第18話 初任務は順調だと思ったのに……

 惑星ムゲン二日目。朝は空の下での体操からはじまる。

 拠点の屋根についたスピーカーから流れ出る軽快な音楽。

 まずはうでを回す運動から!

 いっちにー、さんしっ。おいっちにー、さんしっ!

 マハ隊長とわたしは大はりきりで腕をぐるんぐるん回す。でも副隊長のユメカ先輩は洗顔のヘアバンドをしたままあくびばかりしているし、ホタルちゃんは起きているけど恥ずかしいのか、うでの振りが小さい。で、カノコくんは目を閉じたまま、ボーッと立っているだけ。そして、なんとハツセくんは寝坊。まだ起きてきてないの。びっくり。

★★☆

 結局ハツセくんは朝ごはんを食べている時に、寝ぐせつきっぱなしの頭であわてて起き出してきた。「どうして起こさないんだよ」とカノコくんに怒る。隊長も同じ部屋で寝起きしているのにね。良い寝顔してたから、とカノコくん。ぱくりとトーストをかじっている。

 朝ごはんのメニューはみんないっしょ。厚切りトーストにバター。キュウリ、トマトのサラダに、ゆでたウインナー。ハツセくんはトマトが嫌いみたいだけど、がんばって飲み込んでいた。まあ寝坊して、さらには用意してもらった朝ごはんにまで文句いってたら、ブーイングだもんね。正隊員になりたいなら、わたしみたいに早起きして、朝食作りにも参加するのです!

★★☆

 朝食のあとは、いよいよサザンクロス探査隊員ならではの任務、浄化作業に出発だ。わたしたち子どもにはスーッとさわやかな空気も、大人には猛毒。指定の場所に浄化装置を設置し、起動してくるのが今日の任務だ。

 隊長の指示で三組に分かれる。当然、正隊員と訓練生の組み合わせ。副隊長のユメカ先輩と組みたいなあ、と思っていたら、カノコくんが手をあげた。

「おれ、ミノリと組む。ハツセとはケンカになるしホタルはおれにビビってるから消去法」

 いいよな、とわたしを見る。……うん、仕方ないね。言われてみると、わたし以外と組めないじゃん、カノコくん。ハア、がまんするか。

 というわけで、ホタルちゃんはマハ隊長、ハツセくんがユメカ先輩と組むことになった。ハツセくんはユメカ先輩に「まだ寝ぐせついてるよ」と頭をさわれて真っ赤になっているし、ホタルちゃんは「がんばろうな」とマハ隊長に肩をたたかれて目がバチバチに見開いていた。うーん、どっちも緊張してるね。わたしも緊張するけど……。カノコくんを見やる。あくびしている。この人と二人きりになって何を話したらいいんだろう。どん臭いとか間抜けとか、怒られっぱなしかもなあ。


★★☆

 今日の荷物はたくさん。軍手に小さなスコップ、剪定ばさみ、収穫物を入れる袋、念のため着替えも一式も詰めておく。背負うとズシリとくるリュックに、任務に出るって気分がもりもりわいてくる。

「初任務、がんばろう」

 小声で気合を入れたつもりだったのに、カノコくんに聞こえたみたい。

 へっ、と笑っていた。……むかつく。

 出発時に三方向に分かれる。わたしとカノコくんペアは、崖があった方向に向かう。腕輪の画面を確認しながら、カノコくんを先頭に木々のあいだを進んでいく。

「ミノリ」

「んっ、な、何?」

 急に呼ぶからびっくりした。カノコくんは立ち止まると、足元を指差した。

「この草、食える。ユメカ先輩が言ってただろ、葉物が欲しいって。収穫していこう」

 そうだった。食べられる野草を収穫してくるのも今日の任務のひとつ。

 足元を見ると、図鑑で見た特徴ある葉っぱが生えていた。手のひらくらいの丸くて黄緑色のやわらかい葉がもしゃもしゃ伸びている。

「あるの、全部とっちゃう?」

「うん、繁殖力がありすぎる草だから、いくらでもすぐ生えるしな。まあ、どこにでも生える草だし、他のペアもとってくるかもな」

「どんな味?」

「苦い」

 苦いんだ。でも食べられるんならいいよね。と、視線の先で新たな野草を見つけた。

「あれ知ってる。食べられるやつでしょ」

 はうような恰好で進んで、ネギみたいに細長い野草を引きちぎる。

「ラーニネって名前のはず。ね?」

 カノコくんは少し驚いたようだ。

「詳しいのな。ふつう、最初は見分けつかないのに」

「図鑑、よく見てるから」

 あとセキヤおじさんのノート。手書きで、いろんな野草や花、くだものなんかが描いてある。効能や味、料理の仕方なんかも。それに「新発見!おれが名前をつけたい!!」って植物も書いてあってすごく面白いんだ。何度のくり返し見てるから、植物には詳しいと思う。テストでもこの分野は点数良かったもんね。

「ラーニネがあるなら、他にもたくさん食べられる野草があるはずだよね。このエリアは植物が育ちやすい栄養のある土地なんだよ。生えている植物をみると、その地面の気候や地質がわかるんだって。水はけや酸度で好んで生える植物に違いがあるから——」

 と、ちょっと調子にのって話していたら、カノコくんが笑った。

「おれのほうが二年先輩だっての。それくらい知ってる」

 うっ。そりゃそうだ。恥ずかしくなっちゃった。それでもカノコくんはバカにした笑い方じゃなかったから安心した。雰囲気は悪くない。植物採取しながらたくさんおしゃべりした。ハツセくんがいないとあまり怒りっぽくならないでいてくれるのかも。

 と思った矢先、気分よく次々と野草を探しに踏み入っていると「勝手に進むな。後ろをついて来い!」って怒鳴られちゃった。そんなに遠くまでいくつもりなかったのに。それに、わたしのあとをカノコくんが付いて来てくれても良くない? と思ったけど、わたしは訓練生。カノコくんは同い年でも先輩だ。大人しく彼の後ろにぴたりとつく。

「ねえカノコくん、早く進んで。もう勝手に歩き回らないからさ」

「……そんな真後ろに来るな。横に並べ!」

 んもー、やっぱりケンカになるじゃん!


★★☆

 道々、食べられる野草を収穫しながら浄化装置を設置する場所まで移動した。途中、湧き水を発見。浄水機能がついている水筒でくんで飲んでみると、冷たくておいしかった。

「あと数分くらいの距離で到着だ。この調子だとうちが一番になりそうだな。どっちのペアも設置場所まで距離がある」

 腕輪の画面を見ながらカノコくん。今回の任務では六か所を回って浄化装置を設置する。だから単純にわると二か所ずつだけど、位置関係でいうと、わたしとカノコくんで三つの地点を周ったほうが早くすみそうだった。

「まだ休けいするか? 平気なら先に進むけど」

「平気、歩けるよ。じゃんじゃん行こう!」

 冷たい水を飲んで元気いっぱい。むんっ、と気合を入れたら、カノコくん「お、おう」とちょっと引き気味だ。

 ★★☆

 浄化装置の設置と起動ってすっごく簡単。まあ、このエリアは訓練生の練習場所みたいなものだから、本番はこうじゃないとは思うけどね。

 四角い石碑みたいな白い台が木々の中にポツンとあって、その上に丸い手乗りの卓上ランプみたいな起動装置を置く。ここまではカノコくんがやった。で、上からぐっと押すと起動するらしく、「お前やれよ」とわたしに変わってくれる。

「押すよ」

「押せ」

「ほんとに押すよ。ぐっとやればいいんだね」

「やれって、体重かけて、ぐっといけ、ぐっと」

「……押したらどうなるの?」

「押したらわかる」

 言い方で緊張して、息止めてぐっと装置を上からつぶすように押した。ぐにっと卓上ランプみたいな装置がへこむ。で、終わった。

「これでいいの?」

「おう。色が変わっただろ?」

 本当だ。装置は黄色い灯りが付いていたはずなんだけど、今は青色になっている。

「青は無事完了ってサイン。赤だと空気が悪すぎて、この浄化装置では力が足りないサイン。もっと高性能なものにかえることになるけど、今回は青だからこれで完了」


★★☆

 浄化装置を二か所起動し終えて、カノコくんが三か所目に向かうってマハ隊長に連絡しようとした時だ。ピコンって腕輪の通信機が鳴る。

「おー、ちょうど良いタイミング」

 こっちから連絡する前に、向こうから来たみたい。

「もしもーし。カノコです。隊長、おれ今から三か所目に?」

「違う、ぼくだ。隊長じゃなくてハツセ!」

 焦り声にわたしとカノコくんは驚いて目を見交わす。

 向こうの雰囲気がおかしい。ハツセくん、聞いたことないくらい不安そう。

「大変なんだ、隊長が。くそ、どうしたら……」

「落ちつけ」カノコくんが冷たく聞こえるくらい冷静に言う。

「ハツセ、状況を説明しろ。隊長がどうしたって?」

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