第19話 マハ隊長が!!
ハツセくんがパニックになっている。カノコくんの腕輪の通信機からは、「隊長、隊長!」と必死で呼ぶ彼の声が聞こえてきていた。
「いいから落ちつけ、今からそっちに向かうから」
険しい表情でカノコくんはいったん通信を切る。
わたしたちは急ぎ、ハツセくんと隊長がいる地点まで移動することにした。
でも変だな。隊長とペアを組んでいたのはホタルちゃんだったよね?
「途中で交代したんだろ」
わたしの疑問に早口でこたえるカノコくん。移動しながら、今度は通信機で副隊長のユメカ先輩と連絡をとる。
「はいはーい」
陽気な声のユメカ先輩に、ぴりぴりしていた気持ちが少し和むけど、カノコくんの横顔は厳しい。
「先輩、今いっしょにいるのってハツセじゃなくてホタルですか?」
「そうなの。ね、ホタルちゃん」
近くにホタルちゃんがいるらしい。かすかに返事が聞こえた気がする。
「一か所目の装置を起動させたあとで、隊長たちと合流してね。ペアを交換したの。ホタルちゃんマハ隊長と二人きりだと緊張して呼吸困難になりかけてるし、こっちはこっちで、わたし相手にハツセくんがギマギしちゃってさ。真っ赤っかなの、お年頃かしらねー」
カラカラ笑う声に、つられてこちらのほほも緩んでくる。でも笑ってる場合じゃないんだ。カノコくんが状況を説明すると、ユメカ先輩は「えええっ」と叫んだ。
「ちょっと待って。うーん、わたしたちのほうが近いね。先に到着するかも。じゃあ、隊長のいる地点に集合でオッケー?」
「了解です」とカノコくん。通話を切るとわたしを見やる。
「走るぞ。しっかりついて来い」
★★☆
まずいことになった。ほんとの本当にまずい事態だよ。
マハ隊長は十七歳。サザンクロス探査隊の引退年齢はだいたい十八歳なんだ。
そのくらいになると惑星ムゲンの空気が毒に変わってきてしまうから。
で。何がまずいって……。
「隊長しっかりしてください」
「ハツセ、ちょっとそばから離れろよ」
「カノコ、まずは拠点に運ぶよ。マハくん、なるべく呼吸は浅くして。毒を吸わないようにね、いい?」
しがみつくハツセくんを追いやって、ユメカ先輩とカノコくんがマハ隊長を両脇で支えて立たせる。わたしとホタルちゃん、そしてハツセくんはオロオロするしかできなかった。
ハツセくんの話だと、ペアを交換し、浄化地点に向かっている途中で隊長のようすがおかしくなってきたんだって。息苦しそうで足取りもおそくなる。それでも一つ、浄化装置を起動させた。そして他のペアの状況を確認しようとしたところで、隊長がガクンとひざをついて。あせったハツセくんが、カノコくんに連絡してきたみたい。
「そういう時は副隊長のわたしに連絡するもんじゃないのー」
拠点に戻り、隊長をベッドに寝かせたあとでユメカ先輩が冗談めかしてハツセくんに言う。ハツセくん、青白い顔をして「す、すみません」と肩を丸めて小さくなっていた。
「カノコの名前が目に入って。そっちをつい押してしまいました」
「ちょうど二か所目の浄化装置を起動させたばかりだったからな」とカノコくん。
「隊長も画面でそれを目にして、おれに連絡してこようとしてたんじゃないか? お前が使ったの、自分の腕輪じゃなくて隊長のだったし。しかしどうします、すぐ帰りますよね?」
そうね、とユメカ先輩
マハ隊長がこうなった以上、最終訓練だとしても続けることはできない。
わたしたち訓練生もこの判断に文句はなかった。隊長、とても息苦しそうだもの。
★★☆
拠点はそのまま移転装置になっている。だから正面ドアの横にあるボタンを押すと、どの部屋にいたとしても、拠点の中にいる人は全員、地区本部に移転できた。ベッドでぜえぜえしている隊長も、そのまま寝てて大丈夫……ってはずだったのに。
「あれ? 変ね。スカスカするんだけど」
移転ボタンを押すユメカ先輩の表情がこわばっていく。ボタンはフスッフスッと空気が抜けるみたいな音を出しているだけ、何の変化も起きない。本当なら、一瞬にして地区本部に移転しているはずなのに、って。
「先輩、冗談よしてくださいよ」
カノコくんが押しのけるようにしてユメカ先輩と変わる。先輩は「ふざけてるわけじゃないんだって」と珍しく声を荒げていた。
「ん、何だよ。故障?」
カノコくんは連続でボタンを押していく。フスフスフスッと悲しくなるくらい空気の抜ける音が続く。
「どうするの、整備士はマハくんなのに」
「はいつくばってでも、がんばってもらうしかないですね」
拠点や他の装備品が壊れた時に備えて、チームには必ず整備士がいる。でも困ったことに、うちのチームの整備士はマハ隊長。もちろん正隊員のユメカ先輩とカノコくんなら、わたしたち訓練生よりは装置の仕組みに詳しいけど、このフスフス鳴っているボタンの修理は出来そうにないって。
だからベッドでぜえぜえやっている隊長を、カノコくんとハツセくんとで(カノコくんが指名した、お前動け、とか言って)担いで運んできたんだけど。
「あー、これね。そうか、これはね、あー……ガク……」
隊長、気絶してしまったよ!!
「どうすんですか、ユメカ先輩。これじゃあ、おれたち帰れませんよ」
「うーん、数日なら食料もあるし、わたしたちは大丈夫だけど、マハくんは持たないよね?」
「隊長、お願いです、目を開けて!!」
ハツセくんが気絶した隊長をゆさぶっている。わたしはそっとしておいたほうが良いんじゃないかと思って止めようとしたんだけど。
「ミノリちゃん」ホタルちゃんにうでを引かれて振り返る。
「わたしたち、どうなるのかな」
大丈夫だよ、と言おうとして答えられなかった。どうしよう。じわり怖くなってきた。
「隊長、隊長!」
必死で呼んでいるハツセくんの声が、まるで悲鳴に聞こえた。
★★☆
マハ隊長を再びベッドに寝かせると、わたしたちはキッチンに集合した。
どうするか話し合う。
本部に連絡を取ろうとしたけど、そっちの通信機も壊れていて繋がらなかったんだ。それでも応援を呼ぶのが一番だと、カノコくんが他のチームとの合流案を出した。
「でも孤立してるんでしょ、うちのチーム」
ユメカ先輩が言う。初日にカノコくんがそう話していたはずだ。でもカノコくんは「それでも同じ惑星ムゲンの中にいるんですよ」と言い返す。
「エリアが隣り合ってないだけで、移動していけばそのうち合流できます」
「楽観的ね。惑星ムゲンは広大。数日歩いて行ける距離に、他のチームが移転しているとは限らないでしょ。それに安全確認ができてないエリア外に出るなんて危険すぎる」
「でもこうしてたって解決しません。賭けでも外に出て他のチームを探すべきです」
二人の意見は対立している。訓練生のわたしたちは黙ってどうなるのか待つしかないのかな。うつむき気味でテーブルの端を見ていたんだけど、「あの」とハツセくんの声がして顔を上げた。彼は遠慮がちだけど挙手していた。
「ぼくはカノコの意見に賛成です。隊長、苦しそうだし。ただ待っててもダメなんじゃないかな、って……」
語尾が小さくなる中、ユメカ先輩がなだめるようにやさしく言う。
「訓練日数を終えてもわたしたちが地区本部に戻らなかったら、助けが来るはず。どこに移転させたか、本部は把握しているんだから」
「でも終了予定まで半日以上あります。その前に隊長の限界が来ます」
「カノコ!」
「動くべきです。ユメカ先輩が反対で、もおれは外に出る」
にらみ合う二人。するとホタルちゃんが「わたしも」と小声で発言した。
「カノコくんに賛成です。もしかしたら、すぐ他のチームと合流できるかもしれないし。隊長、すごく苦しそうだから。早くなんとかしてあげたい」
わたしもっ、と身を乗り出す。
「カノコくんに賛成です。よくわかってないけど、ちょっとだけエリア外に出て、ダメそうならすぐ帰ってきたらいいんじゃないかな、て?」
戸惑いながら、ユメカ先輩のようすをうかがいつつ言う。
ユメカ先輩は「多数決で負けか」と、あきらめたように息を吐く。
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