第3話 監督生に見初められる

 学園都市に到着してから一夜明け、入学の日がやって来た。黒いローブをまとったアイネは、学園の正門前で呆けていた。


 遠目で見た時も立派だと思ったけど、近くで見るとさらに迫力がある。校舎は宮殿のような豪華な造りで、高い塔がそびええ立っている。中庭には手入れの行き届いた芝生が広がっていた。


 正門の先には、かつて大陸に名を馳せた大魔法使い石像が並んでいる。炎の魔法使い、水の魔法使い、土の魔法使い、光の魔法使い、そして闇の魔法使い。


 約二千年前、ここにいる五人の魔法使いが大陸に魔法を広めたと言い伝えられている。


 アイネは、とある石像の前で足を止めた。長い髪を後ろで三つ編みにまとめ、肩から前に下ろしている人物。その眼差しは優し気で、全てを包み込むような寛大さを感じさせた。


 光の魔法使いルチアーノだ。白銀の髪をした女神のような容姿だが、性別は男だと言い伝えられている。


 母いわく、アイネはルチアーノの加護を受けているらしい。同じ光属性ということもあり、なんだか親しみ深い。


 ルチアーノの石像の左隣には、精悍な顔立ちをした長髪の魔法使いの石像がある。


 闇の魔法使いノエルだ。その眼差しは、他者を威嚇するような凶悪さを感じさせた。


 ぼんやり石像を眺めていると、背後から声をかけられる。


「見つけた」


 艶のある優しい声。振り返ると、光の魔法使いルチアーノにも引けを取らない美麗な男がいた。


 金色のショートヘアに、青空を閉じ込めたような澄んだ瞳。細身の長身には、黒いローブを羽織っていた。


 この男には見覚えがある。昨日、ルチアーノ寮の中庭で黒猫と戯れていた男だ。


 美麗な男は、穏やかに微笑みながらアイネに近付く。目の前までやって来たかと思えば、不意にアイネの頬に触れた。


「ああ。昨日見かけた時も思ったけど、よく似ている。琥珀色の髪もエメラルドグリーンの瞳も」


 至近距離でまじまじと観察される。青い瞳に見つめられると、胸の奥が狭まる感覚になった。


「だけど、ここにいるということは男の子なんだよね……」


 彼は切なげに目を細める。右目の下に刻まれた泣きぼくろも相まって、強烈な色香を放っていた。


「あの……手を離していただけますか?」


 アイネがおずおずと申し出ると、男は申し訳なさそうに手を引っ込めた。


「ごめんね、突然。君が僕の捜している人によく似ていたから」


「捜している人?」


 どういうことかと言葉を待っていると、真新しいローブを羽織った生徒達がこちらを見てヒソヒソ話していることに気付いた。


「あそこにいるのって、ハワード王国の第二王子じゃないか?」


「ああ、間違いないな。第二王子のリヒト・ハワード様だ」


「ここではルチアーノ寮の監督生らしいぞ」


 名前を聞いた瞬間、アイネは青ざめた。


 辺境育ちの伯爵令嬢だって、彼の存在は知っている。ハワード王国の第二王子、リヒト・ハワード。大陸でもっとも大きな国の王子様だ。姿を見るのは初めてだけど。


 リヒトは噂話などお構いなしに紳士的に微笑む。あまりに完璧な笑顔だったから、周囲にキラキラと星が舞っている幻影まで見えた。


「君、名前は?」


「……アイネ・ブラウンです」


「アイネか。ここで出会ったのも何かの縁だ」


 リヒトは納得したように頷く。次の瞬間、キラキラとした笑顔を浮かべたまま右手を差し出した。


「決めた。君を僕の弟にする」


「……はい?」


 意味が分からない。混乱の渦に飲み込まれていると、周囲にいた生徒達が一斉に騒ぎ始めた。


「おいっ! リヒト様がブラザー宣言をしたぞ!」


「誰だ、あいつ? 新入生か?」


「入学早々、監督生の弟になるなんて前代未聞だな」


 気付けば注目の的になっていた。ギャラリーの声を聞いても、アイネにはまったく状況が理解できない


(弟? ブラザー宣言? どういうことなの?)


 自分の身に何が起こったのかは分からないが、これだけははっきりと分かる。今、とてつもなく厄介事に巻き込まれていることを。


 秘密がバレないように学園生活を送るには、目立つことなく過ごすのが望ましい。しかし、第二王子かつ監督生である彼と関われば、嫌でも目立ってしまう。


 アイネにとって大事なのは、魔法を極めて誰でも通える魔法学園を設立すること。こんなところでキラキラ王子様に捕まるわけにはいかない。


 アイネはリヒトの手を振り払い、意思の籠った瞳で告げた。


「お断りします!」

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