第7話 エスコート予行練習②

 魔法菓子屋の次に案内されたのは魔装具屋だ。店内は薄暗く、木製テーブルの上には装飾品が並んでいた。指輪、ネックレス、イヤリングには、煌びやかな魔法石が埋め込まれている。


「綺麗……」


 アイネは青色の魔法石が埋め込まれた指輪の前で立ち止まる。魔法石は、青空のように澄んでいて美しい。見ているだけで吸い込まれそうだ。


「気に入ったのかい?」


「はい。魔法石がとても綺麗で」


「へえー。男の子でも魔法石に興味を持つんだね」


 指摘されてハッとする。男装していることを忘れて、つい見入ってしまった。失敗したと反省したものの、リヒトはメモ帳を取り出してぶつぶつ唱えるばかり。


「装飾品も受けがいいっと。デートコースに加えておこう」


「さりげなくプレゼントしたら、喜ばれると思いますよ」


 またしても意味のない助言をしてみる。リヒトは「本当か!?」と目を輝かせながら、「さりげなくプレゼント」とメモに書き足した。


「琥珀色の乙女が喜ぶ姿を想像するだけで、幸せな気分になる」


 リヒトはうっとりした表情を浮かべる。プレゼントをするシチュエーションでも思い浮かべているのだろう。妄想でよくここまで楽しめるものだと感心してしまった。


 妄想の世界から戻ってくると、リヒトは店を出ようとする。


「よし、次に行こう」


「もうですか?」


「ああ、もう一軒行きたいところがあるんだ」


 もう少し魔法石を見ていたかったが仕方ない。アイネはリヒトに続いて店を出た。


~❀~❀~


 次にやって来たのはカフェだ。テラス席に案内されると、リヒトがわざわざ椅子を引いてアイネに座るように促してくれた。向かい合わせに座ると、リヒトがメニューを開いて注文する。


「チョコレートケーキとコーヒーを一つずつ」


「かしこまりました」


 アイネが選ぶ余地もなく、注文されてしまった。まあ、いいのだけれど。


 メニューを閉じると、リヒトはキラキラした瞳で力説する。


「ここのチョコレートケーキは絶品なんだ。ぜひアイネにも食べてもらいたい」


「そうなんですね……」


 熱量に圧倒されながら曖昧に微笑む。あまり気乗りのしない反応を見せているが、絶品と称されるチョコレートケーキに密かに期待していた。


「琥珀色の乙女もチョコレートが好きなんだ。だから彼女にも食べさせてあげたくてね」


「え? なぜチョコレートが好きなことをご存知なんですか?」


 しれっと言い当てられて驚いていると、リヒトは過去を懐かしむように目を細めた。


「以前彼女が話していたんだ。魔法学園に通ったらチョコレートをたくさん作る魔法を習得したいって」


 そんなこと言っただろうか? 確かに子供の頃なら言いそうなことだ。


 幼い頃に気まぐれで漏らした言葉を、リヒトはずっと覚えていた。そこからチョコレートが好きと推測して、美味しいチョコレートケーキを食べさせようとしている。そんな想像をすると、途端に恥ずかしくなった。


 七年前の話をいつまでも覚えているなんて、この男はどうかしている。顔が熱くなるのを感じながら、チョコレートケーキが運ばれてくるのを待った。


 しばらくすると、チョコレートケーキが運ばれてくる。チョコレートでコーティングされたケーキの上には、真っ赤なラズベリーが添えていた。見た目からして洗練されており、テーブルに置かれただけで気分が高揚する。


「それじゃあ、いただこうか」


「はい。いただきます」


 ケーキを一口大に切り分けて、口に運ぶ。口の中に入れた瞬間、甘くてほろ苦いチョコレートの味が広がった。カリッとしたナッツの食感もアクセントになっている。リヒトが絶賛していた通り、とても美味しいケーキだ。


「幸せそうな顔をしているね」


 リヒトに指摘されて、アイネは頬を押さえる。取り繕うかと思ったが、やめておいた。美味しい食べ物の前では、嘘はつけない。


「とっても幸せです」


 美味しさのあまり笑みを零すと、リヒトは驚いたように固まった。数秒間見つめられた後、リヒトは額を押さえながら笑った。


「そうか。それなら良かった。弟に喜んでもらえて嬉しいよ」


 なぜ笑われているのかよく分からない。首を傾げていると、不意にリヒトの手が伸びてきた。


「口にチョコレートが付いているよ」


 口の端についたチョコレートを、リヒトの親指が拭い取る。次の瞬間、指先についたチョコレートを自分の口に運んで舐めとった。


 一連の動作を目の当たりにして、アイネは顔を真っ赤になって震える。


「な、なにを……」


 チョコレートが付いているなんて口で指摘するだけで十分だ。それなのにこの男は指で拭って舐めた。目を細めながら薄く笑っている姿は、やけに色っぽく見える。


「……男同士でこれはやり過ぎかと」


 俯きながら抗議すると、リヒトは躊躇いなく甘い言葉を口にした。


「ごめんね。アイネがあまりに可愛かったから」


 アイネは顔が熱くなるのを感じながら、奥歯を噛み締める。


(駄目だ。この男は危険すぎる)


~❀~❀~


 カフェを出てからも、アイネの頭はふわふわしていた。


 先ほどの出来事を思い返すだけで恥ずかしくて仕方ない。こんなにもリヒトに翻弄されていることが悔しかった。


 隣を歩くリヒトを恨めし気に見つめていると、ふふっと笑われる。


「どうしたんだい?」


「……何でもありません」


 余裕に満ちた態度が憎らしかった。


 陽が沈みかけ、大通り沿いの街灯がぽつぽつと灯り始める。町の景色は昼から夜へと移り変わろうとしていた。


 空に浮かぶ分厚い雲は、紫とピンクが混ざったような不思議な色をしている。浮かれた魔法使いが色水をぶちまけたようだ。


 空を見上げながら歩いていると、隣を歩くリヒトと肩がぶつかる。アイネは慌てて半歩距離を取った。


「アイネ。一つ聞いて良いかな?」


「なんでしょう?」


 急に話しかけられて身構える。ジトっとした瞳で見上げていると、リヒトは驚くほど可愛らしい質問を投げかけてきた。


「手を繋ぎたくなった時は、どのように手を差し伸べればいいのだろうか?」


 頬が赤く染まっているのは、夕日のせいだけではないだろう。カフェであんなに大胆な行動をしておきながら、手を繋ぎ方が分からないなんて笑ってしまう。


 弟には大胆な行動が取れても、琥珀色の乙女にはシャイになってしまうということか?


 これはいい機会だ。ちょっと揶揄ってみよう。アイネは半歩近寄ってみる。


「こんな感じで良いのでは?」


 隣に並ぶリヒトの手を取って、指を絡ませる。繋いだ手から温もりが伝わってきた。


 細くて華奢だと思っていた指も、触れてみれば案外しっかりしている。自分の手よりもずっと大きかった。


 恥ずかしくて仕方ない。だけどリヒトには、もっと恥ずかしがってもらいたかった。


 目論見通り、リヒトは燃え上がりそうなほどに顔を赤く染めている。視線を泳がせながら眉を下げた。


「アイネは随分大胆なことをするんだね。驚いたよ……」


 作戦は成功だ。恥ずかしがっているリヒトを見て、優越感に浸っていた。


「きっと故郷では、さぞかし女性をたぶらかしていたんだろうね。悪い子だ」


「そんなわけないでしょう」


 あらぬ誤解をされてしまった。当然のことながら、アイネは女性を誑かした経験などない。男性を誑かしたことだって、ない。


「初めてですよ。こんな風に手を繋いでしまおうかと思ったのは」


 嘘ではないが、口にしてから少し後悔した。リヒトがあまりに嬉しそうな顔をしたから。


「そうか」


 繋いだ手にぎゅっと力が籠る。心臓が激しく鼓動して、どうにかなってしまいそうだ。


 ぎこちなく手を繋ぎながら、二人は夕暮れどきの大通りを歩いた。

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