第4話 ブラザーシステム

「リヒト様がブラザー宣言したのって、あいつだろ?」


「そうそう。アイネ・ブラウン。新入生が監督生の弟に選ばれるだけでも驚きなのに、あいつ断ったらしいぜ」


「何者なんだ?」


 クラスメイトから注目されていることに気付き、アイネは溜息をつく。入学初日から厄介なことになってしまった。


 それもこれも、いきなり弟になれと言ってきたあの男が悪い。平穏な学園生活を邪魔しないでいただきたい。


 クラスメイトの噂話に聞こえないふりをして読書をしていると、正面から声をかけられる。


「なあなあ、なんでリヒト様の誘いを断ったの?」


 顔を上げると、グレーの瞳と目が合う。赤髪に小柄な体躯。子供っぽさの抜けきらない顔立ちには見覚えがある。


「あ、昨日エレーナに追い返されていた……」


「俺はルイス・ロペス。エレーナとは幼馴染なんだ。よろしくなっ」


 ルイスは、にぱーっと人懐っこく笑って自己紹介をする。


「私は、アイネ・ブラウン」


「うん、知ってる。だって君、有名人じゃん。学園中の生徒が君の奇行に驚いているよ」


「奇行って……」


 リヒトからの誘いを断ったことだろうか? あの時は反射的に断ってしまったが、ここまで大事になるとは思わなかった。


「そもそも弟になれって、どういうこと?」


「知らないの? ブラザーシステム」


「ブラザーシステム?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げると、ルイスが説明してくれた。


「ブラザーシステムは、上級生が下級生の学園生活をサポートする制度だよ。勉強だったり寮での生活だったり、困った事が起きた時に助けてくれるんだ」


「そんな制度が……知らなかった……」


「魔法学園の実態ってあまり知られてないから、知らないもの無理ないね」


 これが都市部と辺境の情報格差というものか。入学準備の書類は隈なく目を通したつもりだったが、ブラザーシステムに関する記載はなかった。辺境には魔法学園に関する噂なんて入って来ないから、アイネが知らないのも無理はない。


 実態を知ったところで監督生の弟になるなんて御免だ。監督生の弟なんて、どう考えても目立つ役回りだ。


「私は、目立たずひっそりと学園生活を送りたいんだ」


 本音をこぼすと、ルイスは「あー……」と納得するように頷いた。


「リヒト様の弟になったら目立つだろうね。第二王子の弟となれば、貴族からは目の敵にされるだろうし」


「そんなのは御免だ」


 やっぱり自分の判断は間違っていなかったと確信していると、アイネの隣を通り過ぎようとした男子生徒から「ふっ」と鼻で笑われた。


 視線を向けると、黒髪をウルフカットにした男がいた。ネイビーの瞳は蔑むようにアイネを見下ろしている。


「お前、辺境育ちの平民なんだろう? お前なんかに第二王子の弟が務まるはずがない。断って正解だな」


 なんだ急に、と眉を顰めていると、男は自慢げに主張する。


「リヒト様の弟にふさわしいのは、シーバル王国のアストン公爵家の息子、ライアン・アストンだ」


 シーバル王国といえば、大陸の西側にある小国だ。アイネの故郷であるローリエ王国と同じく辺境の地だ。


 初対面から身分でマウントを取っているなんて明らかに地雷だ。貴族も平民も平等と銘打っている学園内なら尚更。この男に関わったら面倒そうだ。


「そうだね」


 アイネが素っ気なく返事をすると、相手にされていないと感じ取ったのか舌打ちをして去って行った。


「んだよ、あいつ。感じ悪っ」


 ルイスは悪態をつきながら、ライアンの背中を睨みつけていた。


~❀~❀~


 入学式を終え、昼休みに差し掛かった。ルイスに誘われて購買に向かおうとしたところ、教室の外がやけに騒がしいことに気付く。何事かと様子を伺うと、思わぬ人物がいた。


「アイネ!」


 リヒトが眩しいほどの笑顔を浮かべながら、手を振っている。アイネが固まっていると、リヒトは教室の中まで入って来た。


「今朝のこと、考え直してくれたかな?」


「今朝のこととは?」


「僕の弟になってほしいという話だ」


 この男、まだ諦めていなかったのか……。


 クラスメイトがこちらに注目しているのが分かる。隣にいるルイスは面白いものでも見るかのように瞳を輝かせ、今朝絡んできたライアンは物凄い形相でこちらを睨みつけている。


 リヒトも周囲から注目されていることを感じ取ったのか、穏やかに微笑みながら教室の外に視線を向けた。


「ここでは邪魔が入りそうだ。中庭で話そう」


 ノーとは言いづらい雰囲気に押され、アイネは華麗にエスコートされながら教室の外へ連れ出された。

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