第20話 三人だけになっちゃった
エリアの安全区域を出ていくのはユメカ先輩になった。他のチームと合流出来ないか、様子を見てくるためだ。カノコくんが「おれが行く」とかなりうるさく主張していたけど、「待機!」と副隊長命令で黙らせる。
二時間して収穫がなさそうだったら戻って来る。
そう言ってユメカ先輩はリュックを背負い、拠点を出て行った。エリア外に出たら何があるんだろう。わたしはセキヤおじさんのことが浮かんでどうしようもなかった。
わたしはおじさんがなぜ失踪した理由を知らない。
ただ帰らなかった。それだけ。
自分なりに何か情報がないかと調べたことは何度もある。でも「隊員の失踪」についての記事は何一つ見つからなかった。惑星開拓プロジェクトにとって、サザンクロス隊員の失踪はよくない話。だから、わたしたちが知らないだけで、セキヤおじさんのように消えてしまった隊員はたくさんいるのかもしれない。
ユメカ先輩、大丈夫かな。
エリア外にはモンスターが出るかもしれない。
天気が安定していないかもしれない。
道に迷うかもしれない。
不安いっぱいだったけど、カノコくんが「こっちはこっちでやれることをしよう」と言って話合いが始まる。セキヤくんが、思ったんだけど、と考えながら口を開いた。
「エリア内の浄化装置はもう何基か起動させてるだろ? 全部の装置を起動させたら、隊長も毒を感じなくなるんじゃないか?」
たしかに! だって大人も空気を吸えるようにするための浄化装置だもん。マハ先輩が息苦しくなる毒を浄化したら、無事に回復できるかもしれない。
どうしてすぐ思いつかなかったんだろう。もっと早くわかっていたらユメカ先輩もエリア外に助けを求めに行く必要なかったのに。
でもこの考えはカノコくんの「そう簡単じゃない」の一声で暗転した。
「浄化装置を起動したからってすぐに毒が消えるわけじゃない。完了までには数日必要なんだ」
そうか……。それでもまったく浄化してない空気より良いんじゃないかな。
わたしはいちおう残り全部の浄化装置を稼働させたらどうか、って提案した。
「それからマハ隊長のそばに浄化装置を移動させても意味ないの? 少しは空気がきれいになってるんでしょ?」
「浄化装置はあの台座に設置しないと意味がない」
「だったら隊長、運ぼう!」
わたしが腕まくりすると、カノコくんはぎょっとしたみたい。
「運ぶって?」
「浄化装置の近くまで。すぐ横にいたら、きれいな空気が出てきてるんじゃないの?」
「お前なあ、家電の空気清浄機とはちがうんだぞ」
あきれているカノコくんが、「隊長はベッドにいたほうが安らげると思う」と言うから、隊長を運ぶ案はここまで。結局、拠点のベッドでそっとしておくことにしたけど。
「意味なくても浄化装置は全部起動してこよう」
ハツセくんが言い、ホタルちゃんも大きくうなずくから、「やりたいんだろ、わかったよ」とカノコくん。それで残りの浄化装置はあと二つなんだけど、カノコくんが「お前らはここで隊長を見てろ」と自分だけ行こうとるから「わたしも行く!」と背伸びする勢いで手をあげた。
「今日はカノコくんとペアの日だもん。いっしょに行く」
「足手まとい」
「で、でも」
「すぐ終わるから大人しく待っとけ」
「ちぇっ」
やる気満々だったけど、そう言われちゃうとな。大人しく引き下がる。どんくさいって言われてるわたしがついて行くより、カノコくんひとりのほうが効率良いんだろうしね。
★★☆
——というわけで、結局。
「ぼくら三人になったな」
ハツセくんが言う。隊長が寝ているベッド脇に訓練生三人でかたまっていた。隊長は相変わらず息苦しそうだったけど、うっすらと目を開ける。
「隊長!」飛びつくハツセくん。わたしとホタルちゃんもかたわらに寄る。
「……そうずっとそばにいなくても平気だから。ひとりにしてくれ」
「でも」
「見られていると思うと緊張するからさ」
と、隊長はゴホゴホとせき込む。
「看病します」とハツセくん。ホタルちゃんもコクコクうなずいている。
「いいって。寝るだけだから、ひとりで平気だって。ほら、部屋を出ろよ」
でも動こうとしないハツセくんの肩をわたしは引く。「たまに様子を見にきたらいいよ。じろじろ寝顔みられるの、恥ずかしいじゃん」と小声で話しかける。迷っていたハツセくんだけど、「そうだな」とかぶさるように隊長を見ていた姿勢をまっすぐに戻した。
「隊長、ぜったいすぐ帰れますから。もう少しだけがんばってください!」
それでまたキッチンに集まり、十分ごとくらいに隊長を見に行った。三人でおしかけても騒がしいだろうから、順番にひとりずつ。わたしのときもホタルちゃんのときも、隊長はスウスウと穏やかな呼吸で眠っていた。だから、ちらっと見て戻って来るだけだったんだけど、ハツセくんはそれだけだと心配だから、と水を飲ませようとしたり、熱を測ろうとしたり、汗を拭こうとしたり。で、隊長が目を覚まして「看病はいらないから。少し息苦しいだけさ」と弱々しい笑顔を返したらしい。
「隊長、平気だよな」
ハツセくん、肩をこわばらせて不安そうだ。
「大丈夫だよ」
わたしは根拠なくそう言ったんだけど。
「カノコくん、まだまだかかるのかな?」
時計を見上げるホタルちゃん。
カノコくんが出発して一時間がすぎていた。
「二か所起動させるんだから、まだ時間かかると思うな」とハツセくん。
「カノコより先にユメカ副隊長が戻ってくるかもしれない」
「でも二時間後に戻って来るなら、往復四時間じゃない? だったらカノコくんのほうが早いかもよ」
わたしは腕輪の通信機を見やる。エリア外に出たユメカ先輩は、画面に表示されないけど、カノコくんの居場所は丸い印でわかる。あまり動きがないみたいだけど、浄化装置をひとつ起動させたみたいだ。
「一番遠いエリアの装置が残ってるんだな」
ハツセくんも自分の腕輪の画面で確認している。
「でも終わったら戻るだけだし、一時間もかからないか?」
★★☆
カノコくんの動きを画面で確認しながらすごす。
お昼の時間はとっくにすぎたけど、隊長もわたしたちも何か食べられる気分じゃない。それでもキッチンでじっとしていても暗い考えになるだけだから、三人で何か作ろうって話になった。スープに使えそうな具材を選んで刻んでいく。まずまずの出来上がりだ。でもやっぱり誰も食が進まなくて、スープが冷めていくばかりだった。
★★☆
ユメカ先輩は出発して二時間が経った。
カノコくんはまだ戻らない。
隊長は眠っているけど呼吸が苦しそうだ。
★★☆
三時間経った。
カノコくんの表示がさっきから全然動いてないことに気づく。
何かあったのかもしれない。通信機を落とした?
それともカノコくんに何か……?
★★☆
三人で話し合った。わたしがカノコくんを探しに行く。
ハツセくんは境界線ぎりぎりまで行ってユメカ先輩の戻る姿が見えないか確認しに行く。そこまで行けばエリア外でも通信機に表示されるかもしれないから。
ホタルちゃんは隊長と拠点で待機。わたしとハツセくん、カノコくんの表示を常にチェックして連絡を取り合う係に決まった。
セキヤおじさんがノートに何度も書いていた言葉を口に出して三人で言う。
この言葉はおじさんと同じチームだったトキタ育成本部長も大切にしていたものだったし、何よりこの前やった食材争奪戦のクイズに出てきた言葉だ。
「無茶しない、焦らない、冷静でいることが大事!」
よし、気を引きしめてやってこう!
★★☆
とちゅうまでハツセくんといっしょに森を進む。それから二手に分かれた。
ハツセくんは昨日渡ってはだめだと隊長に言われた浅瀬の川に入る。
「気を付けてね」
「唯島さんもね」
水音をパシャパシャさせる音を聞きながら背を向け、わたしはわたしでカノコくんを探しに向かう。表示をみると崖の近くだ。もしかして。イヤな予感がする。
★★☆
「カノコくーん!」
表示ではこの近くなんだけど。
何度か呼んでいると、イヤな予感が示したように崖下から声がした。
「ミノリ? こっちだ、下!」
崖といっても高さは背丈よりちょっとあるくらい。それでも低木が生い茂っているから、すぐには見つけられなかった。
「カノコくん?」
ジャケットを脱いで振り回しているカノコくんが目に入る。
「わるいっ。ケガして動けなくて」
「ケガっ!!」
カノコくん、うっかり崖からすべり落ちて足首をくじいたみたい。
引っ張り上げてくれというので、手を伸ばしたけど、ぜんぜん届かない。
そうだ、ロープ!
リュックからロープを取り出して、近くの幹にくくりつける。ロープの先をカノコくんに投げると彼はうまくキャッチした。
「ひとりで上がってこられる?」
足、大丈夫かな。
「やってみる」
けんめいに踏ん張っているけど、顔をしかめている。立つのがやっとなのかも。
「待ってて。わたしも下りるから」
軍手をはめてロープをつかむ。ゆっくりじりじりと崖をすべり下りた。
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