第17話 惑星ムゲンの空気は本当に味がちがった

 空気がちがう! マロンさんがブログで書いてたのは本当だったんだ!!

 地球だと空気の味なんて意識しないけど、内部見学を終えて、いよいよ外に、って正面ドアが開く。その瞬間にはもう「いつもと違う!」と感じてびっくりした。スーッとする。肺の奥までさっぱりする感じ。軽く吸うだけで、空気が身体全体に染み渡る気がした。気分がパアッと晴れてくるけど、大人が吸うと毒だなんて信じられないや。

 感動してパクパク空気を食べていたら、カノコくんに「死にかけの魚かよ」とバカにされた。ちぇっ。自分は何度も経験しているから珍しくないんだろうけど、わたしは初めての惑星ムゲンなんだよ。からかわないでよね!


★★☆

 移転先はチームごとに違うんだって。だから今いるこのエリアにいるのは、わたしたちのチームだけ。エリアっていうのは安全が確認されている範囲のことだ。惑星ムゲンは広くて、まだまだ探査しつくしてない場所がいっぱいあるけど、ここは正隊員の探査が終了していて危険物がないのは確認済。あとは空気を浄化するだけの状態だって。

 で、その浄化をするのが今回の任務、訓練生にとっては最後の訓練ってわけ。

 でも初日の今日は、チーム全員でエリア内を探索することになった。どこまでが安全なエリア内なのか、境界線をしっかり確認するためにも重要なことなんだそうだ。

 それでマハ隊長を先頭に、ホタルちゃん、わたし、ハツセくんとつづく。本当は最後尾には副隊長ユメカ先輩のはずだったんだけど、カノコくんが「おれ、しんがりね」と言い出して一番後ろに行ってしまった。

「カノコったら、はぐれたりしないでよ」

「へいへい」

「んじゃ、出発するぞー」

 ガチガチに緊張しているわたしたち訓練生とは違い、先輩たちは余裕たっぷりだ。隊長は腕輪の通信機で確認しながら、森の中を真っすぐに進んでいく。

 わたしも腕輪を見る。丸い画面に動いている点が六つ表示してあった。わたしたちを示しているんだ。拠点は三角マーク。そこから少しずつ離れていく。で、最初はそれしか表示されてなかった。でもしばらく行くと、画面に青い線が見えてきた。「近くに川があるぞ」と隊長。そのとおりだった。少し木々が開けてくると、浅瀬の川が見えてきた。足首が浸かるくらいの水位しかなく、幅も大きく三歩も歩いたら渡れるくらいの小さな川だ。

「本当は川の向こう側までエリア内だけど、訓練生はこの川までがエリアだと覚えておいて。それより向こうは危険。わかった?」

「はいっ」とわたしたち。「良い返事!」とマハ隊長。からからと副隊長のユメカ先輩が笑う。わたしも楽しくなってきて、ニコニコしてたんだけど。

「あれ?」とユメカ先輩が振り返る。

「んもー! カノコ、いないじゃん。カノコー、近くにいるならすぐ出てきなさい!」

「カノコー!」と隊長も大声で呼ぶ。

 するとジャバジャバ音がして、向こう岸から川を渡って来るカノコくんの姿が。いつの間に先回りしてたの?

「今回のエリア、けっこう孤立してる。範囲ぎりぎりまで行って確認してきたんだけどさ、通信機に他のチームの拠点はぜんぜん表示されない」

 カノコくんは隊長たちが怒っているのも気にせず、のんきそうに靴を脱いで中の水を捨てた。

「だから他の隊と境界線で会うことはなさそうだな。協力は望めないね」


★★☆

 すぐにあちこち勝手にいってしまうカノコくんを隊長たちは放っておくことにした。それで隊長、副隊長に挟まれたわたしたち三人は、お利口にエリア内を巡回した。でもずっと森の中だ。整備してないからそういうものなんだろうけど。

 でも砂地のエリアもあるっていうから森で良かったのかな? 何もないより植物があるほうが変わり映えするもんね。でも似たような木が生えていて、腕輪の画面で確認していないと方向がわからなくなる。

 浅瀬の川があって、目印になる大きな岩があって。その裏は崖だ。でも崖といっても背丈より少し高いくらいのもので、崖底は見えている。川と同じで、「崖下までがエリアだけど、下りようとしたら危険だから今回はこの崖までがエリアな」とマハ隊長。今回はエリアの範囲を確認するため、境界線をなぞるように、ぐるりと一周して、この日は終わり。ちょうどスタート地点に戻った頃には、周囲はうす暗くなっていた。

「全員いるな?」

 隊長が点呼する。カノコくんもこの時にはちゃんと最後尾に戻ってきていた。

「よし、じゃあ拠点に戻ったら夕飯作って食べよう。たしかカレーの用意があったよな?」


★★☆

 キッチンの棚に、お米、じゃがいもと玉ネギ、ニンジンがあった。それから冷蔵庫にカレー粉と薄切りのお肉。他にも牛乳やパン、くだものなどもある。

「タマゴがないね」とユメカ先輩。

「野菜も少ないし。葉物が全然だよ。明日は食材探しもしてみようか」

「食えるもの生えてました?」とカノコくん。

 すると玉ねぎをきざんでいた隊長が、包丁を持ったまま振り返る。

「うろちょろしてたお前が見てないなら望み薄だな。まあ訓練生がいる移転先で飢え死にすることはないから安心しなさい」

 わたしはお米をせっせと研いでたんだけど、「飢え死に」にドキリとした。思えばセキヤおじさんも任務中に失踪している。ここは地球じゃない。惑星ムゲンは未開の土地。危険がいっぱいなのだ。といっても、隊長の言うように訓練生がいるこのエリアは安全が確認してあるし、食材の備蓄も十分だ。二泊三日くらい、あっという間にすぎちゃうだろう。


★★☆

 カレー、おいしかった。おかわりしちゃった。でもハツセくんはまだ緊張しているのか、食欲がないみたい。半分残して、ごちそうさましていた。隊長が心配して話しかけている。あのカノコくんも、からかわずにチラと目をやるだけで大人しくしていた。

 ホタルちゃんはゆっくり食べていたけど、これはいつものこと。副隊長もゆっくり食べる人らしく、わたしに「シャワー先にどうぞ」と言ってくれた。

 拠点には三人部屋が二つ用意してあり、それぞれにシャワー室がついているんだ。わたしはシャワーを浴びながら、上部にある小窓から見える外をぼんやり見つめた。

 惑星ムゲンは地球より夜が明るいと聞いていた。完全な闇にはならず、地平線がほんのり紫色に染まっているって。

 小窓から見える空は、ピンクがかった紫色だ。あの色が最後までずっと夜空の端に残り続けるのかな。まだ地球とは違う星に来たって気持ちはわかない。惑星ムゲンはウソ、本当は地球ですと言われても「あー、やっぱりね」と納得しちゃいそうだ。特別な空気の味はおぼえた。一生忘れないようにしたい。と思ったらなんだか急に切なくなってきた。

 もしかして、ハツセくんと違い、訓練生の女子二人があまり緊張していないのは、「最後の思い出作り」の気分でいるからかも。正隊員になれなくても、楽しい訓練生活だったな、と思いたいから、いろんなことを楽しもうって、気持ちがそっちに向いているんだ。

 ハツセくんみたいに、「必ず正隊員に!」と思っていたら、一つ一つの出来事が試験みたいで緊張しっぱなしなのかもしれない。

 わたしにだって正隊員になりたい気持ちはある。今は探査を終えた安全なエリアにいるけど、未開の地に踏み入って、新しい土地を開拓する任務をやってみたい。空気だって、もう二度と吸えないかもなんて思わず、これからも何度だって吸うんだ。

 髪を拭きながら考えた。やっぱりもっと真剣になろう、って。ハツセくんほどじゃなくても、思い出作りなんてやめてツメあとをしっかり残すんだ。もしかしたら、わたし、合格できるかもしれないから。まだ結果は出てないんだもん。明日は浄化装置の設置作業をすると聞いた。探査隊らしい任務にわくわくする。

 今日は歩き疲れて足がパンパン。だからベッドに横になるとすぐに眠くなってきた。うとうとしつつ、副隊長かホタルちゃんか。どちらかのシャワーの音を聞きながら、わたしは心地よい眠りに沈んでいった。

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