第9話 呪われしノエルの子

 アイネは今朝のやりとりを思い出しながら、教室で頭を抱えていた。


 リヒトは琥珀色の乙女に執心している。万が一、アイネが琥珀色の乙女だと知られたら、リヒトの妄想が現実になってしまうかもしれない。うっかり想像してしまうと、顔が燃え上がりそうになった。


(もういっそ、琥珀色の乙女は死んだとでも言ってしまおうか……)


 既に亡くなっていると知れば、素直に諦めてくれるかもしれない。いや、そう簡単にはいかないか。あの男のことだ。墓まで案内するように指示されるかもしれない。


(それに、万が一死んだなんて言ったら……)


 リヒトが悲しむ姿を想像すると胸が痛んだ。七年間も一途に片想いをしてきたんだ。そんな彼の想いを踏みにじるのは酷な話だ。


 机に突っ伏して思い悩んでいると、不意に肩を叩かれる。顔を開けるとルイスがいた。


「アイネ、知ってるか? 学園都市に夜な夜なゴーストが出るらしいぜ」


「ああ、そう」


 随分と子供騙しな話だ。こっちは怪談話に付き合っている暇はない。


「興味なさそう」


「ないね」


 きっぱり告げると、ルイスは口を尖らせながら、机の前にしゃがみ込んだ。


「とりあえず聞いてくれよ。さっき先生達がコソコソ話していたんだ。学園の生徒がゴーストに襲われたって」


「襲われた? 目撃したんじゃなくて?」


「どうやらゴーストに魔力を奪われたらしい」


 ゴーストってそういうものだっけ? 詳しく話を聞こうとしたが、教師がやって来て中断となった。


「魔法史の授業を始める。席に着け」


 銀縁眼鏡の男性教師が、ギロリと睨みを利かせながら教壇に立つ。生徒達は慌てて席に着いた。


「魔法を深く理解するには歴史を学んでおく必要がある。まずは魔法の起源から学んでいくぞ」


 アイネはテキストを開く。教師は銀縁眼鏡を持ち上げてから、話を始めた。


「我々が使っている魔法は、五人の偉大な魔法使いによって伝承された。彼らの偉業により、今日まで魔法が発展してきたというわけだ。まあ、これは常識だな」


 その話はアイネも知っている。昔、母に教えてもらったからだ。魔法史の教師は、生徒達を見渡してから話を続ける。


「では、五人の大魔法使いの名前と魔力属性は当然知っているな? アイネ・ブラウン」


 突然指名されて面食らったが、焦る必要はない。アイネは椅子から立ち上がり、淡々と答えた。


「はい。炎の魔法使いイグニス、水の魔法使いブルーノ、土の魔法使いテラ、光の魔法使いルチアーノ、闇の魔法使いノエルです」


「正解だ」


 無事に答えられて安堵する。しかし質問はそれだけでは終わらなかった。


「では、五人の大魔法使いが、どの分野の魔法に長けていたか分かるか?」


 そこまで踏み込んだ質問をされるとは思わなかった。アイネは正直に告げる。


「分かりません」


 しん、と教室内が静まり返る。居心地の悪さを感じながら、アイネは視線を落とした。


「まあ、いい。座れ」


 言われた通りに着席する。すると斜め後ろの席からクスクスと笑い声が聞こえた。


「そんなことも分かんないのかよ」


 声だけで分かる。昨日、アイネに絡んできたライアンだ。相変わらず感じが悪い。


「ルイス・ロペス。分かるか?」


「はいっ! 分かりません!」


 ルイスが元気よく答えると、ドッと笑いが湧きあがった。魔法史の教師は、悩まし気に額を押さえる。


「誰か分かるものはいるか?」


 真っ先に反応したのはライアンだ。教師にアピールするように真っすぐ手を挙げている。


「ライアン・アストン。答えろ」


「はい。炎の魔法使いは戦闘術、水の魔法使いは錬金術、土の魔法使いは薬草術、光の魔法使いは魔法医術と闇魔法の浄化、闇の魔法使いは呪術に適性があります」


「正解だ」


 ライアンがスラスラと答えるとクラスメイトから「おおー」と感心した声が沸き上がった。一方、アイネは自らの勉強不足を呪っていた。


(今の私は、知らないことだらけだ……)


~❀~❀~


 授業が終わると、ルイスがアイネの席まで飛んできた。


「あの先生おっかないなぁ。答えられなかったら石にされそうだ」


「分かる。目が怖いよね」


 先ほどの授業を思い出しながら笑っていると、背後から小馬鹿にするような声が飛んできた。


「落ちこぼれに厳しいのは当然だろう? ここをどこだと思っている。伝統あるフランベル魔法学園だぞ?」


 振り返らなくても分かる。ライアンだ。この男は、どうしてこうも嫌味な言い方をするのだろうか? アイネは聞こえなかったフリをして、ルイスと会話を続ける。


「そういえば、ルイスは炎の魔法使いの加護を受けているんだっけ?」


「ああ、そうだぜ! この力を使って、将来は魔術騎士団で活躍するんだ」


 ルイスは拳に炎を宿す。今見せつけられたって困る。目の前で炎が燃えているせいで熱くて仕方ない。


「分かったからしまって」


「おう」


 ルイスは素直に炎魔法を解除した。


 アイネは教室内を見渡す。入学して1日経過し、クラスメイトがどの属性に該当するのか把握できた。しかしクラス内の属性分布には偏りがあるように思える。


 クラス内でもっとも多いのは炎属性だ。次いで多いのは水属性。こちらはライアンが該当する。その次が土属性で、こちらもそれなりに人数がいた。


 一方、光属性に該当するのはクラス内でアイネだけだ。闇属性に至っては一人もいない。


「闇属性の生徒はクラスにいないけど、もともと人数が少ない属性なの?」


 アイネが何気なく呟くと、またしてもライアンが会話に入ってきた。


「呪われしノエルの子が一般クラスにいるわけないだろ?」


 小馬鹿にするような口調が鬱陶しい。とはいえ、呪われしノエルの子というのは少し気になる。


「どういうこと?」


 アイネが尋ねると、ライアンは得意げな顔で説明した。


「闇の魔法使いは、人の心を操る恐ろしい力を持っている。だから闇の加護を受けた者は要観察対象になっているんだ。一般生徒が通うクラスにいるわけがない」


「別のクラスにいるってこと?」


「ああ。学園の最深部にある特別クラスで授業を受けている。自由に外には出て来られないから、一般生徒とはまず関わらない」


「それは気の毒だね」


 自由に外に出られないなんて不憫だ。本人だって、望んで闇の加護を受けたわけではないのに。


「気の毒なものか。闇の魔法使いノエルは、邪悪な力で数々の非道な行いをしてきたんだ。闇属性の奴らを野放しにしたら、第二のノエルが生まれる可能性もある。行動を制限するのは当然のことだ」


「非道な行いって?」


 アイネが尋ねると、ライアンは嬉々として説明した。


「ノエルは大陸に魔法を広めた偉大な魔法使いだが、光の魔法使いルチアーノが処刑されてからは、悪行の限りを尽くすようになった。魔力を持たない人間を殺し、光属性の魔法使いを攫い、大国すらも滅ぼした。歴史上最大の極悪人だ」


「ルチアーノが亡くなったことをきっかけに、悪の道に走ったってこと?」


「そうとも解釈できるな。ノエルの恐ろしさはそれだけじゃないぞ。ノエルは死後も亡霊として大陸中を彷徨っているという噂だ。自分の魂と適合できる肉体を探しているらしい」


 どれもこれも初めて聞く話だ。情報が一気に入ってきて混乱している。情報を整理していると、ライアンが鼻で笑う。


「お前は何も知らないんだな。リヒト様の弟だから、さぞかし優秀な奴だと思っていたけど、世間知らずの田舎者じゃないか」


 痛い所を突かれてしまった。世間知らずというのは、今まさにアイネが気にしていたことだ。


 アイネが黙り込んでいると、ルイスが苛立ったように声を荒げた。


「ああ、もう鬱陶しいなぁ! お前、どんだけアイネに構ってほしいんだよ!」


「はあああ!? そんなんじゃねーし!」


 ライアンはムキになって否定する。まるで子供だ。呆れていると、ライアンは視線を泳がせながらボソッと呟いた。


「……俺はただ、リヒト様の弟になりたいだけだ。大国の第二王子の弟になれば、俺だってみんなに認めてもらえる」


 ライアンがリヒトの弟になりたいというのは意外だった。リヒトの話題を出されたことで、今朝の出来事も思い出してしまった。


「代われるものなら、代わってほしいくらいだよ……」

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