、エレーナを苦しめた。だから挽回したいんだ」
ルイスの気持ちは分からないでもない。だけど、得体の知れぬゴーストを捜しに行くなんて危険極まりない。止めようとしたところ、厄介な男が話に入ってきた。
「お前らがゴースト退治? 笑わせるな。返り討ちに遭うのがオチだろう。」
ライアンだ。教室から飛び出したアイネ達を追って、会話を盗み聞きしていたのだろう。ルイスは慌てて涙を拭う。
「返り討ちになんて遭わなねぇよ! 俺がゴーストを倒す」
「無理だな」
「無理じゃない! こっちにはアイネがいるんだぞ! 俺とアイネならゴーストだって倒せる!」
「私は協力するなんて一言も……」
勝手に頭数に加えるのはやめてほしい。やんわり否定したものの、ライアンからはあからさまに敵意を向けられる。
「またアイネ・ブラウンかよ……」
嫌な予感がする。身構えていると、予感は的中してしまった。
「これ以上、お前に手柄をあげさせるか! お前らがゴースト退治に行くなら俺も行く」
アイネは額を押さえながら溜息をつく。
(どうして私の周りにいるのは、勢いだけで突っ走る男ばかりなんだ)
無鉄砲な二人にうんざりしていると、ルイスがチラッとこちらを一瞥しながら吐き捨てた。
「アイネが行かないって言っても、俺は行くからな」
いくらアイネでも「勝手にしろ」と突き放せるほど冷酷にはなれなかった。
「……わかったよ」
アイネは初めて父の気苦労を知った。無鉄砲な頑固者を相手にするのは容易ではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます